ロマ音楽映画の名匠、トニー・ガトリフ監督の隠れた傑作『ジャム DJAM』
ロマの血を引く一家のもとに生まれ、自らを「音楽をやる映画監督」と定義するトニー・ガトリフ監督(1948年生まれ、アルジェリア出身)。かつてはジプシーとも呼ばれたロマの多彩な音楽を映画にちりばめ、ヨーロッパの移動型民族として育まれた独自の文化や風習を映し出す作風。『愛より強い旅』(2004年)では第57回カンヌ国際映画祭監督賞を受賞するなど、世界中で愛されるシネアストだ。そんな彼のフィルモグラフィから珠玉の2作品が、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて同日公開されることになった。まずは1997年の代表作、ロマン・デュリス主演の『ガッジョ・ディーロ』。日本でも1999年にロードショー公開されてスマッシュヒットを記録した。そして2017年の逸品『ジャム DJAM』。こちらはイベントでの上映を経て、今回が日本初公開となる。
エーゲ海に面したギリシャ~トルコの旅路をたどる珠玉のガールズ・ロードムービー
『ジャム DJAM』の物語は2016年11月、エーゲ海の最東端に位置するギリシャ領のレスボス島から始まる。音楽とダンスをこよなく愛する、自由奔放なギリシャ人の若い女性ジャム(ダフネ・パタキア)は、資金難のレストランを経営する元水平の継父、カクルゴス(シモン・アブカリアン)とふたりで暮らしている。ある日、船のエンジン部品を調達するため、ジャムは継父に頼まれてトルコのイスタンブールへ出かけることに。そこで偶然出会ったのがフランスから来たアヴリル(マリーン・ケイヨン)だ。彼女はシリアの国境に行き、難民支援のボランティアに参加する予定だったが、パスポートもお金も盗まれてしまい完全に孤立していた。そこでジャムはアヴリルを連れてギリシャへと戻ることに。こうして初対面の女子ふたりがたどる波瀾万丈の珍道中が始まる──。
野性味あふれるジャムと勇敢なアヴリルの、シスターフッドが織り成すロードムービー。彼女たちが往くのは荒涼とした陸路だが、その旅路を風味豊かな音楽が彩る。まずジャムが爪弾くのは、バグラマという伝統的な弦楽器。そしてレンベティカ(レベティコ)と呼ばれる大衆歌曲を演奏する。ギリシャとトルコの融合だとジャムが解説するこの音楽は、「ギリシャのブルース」との異名も取る。ガトリフ監督はこうした地中海の味わいに満ちた音楽をふんだんに使い、ミュージカル的な演出で映画を盛り上げていく。
アヴリルはフランス語しか話せないのだが、ジャムはたまたまフランス語が堪能だった。それは、かつて継父がパリに出していたギリシャ料理店を手伝っていたから。ジャムの亡き母親はその店の人気歌手だった。こういったエピソードから、流浪の民としてのロマの事情や歴史が浮かび上がってくる。さらにふたりの旅の道程では、ギリシャ~トルコに跨がる経済危機、祖国を追われた移民や難民の厳しい様相なども示唆される。
主人公のジャムを演じるのは、のちにポール・ヴァーホーヴェン監督の『ベネデッタ』(2021年)やレア・ミシウス監督の『ファイブ・デビルズ』(2022年)などで大きく注目されるダフネ・パタキア(1992年生まれ、ベルギー出身)。劇中の歌はすべて彼女自身が披露しているほか、楽器やベリーダンスも習得。彼女の生命力漲るパフォーマンスや存在感が、映画のグルーヴやテンションを牽引する。
ここで描かれる現実は決して甘いものでなく、いろいろな抑圧が登場人物たちを襲う。だが「音楽や自由を禁じた連中にはオシッコをかける!」とジャムは喝破する。そして彼女を見守る継父カクールゴスも、「歌い続けよう。音楽を奏でて生きていこう。海を旅しながら」と呟く。どんな状況でも希望と肯定の声を失わないガトリフ監督らしい人生賛歌だ。
『ジャム DJAM』
監督・脚本/トニー・ガトリフ
出演/ダフネ・パタキア、シモン・アブカリアン、エレフセリア・コミ、ヤニス・ボスタンツォーグロウ
9月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷 他全国公開
https://tonygatlifilm2023.jp/
© 2017 Princes Productions – Pyramide Productions – Auvergne-Rhône Alpes Cinéma – Blonde – Güverte Films – Princes Films
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito