密やかにさざめくアートの時空。毛利悠子、国内初の大規模展@アーティゾン美術館
微細な音や動きに満ちた作風で、この世界の“見えない力/事象”を感じさせるアーティスト。モネやブランクーシなど石橋財団コレクションとの共演にて、国内初の大規模展に臨む。空間にあふれる密やかな気配、名作の横顔——気づかずにいた感覚の扉が今、アーティゾン美術館で開かれる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年12月号掲載)
「すでにあるものに働きかけ、視点をずらしたり変形させたりして、見方をちょっと揺さぶってみたい」
毛利悠子インタビュー:即興演奏で開く知覚の回路
名作との共演企画に掲げた言葉は「ピュシス」——。古代ギリシャ以来、人間は“自然の本性”をどう見つめてきたのか。毛利悠子が見つめる世界の姿、さざめく空間の秘密に迫った。
アートを通していつも“自然”のことを考えてきた
──アーティゾン美術館での展覧会名は「ピュシスについて」。不思議な言葉が用いられています。
「ピュシスは『自然』を意味する言葉で、ギリシャ哲学の主要なテーマだった語として知られます。ピュシスが表す自然とは単なる『nature』にとどまらず、人間の存在や社会の営みなど、物事の摂理すべてを含みます。私は動きを伴うキネティック・スカルプチャーや音を用いるサウンドインスタレーションにずっと取り組んできたので、機械を駆使する作家という印象があるかもしれませんが、いつも考えてきたのは自然とは何かということ。天候や湿度、重力に磁力、人の感情やソサエティ……世に満ちている見えないエネルギーの関係性に思いを馳せながら、作品をつくっているんです」
──インスタレーションに定評がありますが、今展はどんな空間を構築するのでしょうか。
「これまでは一つの展覧会で一つの作品を見せるパターンでしたが、今回初めて、約20年の活動の間につくった7つのプロジェクトを同時に展示します。また今回は純粋な個展とは異なり、アーティゾン美術館を運営する石橋財団のコレクションと『ジャム・セッション』する企画です。セッション相手の作品を自分で選んでいいということだったので、コレクションの収蔵庫に何度かおじゃましました。展示で見るのとは異なる距離感や角度で、数々のマスターピースをじっくり見られて幸せでした。あらためて実感したのは、厳重に管理されているこれらの作品もかつての制作途上では、筆を手にしたクロード・モネやパウル・クレーが実際に触っていたんだということ。作品の息遣いを感じたとでもいいますか……その経験が展示を構成するヒントになりました。
会場は壁を設けない大空間にして、私の過去作から新作までを配置するのですが、そのインスタレーションの中に、コレクションからピックアップした作品群も組み入れていきます。アンリ・マティスやマルセル・デュシャンらの作品を全体の“一部”として機能させようというのですから、我ながら贅沢なことをしたなと思います。それらを電子基板の回路(サーキット)みたいに置いていくことで全体に電気を通わせ、それぞれの作品に込められたアーティストたちのパッションを蘇らせたい。これが今回の狙いです」
──インスタレーションに取り込むことで、巨匠の名作に新たな息を吹き込もうというわけですね。
「今回選んだモネの『雨のベリール』は厳かで、本当に素敵な絵画です。この絵とコラボレーションすると決めてからフランスのベリールまで出かけ、モネが目にしたのと同じ光景を見ようとしました。実際に赴くと、岸壁の輪郭が絵とぴったり重なる場所が見つかりました。ただし、崖スレスレを歩かないとたどり着けません。いつ滑落してもおかしくない命懸けの状況で描かれた絵だと知ったとき、モネのパッションが私に憑依するような感覚を覚えました。美術館で見ているだけでは感じられない、アーティストの中で燃え上がる何かがそこにはあるのです。せっかくコラボレーションするなら、それをなんとか明るみに出したい。マスターピースに揺さぶりをかけるようなことを、インスタレーションで試みるつもりです」
名作の“パンク精神”を呼び覚ます試み
──モネに限らず、毛利作品はいつも場所やモノと呼応した即興演奏のように制作されます。例えば、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館の展示に組み込まれている「モレモレ」シリーズもそうですね。
「駅構内で発生した水漏れを駅員さんや清掃の方がペットボトルなど手元にある材料で応急処置しているのをよく見かけますよね。『モレモレ』はその様子にインスピレーションを得て、展示現場で水を漏らしてつくっていく作品です。私には、駅構内の水漏れ現場の佇まいが完璧なものに見えました。そこにあるものすべてに意味があると思えるからです」
「最初は水漏れの現場をそのままトレースし、ギャラリーで再現してみたのですが、何かが違った。私が現場を真似してもダメだったのです。自分の中に原因や動機を起こさなければ意味がない。そう気づいて、実際に展示場所で水漏れを起こし、それに対処する制作手法へと行き着きました。漏れをなんとかしようとすると、水の動きは予想できないし、水圧なども関係してきて、まったく思い通りにいきません。トライ・アンド・エラーを繰り返した末に生まれた形が作品となっています」
──電極を挿した果物など、音や動きも毛利作品の特徴です。そうした要素に着目する理由は?
「10代の頃から音楽やパフォーマンス、サブカルチャーなど、ジャンル分けしづらいカオティックなものが好きでした。音が鳴ったり何かが動いたりすると、誰しも否応なく意識を奪われるし、もう単純にDNAレベルで面白いと感じるじゃないですか。また、予測できないことを起こしたり、すでにある枠組みを壊す“パンク精神”の表れとして、音や動きを使っている面もあります。私がやりたいのは、伝統などすでにあるフォームに働きかけ、視点をずらしたり変形させたりして、更新させていくことです。といっても、さほどショッキングなことをするわけではなく、見方をちょっと揺さぶったり震わせたりはしてみたい。
今回なら、石橋財団コレクションの名作たちを、ちょっとだけ“震わせて”みたい。何らかの方法によってモネや私の作品が揺れて見える瞬間を現出させられればと思います。モネやデュシャンら、かつてのアーティストを少しでも揺るがすことができると、気づかれなかった“出汁”みたいなものがにじみ出てくるのではないかと期待しています。今は崇められているアーティストたちも、生きている頃はパンク精神に満ちた人たちだったはずですからね」
「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子ーピュシスについて」
アーティゾン美術館の石橋財団コレクションと現代美術家の共演「ジャム・セッション」第5弾。毛利悠子は隣接するTODA BUILDINGのパブリックアートプログラム「APK PUBLIC Vol.1」にも参加。あわせてチェックしたい。
会期/2024年11月2日(土)〜2025年2月9日(日)
会場/アーティゾン美術館 6階展示室
住所/東京都中央区京橋1-7-2
TEL/050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL/www.artizon.museum
※最新情報はサイトを参照のこと。
Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa