ウクライナのデザイナー、リリア・リトコフスカにインタビュー「創造の中に希望の光を見出せる」
ロシアのウクライナ軍事侵攻が開始して2年が過ぎた。戦況は膠着状態が続き、現在も終戦の目処が立っていない。そんな中、ウクライナ発のブランドLITKOVSKA(リトコフスカ)のデザイナー、リリア・リトコフスカが日本を訪れ、Dover Street Market Ginzaで、最新コレクションの披露とともに平和を願うインスタレーションを行った。終始、和やかなムードの彼女も、戦争の話になると、空気が一変し、ずっしりと重くなる。これまでのデザイナーとしての歩みと戦時下でもクリエーションを続ける意義、現在の心境を語ってくれた。
リリア・リトコフスカにインタビュー
──ファッションデザイナーを志したきっかけは、何だったんでしょうか。
「母方の家業が仕立屋で、代々テーラードの洋服を作っていました。私は、その職人家系の4世代目にあたり、小さいころから服作りが身近で、ある程度の知識と技術を自然と身につけていました。12歳でデザイナーという職業を知るまで、自然と洋服のデザインをするようになっていました」
──服作りを続ける原動力は何ですか。
「常に、この職業と関連する工芸品を守りたいと考えてきました。LITKOVSKAでは、伝統的なものを現代の文脈に統合し、倫理的かつ持続可能な方法で服作りをするよう努めています。アーティザナルラインは、すべてのアイテムがウクライナの女性職人によって1世紀前と同じ技術と織り機を使用して手作りされているので、特に顕著です」
──LITKOVSKAのコンセプトを教えてください。
「“裏も表も、間違った面はない”です。洋服を裏表逆に着ることが好きなので、裏返しでも間違った着方ではないと考えています。どちらも正しいのです。私たちは洋服が内側からどのように見えるか、仕上がりを非常に重視していて、リバーシブルのアイテムを毎シーズン必ず提案しています。また、洋服に限らず、哲学的なメッセージも込めています。私たちが行うことや言う言葉には間違った面がなく、それがあなたのありのままであるということを意味します」
──LITKOVSKAのコレクションは、男性的でありながら女性らしさを感じます。これについては、どうお考えでしょうか。
「メンズウェアには、独特のムードと特別なステートメントがあるので、常に興味があります。LITKOVSKAでは、無駄のないマスキュリンな仕立てとデザインのピースから洗練されたフェミニティを引き出すことを追求しています」
──服作りのインスピレーションはどこから?
「あらゆるものから得られると考えています。太陽、風、思考、本、創作物、都市など、でしょうか」
──SS24コレクションのテーマは“REBIRTH”。女性の再生する能力や回復力がテーマだと伺っています。このコレクションが誕生した経緯を教えてください。
「今季は戦争についてだけでなく、ヒューマニティ、生についての歴史を語りたいと思いました。戦時下において、女性たちはお互いを理解し、思いやって協調しながら毎日を過ごしています。このウクライナで団結したことを忘れないで、次の時代に伝えたいと思い、小麦や穀物の種子を氷に閉じ込めたインスタレーションを行いました。それをコレクションを象徴するヴィジュアルとして、インスタグラムで公開しています」
──ウクライナを象徴するデザインは具体的にどんなディテールか教えてください。
「ウクライナの伝統的な服作りのテクニックの他、モチーフを装飾を盛り込んでいます。例えば、刺繍、クロスステッチ、縁飾りなど。今季は、農業大国のウクライナを象徴する、小麦の穂や穀物の殻を随所に取り入れました」
──戦争が始まったことで、これまでの服づくりにどんな影響がありましたか。
「ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、娘の学業のためにキーウを出て、パリへ移住する必要がありました。侵攻が始まったのは、ちょうど、2023年秋冬のパリファッションウィークが始まるタイミングと重なっていました。私はパリファッションウィークで、パリのファッション協会にサポートのもと、ウクライナ人のアーティストとともにインスタレーションを行いました。その後、2週間後には、キーウに戻りました。というのも、キーウに35人体制のデザインチームを残しており、メンバーたちは戦争のせいで働けず、ばらばらになっていたのです。彼らは、家族のような大切な存在です。みんなをウクライナ西部に集結させ、戦時下であっても屈せずに、仕事を続けようと呼びかけました。当時は空爆やミサイルによる攻撃で、電気も使えなくなり街はひどい状態でしたが。侵攻から半年が経ち、念願の巨大な電気ジェネレーターを購入しました。その間もキーウとパリを往復をして、服作りを続けました。東京に来る前にも、キーウに戻って、このインスタレーションの準備や最終調整を行いました」
