水上文セレクト!『ジャクソンひとり』ほか身体と性の多様な視点を描いたおすすめ小説6選
身体や性を多角的に描いた小説を文筆家で批評家の水上文さんが厳選。多様な視点で描かれた6つの作品を通じて、“普通”や“常識”からあなたの身体を解放しよう。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年10月号掲載)
『ジャクソンひとり』
“ここは日本で、この外見でこんなふうに扱われるのは、ジャクソンひとり。”
カテゴライズの暴力を逆手に取る
東京に暮らすブラックミックスのゲイ男性を主人公としたこの小説は、身体的特徴にしばしば還元されてしまう彼の困難をウィットに富んだ仕方で翻すものである。個ではなく集団として捉えられる、そのまなざしをむしろ利用していくさまを描くのだ。それは他者をひとくくりにカテゴライズする社会への、鮮烈なる復讐なのだった。
安堂ホセ/著(河出書房新社)
『肉を脱ぐ』
“つまるところ、私は身体に手なずけられ、飼い馴らされる愛玩動物のようなものかもしれない。”
それぞれの「肉の脱ぎ方」
本作には、身体に対して異なる距離感を持つ人々が登場する。身体を嫌悪し言葉だけになれる小説の世界を愛する作家の主人公、性別適合手術を受けようとしている同僚のトランス女性、そしてバーチャルの世界で現実とは異なる身体を持って活動するVTuber。各々の仕方で「肉を脱ぐ」さまが、そこには描かれていたのだ。
李琴峰/著(筑摩書房)
『あなたの燃える左手で』
“右手は左手に、左手は右手に違和感を抱いている。”
分断と接合、境界をめぐる寓話
ある日目が覚めると、他人の左手が移植されていた。そんな出来事をめぐって展開される物語の舞台は、ウクライナ侵攻以前、クリミア半島併合以後のハンガリーである。唐突に接合された左手は、さまざまな境界を象徴する。そこでは社会と個人、あるいは国境、人種といった境界と個人の身体的境界線が重ね合わせられていた。
朝比奈秋/著(河出書房新社)
『ハンチバック』
“殺すために孕もうとする障害者がいてもいいんじゃない?それでやっとバランスが取れない?”
障害と文学によるプロテスト
重度の障害を持った女性を主人公とするこの物語は、彼女の抱く「中絶してみたい」という欲望をめぐって展開される。中絶の権利も障害者の生きる権利も議論されてきたものの、いまだかつて描かれてこなかったものがここにある。これまで声を与えられず、他者化されるばかりだったその身体を、欲望を、詳らかにする一作である。
市川沙央/著(文藝春秋)
『ケチる貴方』
“私は寒いとき必死だ。こんなにも必死なのに、何故この身体は頑なに熱を生産しないのだろう。”
労働とハラスメントの温度
主人公は、極度の冷え性の女性である。彼女は職場で生じる性役割の押し付けに「寛容」であればあるほど体温が上昇することに気が付き、努めて寛容であろうと試みる。それは、抵抗と順応を意識するまでもなく切り替えながら労働する女性の息苦しさを、身体性に根差しながらひどくユーモラスに表現するものであった。
石田夏穂/著(講談社)
『ここはすべての夜明け前まえ』
“わたしのからだはわたしのものなのになんでまだいない人間のことをかんがえなきゃいけないんだろ”
人間であるための闘い
現代からおよそ百年後を舞台にして描かれるのは、ある手術によって老いることのない身体を手に入れた女性の物語である。特異な身体性を通じて浮かび上がるのは、性的虐待や生殖の強要といった身体への抑圧だ。自らの身体を生きるとはどういうことか、「人間」とは何か、本書は問いかけている。
間宮改衣/著(早川書房)
Text: Aya Mizukami