展覧会レビュー:映像は動く思考「ホー・ツーニェン エージェントのA」
東南アジアの歴史的な出来事、思想、個人または集団的な主体性や文化的アイデンティティに独自の視点から切り込む映像やヴィデオ・インスタレーション、パフォーマンスを制作してきたシンガポールを拠点に活動するアーティスト、ホー・ツーニェン。現在、個展「ホー・ツーニェン エージェントのA」が東京都現代美術館で開催されている。アートトランスレーターで、アート専門の通訳・翻訳者の活動団体「Art Translators Collective」代表の田村かのこがレビュー。
問いが求めるのは答えではない
展覧会に行ったら、矢印に沿って順番に作品を観ていくもの…と思い込んでいないだろうか? 「映像は動く思考」と語るシンガポール出身のホー・ツーニェンが、アジアの歴史や精神を多角的に考察しながら、「時間とは何か?」という根源的な問いを投げかけるこの展覧会に、正しい見方や答えは存在しない。
印象的なのは、歴史も政治も人の生き方も、決して一枚岩ではなく、ときに誤解や、矛盾や、脆さをはらみながら複雑に存在しているということが、作品の内容と展覧会の構成の両方を通じて繰り返し語られること。多くの伝説に姿を変えながら登場する虎や、第二次世界大戦中に三重スパイとして活動したライ・テク、日本の戦争思想に大きな影響を与えた京都学派など、作品に登場する存在はどれもアジアの歴史に翻弄された加害者であり、被害者でもある。それらを通して語られる多層的な物語は、二重のスクリーンや、体験者の行動により変化するVRや、時間で上映作品が変わる会場構成によって幾重にも増して反響し、鑑賞する私たちもまた多様であることを思い出させてくれる。
効率を重視し、明快で単純な解決策ばかりを求める現代社会は、未知への恐怖や他者への不寛容により分断されている。だからこそ、時計の示す直線的な時間や、答えを求める気持ちは一度忘れて、不明瞭で宙吊りの時空間に身を委ねてみたい。複雑なものを複雑なまま受け取ることで、聞こえる声があるかもしれないから。
ホー・ツーニェン エージェントのA
期間/2024年4月6日(土)〜7月7日(日)
時間/10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日/月曜日
会場/東京都現代美術館 企画展示室 B2F
観覧料/一般1,500円 、大学生・専門学校生・65 歳以上1,100円、中高生600円、小学生以下無料
TEL/050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL/www.mot-art-museum.jp/exhibitions/HoTzuNyen/
Text:Kanoko Tamura Edit:Sayaka Ito