日本の森と伝統工芸を守りたい。黒い漆器「しんこきゅう」のメッセージ | Numero TOKYO
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日本の森と伝統工芸を守りたい。黒い漆器「しんこきゅう」のメッセージ

漆器の産地、加賀山中で木地師として、伝統工芸に日々向き合う中で生まれた職人発の漆器ブランド「しんこきゅう」。Numero CLOSETでも取り扱い中のこれらの木の器は、間伐材など価値が付きにくい規格外の木材を活用し、一つひとつ昔ながらの手作業で丁寧に仕上げられている。モダンな佇まいの漆器に込められた伝統工芸の未来への想い。「しんこきゅう」を通して伝えたいこととは何か。由緒ある堆朱塗宗家のDNAを受け継ぐ、木工ろくろ職人、堆朱杏奈にたずねた。

──漆工の道に進んだきっかけは?

「もともと絵画を学びたかったので高校から芸術コースに進学しましたが、途中で挫折してしまい、どうしようと思ったとき、ふと自分のルーツに立ち返ってみることにしたんです。私の『堆朱(ついしゅ)』という苗字は、伝統工芸の堆朱彫という漆器の技法からきています。本当に大昔の話に遡りますが、実は先祖代々、堆朱彫をやっていた家系でした。かつて中国に渡って堆朱彫を修得し、室町時代には足利家に収めるようになりました。足利氏から堆朱という苗字と楊成という名前を賜り、以来、堆朱彫の元祖として、堆朱楊成を代々継承していました。ですが、21代まで続き、戦後まもなくに途絶えてしまったんです。そこで道に迷ったときに、自分の原点やアイデンティティを見つめてもいいのかなと、漆の道に進みました」

──すごい家系ですね、もともと知ってはいたんですか?

「親からはなんとなく聞かされていましたが、幼い頃は絶対にやりたくないと思っていました。堆朱彫というのは、漆の液体を何回も塗り重ねるので、 堆積の堆と、赤い漆(朱色)を重ねるところからついた呼び名で、その漆の塊を本来は彫っていきます。それが後に鎌倉彫や新潟の村上堆朱という技法に派生していくんです」

──漆の道に進みましたが、なぜ堆朱彫でなく、漆器の職人になったのでしょう?

「山形県の大学で漆芸を勉強していたときに、ちょうど東日本大震災がありました。大学では最初はオブジェなどアート作品を作っていましたが、これに何か意味があるのかなと疑問に思ってしまって」

──震災を体験し、あの光景を目の当たりにすることで考え方が変わったと?

「瓦礫の撤去を手伝いに行った際、この瓦礫の山の中で、どれぐらい大切なものってあるんだろうと。今の自分にできることでいうなら、木の器を作って、 私がいなくてもそれを使うことで、みんなの思い出ができればいいんじゃないかなと思うようになって、それで器を作り始めました」

──そこから、どのように方向転換していったのですか。

「加賀にある漆器の木工ろくろの学校に通い、木地師の親方の下で修業をしました。普段は職人として、オーダーに合わせて作る卸の仕事が中心なので、直接お客さんと顔を合わせることはほとんどありません。そこから10年ほど経って、自分で『shincokyu(しんこきゅう)』というブランドを立ち上げましたが、作る意味をどうやって発信すべきかを模索しているところです」

本来の伝統工芸を守りたい

──「しんこきゅう」を立ち上げた経緯は?

「かつて伝統工芸というのは、現代のスマートフォンのように生活になくてはならないものでした。しんこきゅうの立ち上げのきっかけは『本来の伝統工芸を守りたい』と思ったから。私が考える伝統工芸とは何か? それは身の回りのものを身の回りの材料で作ること。先人たちは『材料の確保』『技術の伝承』『材料の育成』の3つに取り組んでいました。漆器でいえば、木の器を作る人を木地師と呼びますが、木地師は山で木を見て、森の状態を把握しながら使う木を決め、そして、木や森を育てていました。後世に伝えるために、自分が死んだ後も次の世代が生活できるように配慮していたのです。でも今の木地師は、生きている木を見ても何の種類かがわからない人が多いように思います。

