中国の新鋭が美しい茶畑を背景に繰り広げる、天上と地獄の物語『西湖畔(せいこはん)に生きる』 | Numero TOKYO
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中国の新鋭が美しい茶畑を背景に繰り広げる、天上と地獄の物語『西湖畔(せいこはん)に生きる』

2019年の長編デビュー作『春江水暖~しゅんこうすいだん』が世界中から絶賛された中国ニューウェイヴの新鋭、1988年生まれのグー・シャオガン監督。待望となる彼の第2作『西湖畔(せいこはん)に生きる』が、昨年(2023年)の第36回東京国際映画祭コンペティション部門での上映を経て、いよいよ日本で劇場公開となる。今回もグー・シャオガンが独自に打ち出している「山水映画」──中国で発達した伝統的な風景画である山水画の世界にインスパイアされた映画言語の試みを受け継いだものとなるが、たゆたう時間の流れとふくよかな空間把握で、大家族の営みや人間群像を絵巻のように描き出した前作から一転、実際にはスタイルも内容も大胆なまでに変化していることに驚かずにいられない。

世界遺産として知られる杭州・西湖のほとりで暮らす母と息子の物語

舞台となるのは、前作『春江水暖~しゅんこうすいだん』に続いてグー・シャオガン監督の地元である浙江省の杭州。上海の南に位置し、世界文化遺産にも登録されている「西湖(せいこ)」のほとりに暮らす母親と息子の物語だ。中国人の心の理想郷とも言われている西湖周辺は、中国緑茶を代表する龍井(ロンジン)茶の生産地としても知られ、本作でも美しい茶畑の風景にまず目を奪われる。

主人公は母のタイホア(苔花)と息子のムーリエン(目蓮)。父のホー・シャン(何山)は10年前に家を出て行ったきり、行方がわからないままだ。タイホアは山の斜面にある茶畑で茶摘みの仕事をして、ひとり息子を育て上げてきた。

しかしそんな母親と息子を非情な運命が襲う。大学卒業の年になったムーリエンはなかなか仕事が見つからず、タイホアは茶畑の主人チェンと懇意になったことが問題となり、茶畑を追い出されてしまう。生活に窮したタイホアが出会ったのは、友人を介して知ったマルチ商法の世界。「足裏シート」という怪しげなヘルスケア商品を販売しているバタフライ社に洗脳され、偽りの自己肯定感に覚醒した彼女は、違法ビジネスの罠にどっぷりハマってしまう。以前とは別人のように変わり果て、自ら破滅に向かっていく母親を、ムーリエンはなんとか救い出そうとするのだが……。

本作の物語は仏教故事の「目連救母」をヒントにしたもの。釈迦の十大弟子のひとりである目連が、地獄に堕ちた母親を救おうとする展開になぞらえたオリジナルストーリーだ。そしてグー・シャオガン監督の親戚のひとりが、実際にマルチ商法にのめり込んでしまったことが、映画のモチーフとして取り上げた直接の契機になっている。これまで苦労が絶えなかったシングルマザーのタイホアは、社会的成功や経済的欲望の飢えから、拝金主義や承認欲求の狂気に感染する。まるで『マグノリア』(1999年/監督:ポール・トーマス・アンダーソン)での、トム・クルーズ扮するピックアップアーティストが講演する自己啓発セミナーのような、あるいは『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年/監督:マーティン・スコセッシ)の詐欺ビジネスなどを彷彿させる禍々しいテンションの沸騰に巻き込まれていくのだ。

母親タイホア役を演じたジアン・チンチンは、本作の演技で第17回アジア・フィルム・アワード最優秀主演女優賞を獲得。『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年/監督:ダーレン・アロノフスキー)で依存症の地獄に堕ちていくヒロインに扮したジェニファー・コネリーなども連想させる壮絶な熱演にして怪演を見せた。息子ムーリエン役のウー・レイは、時代劇『SHADOW/影武者』(2018年/監督:チャン・イーモウ)やNetflix配信の『この夏の先には』(2021年/監督:レスト・チェン)など、中華圏のみならずアジアで人気急上昇中の注目の若手俳優だ。

音楽を務めたのは『夢二』(1991年/監督:鈴木清順)や『花様年華』(2000年/監督:ウォン・カーウァイ)、『陰陽師』(2001年/監督:滝田洋二郎)などで知られる日本の名匠・梅林茂。『春江水暖~しゅんこうすいだん』の語り口が河の流れを思わせるとするなら、『西湖畔に生きる』を特徴づける運動性は山の鋭利な高低差であり、天上と地獄の両極を往還する強烈なストーリーテリングだ。早くも新境地を切り開いた若きグー・シャオガン監督の今後に期待は高まるばかりである。

『西湖畔(せいこはん)に生きる』

監督/グー・シャオガン
出演/ウー・レイ、ジアン・チンチン、チェン・ジエンビン、ワン・ジアジア
2024年9月27日(金)より、新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
https://moviola.jp/seikohan/

©Hangzhou Enlightenment Films

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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