短歌ブームのその先へ。歌人・瀬戸夏子の2024ベスト短歌7選!
歌人で批評家としても知られる瀬戸夏子が2024年のベスト短歌を選出しながらそれらから見えてくる短歌界の盛り上がりをひもといた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年1・2月合併号掲載)
SNSを中心とする短歌ブームがはじまってからもう数年が経つが勢いは止まらない。一方で伝統側の短歌のほうでも話題は尽きない。双方が互いに刺激し合いながら短歌シーンがより豊かなものとなっていくだろう。というのも、それぞれの作者をはっきりSNS側、伝統短歌側、と分離しきることは必ずしもできないからだ。SNSで作品を発表しつつ、同時に紙媒体で活躍する歌人も多い。
一首目の作者、岡本真帆はその象徴となるような存在だ。〈ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし〉〈平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ〉などキャッチーな歌がXでバズったことでも有名だが、伝統的な短歌結社にも所属していた。夏にいちばん遠い時間から夏を恋う向日性が心地よく、一年がまるごと歌のなかに包み込まれたスケールの大きさが魅力的な歌だ。
二首目の作者は川野芽生。小説、エッセイなどのジャンルでも活躍している。『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアの悲劇的な水死の結末はさまざまなメイルゲイズ的欲望によって繰り返し美しく表象され変奏されてきた。けれどそんな彼女に生の呼びかけをするこの歌は、はっきりとフェミニズム的である。
三首目の作者、黒木三千代はかつて、1990年のイラクによるクウェート侵攻を〈侵攻はレイプに似つつ八月の涸谷越えてきし砂にまみるる〉と詠み、大きな話題を呼んだ。このなかではもっとも伝統短歌寄りだといえるだろうが、作品の持つ時事性と訴求力は強く、あまり短歌に馴染みのない人たちにも読まれてほしい。今回取り上げた歌は2023年のガザ侵攻以前に詠まれた歌である。この十四歳はもう二度と春を迎えることはできない。いま、住む地を追われているパレスチナの人々がふたたび中東では日本の桜のように春を告げるとされるアーモンドの花を見ることができる日は戻ってくるのだろうか。
四首目の作者、楠誓英。文語を用いているためとっつきづらく見えるかもしれないが、BL作家・榎田尤利の初期の傑作小説『永遠の昨日』にオマージュを捧げた連作「Eternal yesterday」より歌を引用した。少年同士の初々しい恋を、官能的な表現も織り交ぜながら詠みあげている。ポピュラーカルチャーとの交差点だ。
五首目の作者、川村有史はヒップホップ文化への言及も多く、この歌は文語の旧仮名表現ではろうそくを「らふそく」と表記することを知り、そのことをラッパーの友人に話したら「ろうそく」と「やくそく」で韻を踏んで返してきた、という場面だろう。
六首目の作者、椛沢知世は日常を思いきりのいい表現で切りとることで、読者に世界の輪郭を新たにくっきりと見せてくれる。眠る前のひとときに推しの姿を見ているときの安らかさを描いているのだろうが、「好みな顔の光」とは言い得て妙だ。光はスマートフォンの光源を直接的には言い表しつつ、推しから得られるエネルギーのことでもあるのだろう。
七首目の作者、鳥さんの瞼とは風変わりなペンネームだがSNSで話題を呼んだ作者。「世界中を敵に回してもあなたの味方でいる」という定番の表現を下敷きに用いることで、敵に回った「あなた」への感情がより鮮明で切ないものに感じられる。
25年、さらに短歌はSNSやインターネットで広がりつつ、伝統短歌の文化的蓄積も吸収して刺激的なものになっていくだろう。
Interview & Text:Natsuko Seto Edit:Mariko Kimbara