“次世代につなぐ”西野麻衣子「SWAN SONG 新たな羽ばたき」の死と再生
7月、2005年~2021年までノルウェー国立バレエ団のプリンシパルとして数々の舞台に立ってきた西野麻衣子が、故郷の大阪で公演を行う。それに先立って、4月10日、東京・広尾のノルウェー大使館で記者会見が開かれた。
そもそも今回の公演は2020年に「ノーザンライトの贈り物」として計画されたものがコロナ禍でキャンセルされ、再企画されたものだ。東洋人として初めて同バレエ団のプリンシパルとなった彼女を見たいと首を長くしていたファンも多かったが、海外ダンサーの招聘が難しい状況になり、やむなく中止されることになった。さらに、翌年、引退することになった西野の引退公演も数度にわたり延期。結局、引退公演はオンライン開催することになったという。
「お客様のいない舞台で踊るのは生まれて初めてで、カメラの前でドラマチックな作品を踊っても、お客様に拍手をいただけないというのも初めての経験で。つらい思いをしたんですけれども、パンデミックの中、家でお稽古をして、毎日当たり前のことが当たり前でなくなってしまった時に、私はこれから何をしていきたいのか考える時間も増えた時期でした」
その後、「若い世代のダンサーに世界のバレエを見る、経験するという機会を与える」ことの必要性を感じたという。
昨年には、恩師である橋本幸代さんが亡くなっており、会見の中では声を詰まらせるシーンもあった。自分が薫陶を受けた師を亡くし、自分が今度は若いダンサーたちに自分の経験をシェアする、という夢をかなえる機会が今回の公演になる。ノルウェーで活躍する日本人ダンサーに加え、西野とゆかりの深い外国人ダンサーが振り付け、出演で参加する。
主催者は振付家であり、西野の英国ロイヤル・バレエ・スクール時代のフラットメイトでもある山本康介。彼によれば、今回の企画の内容を話し合っている中で、西野は「舞台の上で死にたい」と言ったという。
その象徴となる作品が、山本が振り付けた「椿姫」だ。 若い男性と年上の高級娼婦との悲しい愛が描かれる「椿姫」に、キャリアを積んだバレリーナが若手にバトンを渡す姿がオーバーラップする。
そして、もうひとつの象徴的な作品が『Le Cygne(瀕死の白鳥)』だ。この“白鳥”は、西野が一番最初に主役を務め、そして母になってから最初に主役として舞台に立った作品が『白鳥の湖』であることに由来している。 “白鳥の最期”を表現した作品は、まさに西野の「舞台で死にたい」に合致する。振付を西野のキャリアを長く見てきたノルウェー国立バレエ団のパートナーであるルカス・リマが行い、西野のキャリア、そして女性のキャリアや一生をイメージした作品に作り上げていく。
会見で西野は、引退した今、ノルウェー国立バレエ団やノルウェーという国に感謝している事として、「ダンサーと母親の両立ができたこと」を挙げた。妊娠した自分をキャスティングするだけでなく、産前産後のレッスンやリハーサルをする際もドクターの入念なテストが前提だったという。
家族の支えはもちろんだが、ノルウェーの女性を支えるシステムが今の彼女のキャリアを後押ししていることは間違いない。 出産の間際まで舞台やリハーサルに参加し、産後の思うように動かない体を鍛え上げて白鳥の湖で劇的な復活をする西野の姿は、2016年日本公開のドキュメンタリー映画『MAIKO 再びの白鳥』に詳しい。
その過酷で壮絶な過程を経て、一度は舞台での人生を終えた西野は、若いダンサーに経験と自信を与え、そして海外で活躍する若手のダンサーに日本での公演をプレゼントする。終わりでもあり、始まりでもあるこの羽ばたきを、わたしたちは瞬きすることなく見守りたい。身を削るような努力をして一つの夢をかなえ終わり、次の人生へと助走を始める姿は、多くの女性たちの道しるべとなるだろうから。
会 場/東大阪市文化創造館大ホール(大阪府東大阪市御厨南二丁目3番4号)
出演/西野麻衣子(元ノルウェー国立バレエ団プリンシパル)
厚地康雄(元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパル)
ルカス・リマ(ノルウェー国立バレエ団プリンシパル)
ジョナサン・オロフソン、槇 美晴、氏家怜奈、西村奈恵(ノルウェー国立バレエ団)
長岡丈周、田中月乃(ノルウェー国立バレエ団2)
ピアノ/佐藤美和、ハープ/福井麻衣 ※やむを得ぬ事情により、出演者、演目、開演時間等に変更が生じる場合がございます。
※音楽は一部を除き、特別録音による音源を使用します。
Text:Reiko Nakamura