そして、伝統工芸において大きな問題は材料不足だと感じています。このままでは次の世代に繋いでいくことは難しいでしょう。便利になった世の中では各業種が働いていることで簡単に材料を手に入れることができますが、その材料がいったいどこからどのように運ばれてきているのかは不透明です。また、産業化の進んだ現代は、たくさんの業種が機械化しています。今の伝統工芸と呼ばれているものは、技術の機械化や新素材の開発などで、大量生産、大量消費のようになっているように思い、だんだん本来の伝統工芸とかけ離れ、迷子になっているように感じます。そこで、しんこきゅうを通して、材料の確保、手仕事の技術の伝承、本物の自然素材を使い手仕事を後世に伝えていきたいと思いました。目標は森の整備もありますが、まずは林業の方から直接木を購入し自然素材を使い、正当な価格で本当の手仕事にこだわり取り組んでいます」

──材料不足とはどういうことでしょうか。

「木はそこらへんにいっぱいあるのに、なぜ?と思うかもしれませんが、つまり欲しい木がないんです。例えば、漆器産業の職人は、作りたい器という目的に合った木を探していて、桜の木だったりと樹種や樹齢の長いものを指定するのが一般的です。ですが、樹齢100年、150年の木ばかり使っていると、そういう取りやすい木がどんどん減ってきてしまうんです。結局、今その問題に差し掛かり、また別の木を使い始めたところですが、数年後には同じことが起きるだろうと感じます」

──しんこきゅうではどのように材料を確保しているのでしょうか。

「木には針葉樹と広葉樹の2種類がありますが、戦後の植林政策により、山林の多くはスギ、ヒノキなど針葉樹が主です。これからは広葉樹を植えて移行していかないと、森のためになりません。でも林業の人が入って仕事をしようにも、広葉樹は活躍の場が少ないので、漆器に活用することで、多少の力にはなるのかなと思っています」

──「しんこきゅう」の名前にはどんな思いが込められているのでしょう?

「この名前には『森に深呼吸を、人にやすらぎを』という願いを込めました。林業では様々な理由で木を伐採しますが、森の木を切ると、風が通り日の光が差し込んできます。それはまるで森が深呼吸しているようです。また、日本は世界の中でも特に水に恵まれた国です。我々の先祖が森を大切にしてきたおかげで、日本の林業は山の水をゆっくり土にしみ込ませて、ゆっくり川や地下水に、そして海へと流れるようにしていました。ゆっくり水が流れる中で微生物や植物が生き、生物の循環が生まれていました。

現在、整備できていない人工林やソーラーパネルによって山の土が保持できなくなって、結果、土砂崩れや鉄砲水、土石流による災害を引き起こしています。このままでは山が荒れ、豊かな水を確保することが難しくなってしまいます。今の日本人が忘れかけている、自然であり八百万の神の存在です。豊かになった世の中では食料、生活の道具すべての分野において、どこから材料が確保され、どのように作られ、どのように廃棄されるのかが見えません。こうして環境破壊が進んでいます。そして、便利な世の中は人を疲弊させるように思います。本当の環境保全とは?本当の豊かさとは?『しんこきゅう』を通して、日本を見つめ直すきっかけになれば。また、ひらがなには一音いちおんに意味があり、し・ん・こ・き・ゅ・うの意味をつなげていくと、『問題を根本から解決していく』という意味になるんです」

サステナブルな漆器作りのための創意工夫

──制作において難しかった、苦労した点は?

「通常の漆器の生産とは異なるため、生産ではかなり苦労しました。通常は生産するための見本や図面が存在し、漆器専門の製材所に材料をお願いすれば、材料屋さんが寸法や形状を元に、市場で原木を調達することで注文通りの材料が出来上がります。ですが、しんこきゅうでは間伐材を使います。樹種は様々で、木の乾燥や製材後の呼吸により(乾燥後も部屋の湿度や温度変化に合わせて、木が動くことを呼吸と呼ぶ)、使えるものと使えないものをたくさんの中から手探りで見つけていく必要がある。さらに、直径の細い木が多く、通常は直径が50~80cmくらいの年輪が80〜150年ほどの木を多用しますが、間伐材は直径15~30cm程度の年輪は30~50年の細い木がほとんどです。これらの木は切る必要はあるけど、使い道がありません。しんこきゅうでは森の整備はもとより林業に賃金を発生させることがひとまずの目標です」

──通常、使わない間伐材を使うための工夫やアイデアは?

