坂本龍一、コーネリアス etc. 音に聞こえし「AMBIENT KYOTO 2023」開幕レポート
昨年開催され、称賛の声が全国に鳴り響いたブライアン・イーノの展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」。その第2回となる視聴覚芸術の展覧会「AMBIENT KYOTO 2023」が、坂本龍一 + 高谷史郎、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一らを迎えて開催される。音に聞こえし「アンビエント」の余韻絵巻。果たしてどんな体験が広がるのか? 開幕レポートをお届けする。
口々にこだまする「アンビエント」の視聴覚体験
味わい深いアート体験は、口から口へと伝わって、こだまのように鳴り響く。
2022年夏、京都で開催された「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」がそうだった(※1)。アート好きに限らず、音楽やファッション、カルチャー通の間でも「素晴らしい」「見ておいたほうがいい」「新幹線に乗って行く価値がある」という噂が、東京界隈でも鳴り聞こえ始めた。
思わず興味をそそられて「どんな展覧会?」と聞き返せば、「光が美しい」「音が素晴らしい」「あんな空間は滅多にない」と、しまいに言葉を濁される。
つい人に話したくなるけれど、口づてではまったく伝わらない。結局、自分で行かないことには始まらない。ここがアートの悩ましいところ。ところが、その残響が余韻とともに年を越え、ここに高まり極まって第2回目が開幕されるという。
こだまが再び実体化した。これはよほどのことに違いない。そう確信し、開幕初日に狙いを定めて東海道新幹線へ乗り込んだ。
(※1)参考記事/Numero.jp「コロナ禍初となるブライアン・イーノの大規模展が京都で開幕」
まずもって、参加アーティストの顔ぶれがいい。展示作家に坂本龍一 + 高谷史郎、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一、朗読に朝吹真理子、ライブにはテリー・ライリーらが名を連ねる。
そもそも「アンビエント」とは、ロンドン出身の音楽家/ヴィジュアルアーティスト/アクティビストとして知られるブライアン・イーノが創始した表現ジャンル。
音楽文脈では「環境音楽」とも表記され、興味をもって聴き入ることも、ぼんやり聴き流しても、そっぽを向いてみてもいい。さらには音の表現に限らずに、その場の光、空間や時間、それらを取り巻く環境まで、知覚される体験すべてが含まれるという。
まことに感覚的。“体感してみなければ始まらない” 大いなる何か——それがアンビエントなのだった。
築93年の建物で味わうバッファロー・ドーター&山本精一
そうしたあれこれを前置きに新幹線は西へ西へと疾走し、JR京都駅へ滑り込んだ。
下車して向かうのは京都タワーがそびえる駅中央口から徒歩5分、烏丸通りと七条通りの交差点。京都中央信用金庫 旧厚生センターだ。
ここは1930(昭和5)年に不動貯金銀行 七条支店として建てられた歴史的建造物であり、通常は非公開ながら、昨年の会場となった場所。今回も、アーチやラウンド型の窓、階段の丸みを帯びた手すりなど、3フロアからなるレトロ建築空間を存分に活用し、アンビエントな視聴覚体験が繰り広げられる。
エントランスを抜けると、照明を落とした館内にそこはかとなく良い香りが漂っている。まずは3階へ。
黒い展示室内、斜めに対置された両壁面にそれぞれ映像が投影されている。2組のアーティスト名がクレジットされており、日本製オルナタティブロックの最高峰と呼び声高いバンド、バッファロー・ドーターは『ET (Densha)』と『Everything Valley』の2曲を出品。
『ET (Densha)』では鳴り響く演奏と同期して、映像/音響作家の黒川良一が描き出す巨大な花弁が超高精細なパーティクル(粒子)となり、飛散と再構築を繰り返す。
『Everything Valley』は、映像作家の住吉清隆による片面に◯、もう片面に□のオブジェクトが重なり合い、スペーシーに流転していく。
もう1組は山本精一。BOREDOMS、ROVO、羅針盤などにギタリストとして参加するほか、ソロ作や文筆家、画家としても活動する才能だ。液体を用いたリキッド・ライティングの作品で知られるヴィジュアルアーティスト、仙石彬人との共作による新作『Silhouette』が公開されている。
それにしても、この音の響きようたるや。そこに微粒子や幾何学模様、輻輳する波紋のモアレなどの映像表現、反射する光、来場者の動きなどが掛け合わさり、五感を絶えず刺激する。
もはや、じっと腰掛けて眺めるだけでは済まされない。対置された2画面を交互に見返したり、室内を歩き回って響き加減を確かめたりしてしまうのも、むべなるかな。
コーネリアス × 霧、映像、照明、香り……の確信犯的出合い
……まずい。これはいつまでも居続けられるやつである。
なんとなれば、全展示作品の音響ディレクション&ミックスを日本を代表するサウンドエンジニアのZAKが手がけているという。そしてこの会場だけでも、ほかに小山田圭吾ことコーネリアスの展示が4作品も待ち受けている。日が暮れる覚悟で身を委ねるべしと、次なる小部屋へ飛び込んだ。
作品名は『霧中夢 -Dream in the Mist-』。足を踏み入れると、真っ白く霧が立ちこめている。そこに光が拡散し、第一印象は「おっ、青いな!?」。
ほどなくしてそれが「赤いな!?」に変わり、次第に点滅し始めて、おまけにぐりぐり動くスポット照明と壁面を走る幾筋ものLEDが一挙に明滅。もうガビガビ状態になる。
階下の2階には『TOO PURE』。矩形の立体LEDディスプレイに草木が芽吹いては伸び盛り、風に散っては冷え枯れてと、春夏秋冬の花鳥絵巻がループし続ける。デザイン集団GROOVISIONSの手になるモーショングラフィックだ。
1階の展示室は天井高のあるホール空間。これまでと違ってスクリーンは見当たらず、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』もかくやと思わせる正方形のステージをスポットライトが取り囲んでいる。
「端で見てないで上にあがれ」という心の声に従うと、果たして全周ぐるり20個ものスピーカーから反復する電子音に、照明デザイナーの髙田政義による光が目まぐるしく絡み合い、走馬灯のように360度を巡り始めた。
作品名は『QUANTUM GHOST』。いわく、「音の波長をどんどん短くしていくと、量子(Quantum)レベルで音と光は絡み合うそうです」(作家コメントより)。
量子力学によれば、この宇宙のあらゆるものは素粒子レベルで絶えず点滅し続けているとされる。光と音の重なり合う波のなかで、自分という肉体と意識を構成し、絶え間なくざわめきフィーバーする極微細な粒子、その深遠なる神秘に思いを馳せた。
展示室を出ても、油断はできない。
ラウンジ(休憩スペース)やトイレなどで、コーネリアスの新曲『Loo』が幽(かす)かな音色を発していた。館内に漂う香りもまた、アーティスト和泉侃(いずみ・かん)による「聴覚のための香りのリサーチ」。この建物に内包され、互いに関係し合うすべての要素が、アンビエントな知覚世界を織りなしているのだ。
坂本龍一 + 高谷史郎、“二度と起こらない” 没我の境地
昨年に加えて今年はもう1カ所、新たな展示会場が設けられている。
京都市営地下鉄 烏丸線に乗り、丸太町駅で下車。烏丸通り沿いすぐに、1975年竣工の京都新聞ビルがそびえている。この地下に、あっと驚くインダストリアル空間が広がっているのだ。
かつて印刷工場として使われ、2015年に閉鎖。機械設置のため掘り下げられた床や台車用のレールが残るなど、往時を偲ばせるこの場所で、坂本龍一 + 高谷史郎の作品『async – immersion 2023』が公開されている。
天井高約10メートル、面積約1000平方メートルにおよぶ無柱空間に、幅約27メートルもの長大なLEDモニターと35台のスピーカーを設置。抑制的なピアノの音、人々の言葉、雨の滴り……今年3月に亡くなった坂本龍一の晩年の名作『async』(2017年)が響き渡る。
モニター上では、森の木々、波や水の波紋、坂本のスタジオで撮影された機材や庭などの光景が縦軸に沿って走査(スキャン)され、抽出された色相が横軸方向に走査線のパターンを紡ぎ出す。
この映像を手がけたのは、日本を代表するマルチメディア・パフォーマンス・アーティスト集団「ダムタイプ」のメンバーにして、個人名義でも坂本と数多くの共作を行ってきた高谷史郎。無数の水平線のように移り変わるパターンの様相と、坂本の遺した音楽の響き。その見事な呼応に息を飲んでいたが、そうではなかった。
「『async』(非同期)のコンセプトに基づいて、(中略)基本的に映像と音楽は同期していません」
「鑑賞者は音と映像の関係が絶えず変化する流れの中で作品を体験する。それは、反復するけれど同じことは二度と起こらない、波や雨の波紋を見ている時と同じ体験です」(作家コメントより)。
本作の長さは60分。しかし、決して飽きることはない。高谷の言うように、反復へ身を任せるなかで意識が次第に澄みわたり、フラットに広がっていくかのような体験がそこにあった。
アンビエントとは “感じる余白” と見つけたり
2会場の展示を振り返って、あの空間と時間の続く先、目指す境地について考えてみる。みるのだけれども、あれらは知覚という現象の織りなす体験であって、そのすべてを言葉で理解するのは困難だ。
しかし言葉といわずとも、両会場に併設されたギャラリーショップに目を向ければ、あの香り「聴覚のための香りのリサーチ」がオリジナルフレグランスとして販売されている。
ほかにも、神具・仏具を手がける京都・宇治の南條工房による特製おりん「LinNe Chibi AMBIENT KYOTO」、映画音楽やシガー・ロスのアルバムを手がける作曲家/アーティストのアレックス・ソマーズによるキーヴィジュアルをあしらったTシャツ、その色彩を京都・祇園の鍵善良房が表現した「特製菓子(琥珀)」などが並ぶ。
これらもまた、五感を通して展示の余韻を楽しむための “はからい” とはいえまいか。
また、公式サイトでは芥川賞受賞作家の朝吹真理子による朗読作品のポッドキャストを公開。
加えてライブイベントも行われ、東本願寺の能舞台にミニマル・ミュージックの巨匠であるテリー・ライリー、モダニズムの名作建築として知られる国立京都国際会館にはコーネリアスが登場する。
では、これらすべてに通底する感覚とは、一体なんだろうか。
つまるところはこうだ。
「AMBIENT KYOTO 2023」の名のもとに展開される数々の試み。それは、すでに評価の確立されたアーティストの作品をうやうやしく掲げて期間限定で開帳し、知名度と市場価値をさらに吊り上げていくような “アート” のあり方とは、まさしく真逆のアプローチではないか。
音は鳴り、映像は流れるが、いかに評判を呼ぼうとも、その価値は人々自身が “いかに体験するか” にかかっている。何を動機に、どんな心持ちで、どう訪れるのか。天候や会場の空気感、来場者の動き、自らのコンディション etc.。
素粒子のまたたきから心臓の鼓動、日々の明け暮れに至るまで。天地(あめつち)の出来事はすべて反復によって育まれるが、同じことは二度と起こり得ない。その一つひとつの変化をどう感じ、取り巻く環境をどう受け止めるのか。
すなわち、それこそがアンビエントの目指すところ。静的なようでいて動を誘い、感じる側が主体となって自由なイメージを描き出す——。音や映像、言葉の余白、こだましていく余韻にこそ、はかり知れない価値があるのだ。
だとすれば京都は、鐘の音(ね)や四季折々の残響、光と影が織りなす深い余韻、重なり合う歴史と文化の奥行きなど、市場原理に駆られたスクラップ&ビルドの乱開発から距離を画して悠久にたゆたう、無窮の余白を湛える場所。
その精神性とアンビエントの響きが交わるところに、果たして何が浮かび上がるのか。ぜひあなた自身の心と体で、感じ取ってみてほしい。
※掲載情報は10月17日時点のものです。
最新情報は公式サイトをご確認ください。
「AMBIENT KYOTO 2023」
会期/2023年10月6日(金)〜12月24日(日)
会場1/京都新聞ビル地下1階 京都市中京区烏丸通夷川上ル少将井町239
会場2/京都中央信用金庫 旧厚生センター 京都市下京区中居町113
時間/9:00〜19:00 ※入場は閉館の30分前まで
料金/一般¥3300、専・大学生¥2200、中高生¥1800/小学生以下無料
URL/ambientkyoto.com/
Edit & Text : Keita Fukasawa