スコットランドの文化を通じてロマンティックな旅路へと誘う「Dior」2025年クルーズコレクション
ディオール(Dior)は、2025年クルーズコレクションを2024年6月3日(現地時間)にスコットランドにあるドラモンド城の庭園で発表。会場には、アニャ・テイラー=ジョイやジェニファー・ローレンス、リリー・コリンズらに加え、日本からはジャパンアンバサダーを務める新木優子が参加した。
スペインのセビリアを舞台に、伝説的なフラメンコダンサーにオマージュを捧げた2023年、そして、フリーダ・カーロを通してメキシコの伝統文化への憧憬を表現した2024年。クリエイティブ ディレクターのマリア・グラツィア・キウリにとってクルーズコレクションとは、かつて世界各地を巡ったクリスチャン・ディオールの足跡を辿り、メゾンのオーセンティシティを再確認するものだという。
そして今回の舞台に選ばれたのは、スコットランドの首都・エディンバラ。同国のパースシャーにあるグレンイーグルズ・ホテルで、約70年前にムッシュ ディオールがオートクチュール作品を発表しており、彼の地との縁がコレクションの物語を構成する強固な枠組みとなった。
マリア・グラツィア・キウリは、本コレクションでムッシュ ディオールが遺したヘリテージを再解釈するだけでなく、スコットランドのシンボルであるユニコーンとアザミの花をモチーフに取り入れたり、非業の死を遂げたスコットランド女王、メアリー・スチュアートをインスピレーションソースにするなど、同国の歴史を巧みに盛り込むことでストーリーに厚みを持たせた。
また、マリア・グラツィア・キウリ自身が「ブランドの背後にあるファクトリーや職人技術を見せたかった。」と語ったように、スコットランドに古くから伝わる伝統的なサヴォアフェールにフォーカス。100年以上の歴史を持つ高名なファブリックメーカー、ハリスツイード(Harris Tweed)をはじめ、高品質なニットウェアを展開するジョンストンズ オブ エルガン(Jhonstons of Elgin)、スコットランド連隊が着用する儀礼用の帽子を手掛ける老舗ブランド、ロバート マッキー(ROBERT MACKIE)などに加え、イギリスの若手デザイナー、サマンサ・マコアッチのブランド、ル キルト(LE KILT)をコラボパートナーとして選んだ。ファッション界では、近年、土着文化の剽窃・盗用が何かと議論を呼ぶことも多いが、その土地に根差した伝統を尊び、卓越したクラフツマンシップを称えるキウリの一貫した姿勢は学ぶべきものが多い。
改めてランウェイショーに話を戻そう。夕刻、バグパイプの哀愁を帯びた音色が広大な庭園にこだまするなか、ショーはスタート。アザミの花を思わせるパープルを基調としたタータンチェックのドレスを筆頭に、ピークドラペルのジャケットにキルトを合わせたルック、ボレロのような短丈のブルゾンとシアーなスカートなどが続く。どれも足元にはタフなライディングブーツを合わせ、紋章風のシンボルやスタッズなどで装飾されたバッグが、クラシカルな柄行きにパンキッシュなムードを添える。
タータン生地に関しては、ムッシュ ディオールが自著『ファッション小辞典』のなかで「流行に左右されない唯一の高級生地」と記している。伝統的なファブリックでありながら、時代を超えてロマン主義からパンクムーブメントまでをシームレスに横断し続けることから、本コレクションでも印象的なキーファブリックとなっていた。
序盤では、1955年春夏オートクチュールコレクションの写真を取り入れたアイテムも目を引いた。ピーコートにオールオーバープリントで施したり、キルトの縁にアップリケしたりとモノクロフォトによるシネマティックなモンタージュは、荘厳なムードに小気味良いアクセントを添えている。フェアアイル柄のニットベストとカーキのキルトスカートを合わせたル キルトとのコラボレーションアイテムにも同様にフォトプリントが用いられており、オーセンティックなルックをモダンに昇華させていた。
サウンドトラックが格式高いストリングスの響きに変わった中盤以降には、ディオールのアイコンピース「バー」ジャケットをメンズライクなフィールドジャケットにアレンジしたようアイテムや、スコットランドの古い地図を大判であしらったマキシサイズのブランケット、さらにキウリが得意とする精緻なレースで形作られた美しいロングドレスなどが登場。
楕円の穴をいくつも開けたアーガイルパターンなど、色柄ひとつとっても歴史や伝統だけにおもねらない先進的なアイデアが見て取れる。とくに鎧のような極端なコンケープドショルダーとコルセット、さらに中世の戦士を彷彿させる鎖かたびらやフェティッシュなレザー調のミニドレスなどからは、いわゆる“クワイエット・ラグジュアリー”とは一線を画す、ファッションの自由さを謳歌する意欲的なアティテュードと徹底した世界観の美学が伺えた。
ショーの終盤には、修道女を想起させるベルベットのロングドレスや大掛かりなクチュール刺繍をあしらった美しいワンピースなどが登場。宮殿で過ごすメアリー・スチュアートの空想上の装いを表現したという華やかなルック群は、DIOR流のゴシックスタイルとして、コレクション動画が配信されるやいなやSNS上でも大きな話題となった。マルチリンガルを操る聡明さと馬術に長ける活発さを併せ持ち、文化人や芸術家などからミューズとして崇められていたという在りし日のメアリー・スチュアート。有名無名問わず、常に時代を象徴するアイコン的な女性に光を当てるマリア・グラツィア・キウリによる彼女への賛歌であるといえよう。
スコットランドに宿る独自で多彩な文化と、メゾンの歴史を結びつけた今回のコレクション。現在のマリア・グラツィア・キウリの充実したクリエイションを改めて再確認させるものであった。
Text:Tetsuya Sato