「この細い木を使うために、通常の製材とは異なる方法を思いつきました。これは木材を扱っている人からも『この手があったか!』とお褒めの言葉を頂いたんです。まず、木の製材方法は、主に縦木取りと横木取りの2種類が存在します。私の工房のある山中漆器は縦木取りです。これは木の道管、師管が器の向きと同じ縦に通ることを言います。逆に、横木取りは、道管、師管が器の横向きに管が通っています。製材方法は地域によって異なりますが、方言のようなものでそれぞれに長所と短所があります。
しんこきゅうでは、この二つの製材方法を組み合わせることで、直径が細くてもバリエーション豊かに器を制作できました。そして、器として制作が難しいところは、木地師が使う刃物はどこにも売っていないので、一つひとつ手作りです。その人の体型に合わせた、さらに器に合わせた刃物を作る必要があります。器に合わせて道具も作らないとならないのが手仕事の大変な点です」

──黒い漆にしている理由は?

「広葉樹として材料をひとまとめにしているからです。先ほども触れましたが、漆器産業では樹種の指定が当たり前で、だいたい4〜5種類の木が使われますが、森にはもっとたくさんの樹種が存在します。樹種別に器を作ったとしても、漆を塗ってしまうと木目には大差がないので、だったら黒一色に統一することで、樹種や木目にこだわらず活用することに重きを置きました」

──いわゆる漆器の形とは違い、足の長いカップ、ワイングラスのようなカップなどもありますが、しんこきゅうのデザインや形状はどのように生まれたのでしょうか?

「私の拠点である石川県のご当地椀に合鹿椀(ごうろくわん)があります。これはどんぶりのような大きめのお椀に高い高台が付いたものですが、このお椀を元に、まず『glass』が生まれ、この形から派生していろいろな形状の器が生まれてきました。漆器といえばお椀ですが、現在は代表的なお椀の形状ではなく、器に興味を持ってもらうことを目的に一見奇抜な形状にすることで、和食にこだわらず洋食にも合う器を目指しました。今後は木の直径を活用するためにも子供の器を作ることも視野に入れています」

──他にはない、しんこきゅうならではの魅力とは?

「学生時代に漆を学び、木地師の職人として仕事をしてきたからこそ生まれたブランドです。漆器の世界には、漆の良さの反面、いろいろな問題、課題があります。私は漆器を売ることよりも作るほうが好きですが、『このままでは本当の漆器がなくなってしまう』という危機感を抱き、解決策の一手として『しんこきゅう』を打ち出しました。こだわりすぎて迷子になることもありますが、そんなとき一つ支えになっていることがあります。以前、知り合いの子供に器を作ってあげたところ、なぜかこの器だと食べてくれると、嬉しい感想をいただきました。子供は感覚的に体にいいものが何かわかるんだなと。手を当てて治す『手当』という言葉があるように、手には見えない力があるのではないかと。大人にもこの器を通して本物の素材、手仕事、日本を感じてほしいと思います」

製品が完成するまでの工程


1:材料の製材(荒挽きという器用の製材)
2:材料の乾燥
3:仕上げ挽き(器の形に仕上げる)
4:漆の加工(拭き漆と高台の底に漆の下地材「錆」を施す)
*拭き漆とは、器に生漆を塗って拭き取り乾かす。(漆は空気中の水分(湿度)と温度により酵素が働き化学反応で固まる)この工程を数回繰り返す。
*錆とは生漆に珪藻土ととの粉をまぜた漆器の下地材。

「しんこきゅう」のこだわり

高台の下(底)にざらっとした下地が施されている。それによって強度や安定感が高まる。漆が剥げやすい底の補強にもなり、高級感が出る。本来は、上から漆を塗ってしまうため見えない下地をあえて見せている。
本来、漆は塗るとツヤが出るため、ツヤ消しにする場合は薬品を配合すると簡単に出来るが、職人さんのこだわり技術によって、人工的なものを加えずに漆だけでツヤ感を抑えたセミマットな仕上がりになっている。

Numero CLOSETでしんこきゅうの作品をみる

Edit&Text:Masumi Sasaki Photos:Shincokyu

Profile

堆朱杏奈 Anna Tsuishu 堆朱塗宗家「堆朱楊成」の家系に生まれる。東北芸術工科大学で漆芸を学ぶ。その後、石川県山中漆器産業技術センターにて伝統工芸の木工ろくろを学び、ろくろ学校3年より卒業後まで、約7年半観光施設「工芸の館」にて臨時職員としてボランティアする。2024年独立。2022年に、漆器産地で原木不足や後継者不足等の問題を目の当たりにし、解決策の一手として、「しんこきゅう」を立ち上げる。Instagram/@shin_cokyu
 

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