「ファッションと戦争は真逆のもの」
──パリとキーウを行き来するのは危険も伴うのではないかと想像するのですが、ロシアの侵攻に対する抵抗の意思表示でもあるのでしょうか。
「キーウは、私のルーツともいえる地です。それに、クリエイティビティの全てといっても過言ではないデザインチームがいます。彼らも私の存在を必要としていますし、何よりも仕事を続けることが一つの抵抗の形になると信じています。パリにもチームがいるのですが、私たちにとってキーウでやることが何よりも大切なことなんです」
──戦時下で、ファッションに対する考え方は変わりましたか。
「ファッションと戦争は真逆のものです。前者が創造だとしたら、後者は破壊です。戦時下であっても何か新しくものを作り出すことの中に、希望の光を見出せると信じています。私の会社やチームのためだけではなく、ウクライナの未来のために続けることに使命を感じています」
──侵攻前に比べて、ウクライナの国を象徴するものや伝統的なものをコレクションに盛り込んでいる側面はあるのでしょうか。
「はい、そうだと思います。例えば、各アイテムに付けているタグ。国旗の色のリボンのタグに“FROM WAR ZONE WITH PEACE(戦地から平和への願いとともに)”というメッセージを記しています。また、今回のコレクションは先ほど述べた通り、小麦の穂や藁を随所に用いました。ウクライナ人の私からすると、“これぞ、ウクライナ”と言えるようなモチーフです。小麦の藁で編んだ馬も、持ち主の無事を祈る、昔からあるお守りなんですよ」
──パリのグラン・レックスで披露した2023年春夏コレクションでは、戦地に向けたメッセージだという詩を披露したことも印象に残っています。
「『ウクライナ愛国者の祈り(A Prayer of a Ukrainian Patriot)』ですね。このポエムを刺繍をしたスペシャルピースも製作しました。これは、1930 年代に政治的反体制派によって独房の壁に血で書かれたものでした。この詩は、ウクライナでは誰もが知っていて、母国への強いメッセージが込められています。ロシアによって全面戦争が始まって以来、ウクライナがが現在も経験している苦痛を想起させ、象徴するものです。でも、一方で希望の証としても知られています」
──Saskia Diez(サスキアディッツ)が、ランウェイに登場しています。彼女とのコラボレーションについて教えてください。
「彼女は、日本でも人気があるサスキアディッツのアクセサリーデザイナーですが、大好きな10年来の友人でもありす。彼女は、ランウェイにモデルとして出演することで、私をサポートしてくれています。彼女は、私のコレクションを長いこと購入してくれていて、スペシャルなアーカイヴを所有している人物でもあります。いつか、一緒にアクセサリーを作れたらいいですね」
──好きな日本人のアーティストやデザイナーはいますか。
「若い頃にファッションデザインを学ぶなかで目にした、日本人の独特な感性には何か特別なものを感じていたんです。10年前にパリのグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで鑑賞したエキシビジョン『HOKUSAI IN PARIS』は、その美しさに感動し、会期中に二度も訪れたほどです。それから、COMME des GARÇONS(コム デ ギャルソン)の川久保玲さんは、多くのファッションデザイナーにとって偉大な先生です。これまでも、この先の若い世代にとってもそうでしょう」
──最後に、初めて日本を訪れた感想を聞かせてください。
「日本という平和的な国家、人々、そしてユニークで素晴らしい創造性を、いつかこの目で見てみたいとずっと夢見てきました。実際の東京は、街の隅々、いたるところにデザインが施されていると感じました。2009年には、日本にインスパイアされたコレクションも作ったんですよ。強いインスピレーションを与えてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです」
Photos:Tomoharu Kotsuji Edit&Text:Aika Kawada