奇跡の実話をもとにしたストレート&パワフルな感動作『型破りな教室』 | Numero TOKYO
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奇跡の実話をもとにしたストレート&パワフルな感動作『型破りな教室』

まっすぐ情熱的な快作の登場だ。メキシコの小学校で起こった美しい実話を映画化した『型破りな教室』。麻薬や殺人が日常茶飯事となっている荒れた環境のエリアで、学力が国内最底辺の小学校に赴任した教師が、独自のやり方で子どもたちの成績を全国トップクラスへと導いていく。2023年1月、米ユタ州のサンダンス映画祭でオープニングナイト映画として上映され、フェスティバル・フェイバリット賞(映画祭観客賞)を受賞してから話題沸騰。メキシコ本国では2023年、国内映画における年間No.1の大ヒットを記録した。

最底辺からトップクラスの成績に大躍進。メキシコの小学校で「学ぶ喜び」を子どもたちに教える

舞台となるのは2011年、米国との国境近くにあるメキシコ北東部タマウリパス州のマタモロス。犯罪組織間の抗争が絶えない危険地帯であり、貧しいスラムが広がっている。そんな地域に立地するホセ・ウルビナ・ロペス小学校は、生徒総体の成績が全国最下位レベルで、教員たちの意欲もなく、教育設備も極度に不足している。世間では「罰の学校」という不名誉な異名を取るほどだ。しかし新学期、ひとつの転機が訪れる。担任が出産のため学校を辞めた6年生のクラスに、マタモロス出身の教師セルヒオ・フアレス・コレア先生(エウヘニオ・デルベス)が赴任してくるのだ。この“新任の教師登場”から物語は始まる。

フアレス先生の授業は最初からそれまでとは様子が違った。「なぜ船は水に浮くか?」という設問を立て、生徒たちに自分で調べ、自分の頭で考えるように促す。「間違っても挑戦するのが大事だ。むしろ間違ってほしい。そこから何がダメだったのかを学び、正しい答えに近づけるから」。最初は戸惑う生徒たちだったが、だんだんこのユニークな授業の虜になっていく。子どもたちそれぞれの興味を引き出し、自ら学ぶことの喜びを知ってもらう──フアレス先生は校内の同僚から異端扱いされながらも、その理想に向かう試みを果敢に実践していった。

この映画の原題は“RADICAL(ラディカル)”。「過激な/型破りな」と共に、「根本的」という意味もある言葉だ。まさにフアレス先生の教育法は、形骸化した学校のルールを破って、根本的な知的好奇心にアプローチするものだった。こうして数学の得意な女子生徒パロマ(ジェニファー・トレホ)は宇宙工学者への夢を募らせ、哲学に興味を持った女子生徒ルペ(ミア・フェルナンダ・ソリス)は英国の哲学者ジョン・スチュアート・ミル(1806年生~73年没)の著作を読み始めるなど、個別の才能を伸びやかに発揮し出す。また兄のギャング仲間に入ろうとしていた男子生徒ニコ(ダニーロ・グアルディオラ)は、フアレス先生の授業の面白さに惹かれ、もう少し学校に通いたいと自ら進言する。

だが子どもたちが、いま自分たちが置かれた厳しい環境から抜け出すのは容易ではない。パロマが住んでいるのは廃品集積所──つまりゴミ山の中にある粗末な小屋。拾った廃品を売ってぎりぎりの生計を立てているパロマの父親は、娘の夢を現実離れしたものとしか理解できない。パロマは廃品を利用して自作したらしい望遠鏡で、国境の先の米テキサス州にあるNASAのヒューストン宇宙センターやスペースXのロケット発射場を遠く見つめるばかり。そしてパロマにほのかな恋心を抱いているニコには、不良仲間のしがらみが付きまとう。フアレス先生は「人生の行き先は自分で選ぶんだ」と諭すのだが、果たして子どもたちの運命はどうなるのか──。

ベースとなった実話は雑誌『WIRED』2013年10月号に掲載されたジャーナリスト、ジョシュア・デイヴィスの記事だ。それを2007年の長編デビュー作『Blood of My Blood』(原題『Padre Nuestro(私たちの父)』)でサンダンス映画祭審査員大賞を受賞したクリストファー・ザラ監督(1974年生まれ)が、久々の劇映画の新作となる長編第2作として映画化。デイヴィスは制作にも名を連ねている。彼らが主演に抜擢したのは、第94回の米アカデミー賞3冠に輝く『コーダ あいのうた』(2021年/監督:シアン・ヘダー)で風変わりかつ熱心な音楽教師を演じたエウヘニオ・デルベスだ。決して崇高なカリスマではなく、自身も悩み多き等身大の教育者の姿を体現することで、生々しく爽やかな説得力と感動をこの実在の役に与えた。そして何より、オーディションで選ばれた生徒役の子どもたちの顔が素晴らしい。

それまでの壊滅的な学力の状態から、クラスの中の10人が全国上位0.1%の成績に食い込んだ──という事実にも驚かされるが、この『型破りな教室』が示すのは、子どもたち並びに我々人間の「可能性」についての希望だ。良い未来を望むことすら困難な環境のもとに生まれ育っても、自分次第でそれを打破することはできる。あるいはその「可能性」を潰さずに育てる社会を作り出さねばならない。極めて真っ当で健全な理想をストレート&パワフルに描き出した本作は、この混迷の時代に、王道の自己実現の感動を熱くもたらしてくれる。

『型破りな教室』

監督・脚本/クリストファー・ザラ
出演/エウヘニオ・デルベス、ダニエル・ハダッド、ジェニファー・トレホ
12月20日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
https://katayaburiclass.com/

© Pantelion 2.0, LLC
配給/アット エンタテインメント

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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