ベルリンで金熊賞受賞。新鋭監督の女性が描く愛しさと反骨のオーガニックシネマ『太陽と桃の歌』
スペイン北東部のカタルーニャ地方。独自のローカルな文化や言語を持つ自然豊かなこの土地で、伝統的な桃農園を営んできた大家族が直面する理不尽な試練と、固い絆の行方を描くヒューマンドラマの傑作が2022年製作のスペイン・イタリア合作映画『太陽と桃の歌』だ。
夏の陽光に照らされたスペイン・カタルーニャ地方の大家族に起こった試練と騒動とは
監督は1986年生まれ、カタルーニャ出身の気鋭カルラ・シモン。彼女は2017年に自分の少女時代の体験をベースにした『悲しみに、こんにちは』(英題:“SUMMER1993”)で長編監督デビュー。第67回ベルリン国際映画祭で最優秀新人作品賞とジェネレーションKplus部門グランプリをW受賞するなど、多数の映画賞を獲得し、スペイン映画界の大型新人として一躍注目の存在に。そして実に5年ぶり、待望の長編第2作となる今作では第72回ベルリン国際映画祭で最高賞に当たる金熊賞に輝いた。
映画の舞台となるのは、灼熱の太陽に照らされたカタルーニャ地方の奥地にある小さな村アルカラス(原題も“ALCARRAS”)。三代に渡って桃農園を営むソレ家だが、例年通り夏の収穫を迎えようとしていたとき、突然地主から夏の終わりに土地を明け渡すようにと迫られる。農園の桃の木を伐採して、代わりにソーラーパネルを設置するというのだ。
その無茶な要求に一家の大黒柱である父親キメット(ジョルディ・プジョル・ドルセ)は激怒。誰よりも桃の木を愛する祖父ロヘリオ(ジュゼップ・アバッド)ともども立ち退きを断固拒否する。すると地主は「君たちを追い出さずに済むように、ソーラーパネルの管理をやらないか」と持ち掛けてきた。一家は困惑するが、キメットの妻ドロルス(アンナ・オティン)は、ソーラーパネルで楽に稼いでシチリア島に別荘を借りた知人の話に心を動かされる──。
太陽の光という自然の恵みを農作物ではなく、発電エネルギーに使おうとする時代の流れ。地主は効率的な利潤追求のため、所有している土地の再開発を強引に進めようとする。ソレ家はそれに抗いつつ、しかし家族の中では意見や態度が複雑に分かれていく。例えば長男で高校生のロジェー(アルベルト・ボスク)は積極的に家業を守ろうとしているが、地元の農業の不景気を知っている父のキメットは勉学に励むことを厳しく推奨する。対して何とか父に認められたいロジェーは、農園を救うための資金稼ぎに畑の片隅でこっそり大麻栽培を始めたり……。
その一方、合理的な考え方をするキメットの妹ナティ(モンセ・オロ)は、夫のシスコ(カルレス・カボス)と共にソーラーパネル管理を勝手に引き受けようと、地主と密かに交渉を進めはじめ、それがキメットにバレて大喧嘩が勃発。こういった大人たちの争いに、子どもたちも不安と不満を募らせ、ずっと仲良く生きてきた大家族に初めての亀裂が生まれる。
大家族のにぎやかな人間群像はとても生々しく魅力的だ。キャスト陣はプロの俳優ではなく、オーディションで選ばれたノンプロたち。カタルーニャ語を話し、この土地に愛着を持つ地元の人々を起用している。例えばダンスが大好きな長女マリオナ(シェニア・ロゼット)など、各々の個性をいきいきと際立たせた家族模様の描き方は、一年あとのベルリン国際映画祭(第73回)でエキュメニカル審査員賞に輝いたメキシコ映画の傑作『夏の終わりに願うこと』(2023年/監督:リラ・アビレス)とも共通する卓越だ。
そこに加えて、『太陽と桃の歌』には現代社会への風刺や反骨精神が鋭くギラついている。実際にカルラ・シモン監督の父の兄弟たちがアルカラスで桃農家を営んでいるらしく、資本主義システムから生じる引き裂かれるような矛盾や不当な暴力性、その抑圧に対する怒りや葛藤も、すべて深い実感が込められて映画の中で強く脈打っている。
まさしく“地産”のオーガニックシネマといえる本作は、急激な時代の変化の中で抵抗の歌を奏でながら、世界全体の未来を見据える射程の長い視線がある。夏の終わりと共に、慣れ親しんだ土地での最後の収穫に向かうソレ家の運命、そして決断とは──ラストシーンの彼らの姿を見逃さないでほしい。
『太陽と桃の歌』
監督・脚本/カルラ・シモン
出演/ジョゼ・アバッド、ジョルディ・プジョル・ドルセ、アンナ・オティン
12月13日(金)より全国公開
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito