アーティスト平野千明インタビュー「切り出す行為に人類の進化を重ね合わせる」 | Numero TOKYO
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アーティスト平野千明インタビュー「切り出す行為に人類の進化を重ね合わせる」

Numero TOKYO 5月号『モノトーンの表現者たち』にて紹介しているアーティスト平野千明のウサギをモチーフにした作品。単なる切り絵ではなく、モチーフを切り出すという行為そのものを表現している。記事でも登場する原画をNumero CLOSETにて抽選販売。詳しくはページ末尾をご覧ください。

カットアウト原画《MOCHA(モカ)》をNumero CLOSETにて抽選販売。
カットアウト原画《MOCHA(モカ)》をNumero CLOSETにて抽選販売。

ニューヨークでアート活動をスタートしたアーティスト平野千明は、動物、昆虫といった生き物と機械部品のようなモチーフを組み合わせ、カットアウトの技法を用いて表現する。コム デ ギャルソンDMにて、テセウス・チャンとのコラボレーションでも展開した<現代型進化論>と呼ばれる一連の作品に込めた真意とは。

──アートの道に進んだきっかけは?

「僕は元々サラリーマンをしていて、それまで芸術活動などしたことがありませんでした。きっかけとなったのは、父の死。その出来事があまりに強烈で、アートを志すきっかけとなりました」

──お父様の死がなぜアートという選択肢と結びついたのでしょうか。

「25歳の時に父親が突然、心筋梗塞で亡くなったのですが、前日の夜におやすみと挨拶を交わした後、そのまま夜中に息を引き取りました。人はある日突然この世から消えてしまうことを痛感しました。この出来事を契機に、生きている間に何か自分が生きた証というか、表現を残したいという気持ちがマグマのように湧いてきました。そこからアート活動を始めようと思い立ったのですが、美大も出ていなければ、これまでの人生でアートに触れることがありませんでした。何の特技も技法も全く術がない。だったら、まずニューヨークに行こうと思い立ちました」

──いざアート活動、渡米するにあたり、前段階となるきっかけはあったのでしょうか。

「小学生の時に父親に絵が上手いなと褒められた記憶があります。その出来事が父との思い出に残っていて、だからなのかはわかりませんが、アートを選択したのかもしれません。いずれにしてもどんな分野も、技法を極めている人は山ほどいたので、アートの世界でやっていくなら、とにかく自分だけにしかできない技法を確立する以外、生き残る術はないと感じていました」

現代型進化論シリーズの版画作品。
現代型進化論シリーズの版画作品。

──そこで会社を辞めてアートの道に進むことにしたと。しかもいきなりニューヨークとは。

「自分の中でアートをやるなら芸術・文化の発信地であるニューヨークというのがあったのだと思います。会社を辞めて退職金もいくらか出たので、それを元手にニューヨークに渡りました。ニューヨークで生活しながら、とにかくありとあらゆるアート、カルチャーに触れる日々を過ごしました」

──アートを生業にするという決断は、潔いというか大胆というか。

「もしかしたら、音楽とか違う表現や道もあったかもしれません。ただ、これで食べていくというよりは、この世に何かを残したいという気持ちがすごく強かった。とにかくギャラリーや美術館をまわり、いろんなアーティストの作品を見て、誰もやってないことやろうと思いました。その時に紙を使った表現があまりなかったのと、紙を扱う文化はどこか日本的な要素だと感じて。紙を使って何かできないかと模索し始め、あとは圧倒的に時間を費やし、紙を層にして構成していくというオリジナリティを築きあげました」

道具は30度の鋭斜カッターのみ。これ一つで、0.1mm単位まで繊細に切り出す。

──一口に紙を使うといってもいろいろありますが、なぜカットアウトという手法だったのでしょう?
「もちろん誰もやっていない技法を作っていくのと合わせて、何を表現し、どういうものを目指していくのかというストーリーが必要でした。そこで文脈を練り始めます。自分はいったい何を表現したいのかを徹底的に考えた結果、やはり人の死に触れて初めてアートの世界に足を踏み入れたので、紙を通じて『人』を表現したいと思ったのです」

──どう人を表現しているのですか。

「僕の作品は機械的な表現をしていますが、かっこいい機械の生き物を作りたいというよりは、切り出すという行為に重きを置いています。というのも地球は46億年もの長い時間存在していて、そこから生命が誕生し、進化し、今に至ります。とんでもない長い年月、進化を続ける生物がいて、そう考えると人間はまだたった数百万年しか存在していません。恐竜は2億年近く存続し、昆虫はさらに長い年月、存在し続けています。人類が出現し、人とそれ以外の生き物とを区別するものは何かと考えたときに、人以外の生き物が自然と共存、共生していく道を選んだのに対して、人は唯一自然を切り開くことで進化を目指した生き物であることに着眼しました」

──自然に合わせる、従うのではなく、自分たちの都合で自然に抗うというか。

「そうですね。他の生物が選ばなかった進化の形を、唯一選んだのが人類だと僕は認識しています。故に1層目に用意する白紙は、その自然という大きな枠組みの意味合いを持ちます。他の生物が上に乗せていったものを、人が唯一マイナス方向に切り開くという行為性を紙の裁断を通じ表現しています。存在しているものを切り抜く行為に、僕のアートの根幹があります」

フクロウを切り出した作品《SHINKOH(シンコー)》
フクロウを切り出した作品《SHINKOH(シンコー)》

──切り開くは、切り崩すでもありますね。

「まさに。山にしろ、森にしろ、あらゆるものを切り崩し、新たな進化を目指したところから、白紙を切り崩した先に見えてくる黒という世界で、さらにそれを崩すことによって見えてくる新しい白の世界。その価値あるものを切り崩すという行いを表現しています」

──白が自然だとして、黒は人工的な要素という解釈でしょうか。

「水彩にしろ、油絵にしろ、全部上に乗せていく作業で、僕は自分の表現をカットアウトと呼んでいますが、平面でありながら下の方向を目指していくところがオリジナリティだと思っています。その行いを、昆虫といった自然界の象徴と人間が築いた機械構造を通じて一種のメタファーとして表現しています」

約40時間かけて仕上げる。一番上の白紙はモチーフの輪郭を切り抜き、その下に、黒、白、黒と続く、4層構成。1枚目と2枚目の間にアクリルを挟むことで、白紙を浮かせ立体感を出している。
約40時間かけて仕上げる。一番上の白紙はモチーフの輪郭を切り抜き、その下に、黒、白、黒と続く、4層構成。1枚目と2枚目の間にアクリルを挟むことで、白紙を浮かせ立体感を出している。

──モチーフ選びにもこだわりが?

「生き物であれば、なんでも作りますが、特に初期の頃、好きだったのは昆虫です。哺乳類より圧倒的に長い期間生きているので」

──その進化に対する、人間の現代となっては破壊とも言える利己的な行いをプラスに捉えているのですか、それともマイナスですか。

「よく聞かれますが、人類が自然を切り崩してきた行為を僕は善とも悪とも捉えてはいません。そこは僕が論ずる部分ではないと思っています。一連のシリーズを現代型進化論と名付けていますが、人だけが選んだその進化の道を客観的に面白いと感じています。ただ、地球というマクロの視点で考察すれば当然良しとはされませんよね。もし人がいなかったら地球は今以上に美しい星だと思うのです」

皇帝ペンギン《MILO(マイロ)》
皇帝ペンギン《MILO(マイロ)》

──逆に言うと、長い地球の歴史から見たら、 結局、最終的には人間ではなく自然の方が勝るとも言えるのでしょうか? 人間が一瞬やってきて、好き勝手し放題荒らしたけど、またリセットされる時が来ると?

「当然なると思います。現代こそが人類史と呼ばれる時代だと僕は思うので。きっともう少しで人類史が終わる。人は自然を切り開いて進化して、それによって結果、滅びるのでしょうけど。そして、人がいなくなり、また浄化され再生され、リセットされる。僕らはなかなかそれを信じられないけれど、地球は50億年近く存在し、人類史はほんの一瞬のことで、人がいなくなった後、また人類史以降の新たな地球というものが続いていく。この一瞬をアートとして残したいなと思っています」

<Modern Allegorism(モダンアルゴリズム)>シリーズ
<Modern Allegorism(モダンアルゴリズム)>シリーズ

──現代型進化論と名付けた理由が理解できました。もう1つの<モダンアルゴリズム>とはどのような作品ですか?

「ベースは同じですが、切り開く対象として人自体を表現しています。視点を変え、人の解釈というほうに目を向けて、人の解釈も同じで、全く知らない人に対して、ある情報が入る。そこから、その人自身に様々な脚色を加え、想像し、僕らの頭の中で切り開いている。その台紙の白紙から足されていくのではなく、僕が勝手に切り開いたものの中から層になって作られた虚像が出現するという。

例えば、僕らはマリリン・モンローに会ったこともないのに、彼女にまつわる色々な要素を切り出しながら認識している。それもまた人ならではの行いで面白いと思い始めました。あくまで主軸は現代型進化論ですが、その見方を、フォーカスするところを変えてみた結果です。どちらもベースは、人について考えるという作業であることは変わりません」

──この先また切り出したいモチーフなどあったりするんですか。

「表現したいことは変わらないので、その対象が街になったっていい。一時、渋谷の街を切り崩してみたりもしました。切り出す対象は変わっても、基本的には人そのものやその行為に対して向き合い、人について考えるという作業で、それを探求し続けています」

──最後に創作をするにあたってモチベーションというか、原動力はなんでしょう。

「アート活動に向かう原動力であり衝動は、やはり世に作品を1枚でも多く残すこと。まだ40歳ですが、命は滅びますから。それまでに自分が生きた証としての表現をこの世に残すこと。これが僕の存在証明です」

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Photos:Ai Miwa Edit & Text :Masumi Sasaki

Profile

平野千明Chiaki Hirano 白黒の紙を重ねる独自の技法を編み出し、切り絵の新しい表現方法を確立。2012年、NYに移住しアート活動を開始。同年、Jadite galleryにて個展開催。その後、 日仏現代美術世界展(国立新美術館)入賞、エコールドパリ展入選、ポルトガルセトゥーバル博物館特別推薦展示など世界に活動の幅を広げる。コム デ ギャルソンDMにてテセウス・チャンとの共作を発表。18年より名義をKROUDから平野千明に改める。
www.kroudworks.com
Instagram:@kroud_artworks

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