松尾貴史が選ぶ今月の映画『めくらやなぎと眠る女』
2011 年、東日本大震災直後の東京。突如家を出たキョウコ、妻キョウコの失踪に呆然とする小村、“かえるくん”と大地震から東京を救おうとする片桐…。人生に行き詰まった3人が記憶や夢をさまよいながら自身と向き合い、解放されてゆく物語。村上春樹原作初のアニメ映画『めくらやなぎと眠る女』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年9月号掲載)
想像力を掻き立てる名作
これは見ておかなくては後悔します、と言いたくなる名作かつ珍品アニメーションです。珍品といっても風変わりというだけではなく、独特の世界へ迷い込むイマジネーションの冒険ができる稀有な機会を与えてくれる映画です。
ご存じ村上春樹氏の短編小説を6編、巧みに織り込んだ世界が並行で進んでいったり交錯したりしながら、見るものの想像力をいやでも働かせる魔力を持っています。「ご存じ」と書きましたが、私は村上氏の作品を数えるほどしか読んでいません。すみません。しかし、原作者が「(この映画を)2回見たが、ずっと昔に書いた短編で、何を書いたか覚えていない。次にどうなるのか全然わからなくて、映画オリジナルなのか僕が書いたのか違いもわからず、だからすごく面白かった」と言っているくらいなので、楽しめるはずだと確信しました。
いや、しかし面白い! 表題になっている「めくらやなぎと、眠る女」のほかに「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「かいつぶり」「UFOが釧路に降りる」「バースデイ・ガール」「かえるくん、東京を救う」の6つの作品がアニメ化されたと聞いて、勝手にオムニバスになっていると想像して見始めたら、気がつけば終盤に差しかかっていました。巧みに物語が折り重なっているので全くもって存外、時間の過ぎるのが早かったように感じます。
2011年、東日本大震災直後の東京が主な舞台です。その頃は、生命、道徳、公共と個人、組織、仕事、家族というものに「そもそも」を哲学する機会を突きつけられた時期だったと思います。当たり前の日常を送っていた私たちの社会の巨大な歯車が、どこかでひとつずれてしまったような気配を纏っています。
すこぶるリアルに描かれた日本の街や風景が、少し奇妙に感じられるのは意図してのことでしょうか、それともフランスなどの人々にはこう見えているのでしょうか、それともその両方なのでしょうか。登場人物は日本人ばかりですが、キャラクターの雰囲気はどこかエキゾチックで、しかしどう見ても日本人そのもので、しかし色合いというかテクスチャーは日本人が描くとこうはならないという感じの色相と質感です。輪郭線の内側の領域がベタ塗りで、リアルな陰影が描写されているわけではないのに、素晴らしく三次元的に感じられるのは、実写映像を下地にしているからでしょうか。
音の処理と構成も見事です。英語版(オリジナル)で見たのですが、空港のアナウンスや背後での話し声などは日本語でサウンドスケープとして生かされていて、そこがまた奇妙な雰囲気で面白いのです。画質やアーティスティックな表現手法が新鮮で、日本の市場調査で作られる「アニメ」とはまったく別物の魅力がありました。
『めくらやなぎと眠る女』
監督・脚本/ピエール・フォルデス
原作/村上春樹
声の出演/ライアン・ボンマリート、ショシャーナ・ビルダー、マルセロ・アロヨ、スコット・ハンフリー、アーサー・ホールデン、ピエール・フォルデス
※日本語版あり
ユーロスペースほか全国公開中
http://www.eurospace.co.jp/BWSW/
© 2022 Cinéma Defacto – Miyu Productions – Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Productions l’unité centrale) – An Original Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito