アメリカ映画界きっての曲者監督、デヴィッド・O・ラッセルの個性爆発!『アムステルダム』
デヴィッド・O・ラッセル監督がクリスチャン・ベール、マーゴット・ロビー、ジョン・デヴィッド・ワシントンら豪華キャストで贈る愛と友情のクライム・ストーリー、映画『アムステルダム』。世界の歴史を変えた衝撃的な陰謀の裏側を描いた“ほぼ実話”。1930年代のNY、かつてアムステルダムで出会った3人の友人たちがある殺人事件の容疑者となり、思いがけず全世界に渦巻く巨大な陰謀へと巻き込まれていくことに……。本年度アカデミー賞有力候補作。※記事内に物語の核心に触れる部分がございます。映画を観ていない方はご注意ください
クリスチャン・ベールから、ロバート・デ・ニーロやテイラー・スウィフトまで──。
多彩なオールスター・キャストで贈る狂騒の風刺ポリティカル・コメディ!
現在のアメリカを代表する人気監督たちの中で、最も“曲者”の呼び名がふさわしいのが鬼才デヴィッド・O・ラッセル(1958年生まれ)だ。湾岸戦争への痛烈な風刺をぶっこんだ冒険コメディの傑作『スリー・キングス』(1999年)で大きく注目され、『ザ・ファイター』(2010年)、『世界にひとつのプレイブック』(2012年)、『アメリカン・ハッスル』(2013年)では賞レースの有力作として、アカデミー賞を大いに賑わせた(三作合わせて受賞は3つながら、ノミネートは計25部門)。彼は歴史の裏側や異端の事象を、あくまで個的な視座から解体的に捉え直し、時にシニカル、時にコミカル、時にエキセトリックな濃厚さを湛えながら、人間への慈愛に満ちた眼差しと、クセの強い独特のストーリーテリングで我々を魅了する。
そんなデヴィッド・O・ラッセル監督の最新作『アムステルダム』は、まさに“彼らしさ”満載の一本。『ジョイ』(2015年)から7年ぶりとなる待望の監督作に、多彩な超豪華キャストが集結。「ほぼ実話」という体裁で、有名な史実とフィクションを継ぎ目なくブレンドする手際が今回も冴えている。
主人公は三名の男女。物語の時代設定のメインは1933年のニューヨークだが、まずは第一次世界大戦中の1918年にさかのぼる。
フランスに駐屯していたバート(クリスチャン・ベール)は、アフリカ系米国兵のハロルド(ジョン・デヴィッド・ワシントン)と出会い、仲良くなる。やがて戦闘で重症を負った二人は、風変わりな従軍看護士のヴァレリー(マーゴット・ロビー)に命を救われることに。すぐに意気投合し、固い友情で結ばれた三人は、「どんなことがあってもお互いを守り合う」と誓い、オランダのアムステルダムに移住して共同生活を始めた。血生臭い爆弾や銃弾の破片から個性的なアート作品を生み出す感性豊かなヴァレリーは、やがてハロルドと愛し合うようになる。だがやがて、バートはアメリカに残した妻のもとに戻り、ヴァレリーも突然姿を消した。
時は流れて15年後──すなわち1933年のNY。バートは退役軍人向けの医師として、ハロルドは弁護士として、困った人々を助けるという美徳に日々励んでいた。そんな中、バートはハロルドから呼び出され、謎の死を遂げた高名なミーキンズ将軍の遺体の検死をすることになる。依頼主は将軍の娘リズ(テイラー・スウィフト)。解剖の結果、将軍の胃から大量の毒が発見された。だが検死の結果を聞いたばかりのリズが、殺し屋に押されて交通事故で死亡。運の悪いことにバートとハロルドは殺人容疑の濡れ衣を着せられ、その誤解を晴らそうと事件の真相を追ううちに、やがてヴァレリーと再会するのだが──。
この主人公三人が巻き込まれていくのは、世界の流れを決定的に変えることになる巨大な陰謀だ。実際の歴史を背景にしたポリティカル・サスペンスなのだが、それを狂騒的なドタバタコメディのように描くのがデヴィッド・O・ラッセル節である。
主演のトリオは、まず医師バート役に『ザ・ファイター』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したクリスチャン・べール。『アメリカン・ハッスル』も含めて、ラッセル監督とは今回で三度目のタッグとなる。自由奔放なヒロインのヴァレリー役には、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年/監督:クレイグ・ガレスピー)と『スキャンダル』(2019年/監督:ジェイ・ローチ)で2度アカデミー賞にノミネートされたマーゴット・ロビー。そして弁護士ハロルド役には、『ブラック・クランズマン』(2018年/監督:スパイク・リー)や『TENET テネット』(2020年/監督:クリストファー・ノーラン)の主演で知られるジョン・デヴィッド・ワシントン。
またご存じ、世界的な名優のロバート・デ・ニーロ、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年/監督:ブライアン・シンガー)のラミ・マレック、『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年/監督:エドガー・ライト)のアニャ・テイラー=ジョイらが、歴史的陰謀のカギを握る人物たちを軽妙に演じて魅せる。さらにカリスマ的人気シンガーのテイラー・スウィフトをはじめ、ゾーイ・サルダナ、クリス・ロック、マイク・マイヤーズ、マイケル・シャノンなど、オールスター・キャストが鮮やかなアンサンブルを繰り広げる。
撮影監督にはエマニュエル・ルベツキ。『ゼロ・グラビティ』(2013年/監督:アルフォンソ・キュアロン)、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年/監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)、『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年/監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)で史上唯一となる3年連続アカデミー撮影賞受賞に輝いた当代きっての名手が、デヴィッド・O・ラッセル監督との初タッグで素晴らしいカメラワークを披露する。
さて、最後に本作のストーリーに組み込まれた「巨大な陰謀」の史実の背景について少し説明しよう。キーパーソンとなるのは、劇中で毒殺されたミーキンズ将軍の友人で、高名な軍人であるギル将軍。ロバート・デ・ニーロ演じるギルのモデルは、実在した米海兵隊のスメドリー・バトラー少将(1881年生~1940年没)である。
バトラー少将は1898年から1931年まで長年海兵隊に身を置き、二度も叙勲を受けた「英雄」。ところがバトラーは、退役後に“War is a Racket(戦争はいかがわしい商売だ)”という文章を発表。自身の従軍体験から、戦争によって資本家が軍を利用する形でカネのために侵略を繰り返し、そのたびに兵隊たちが血を流してきたという内情を暴露。戦争がいかに資本家にとって儲かる商売か、ということを激烈に批判したのである。
そして1933年、バトラー少将は議会の委員会で、アメリカの支配層──ウォール街を牛耳る大物資本家たちが、当時就任したばかりのフランクリン・ルーズベルト大統領を打倒するための軍事クーデターを計画していることを告発したのだ。それはルーズベルトの推進するニューディール政策(世界恐慌を克服して民衆を救うための経済政策)が、巨大資本の利権を妨害するものであったから。
もちろんこれは過ぎ去った過去の問題で済むわけではなく、ごく少数の権力層が自らの利権のために国民の命や生活を犠牲にする――そういった幾度も繰り返される戦争を生み出す構造の顕われであり、巨悪への本質的なカウンターパンチだ。こういった鋭利な批判精神を毒のある笑いに込めるのも、デヴィッド・O・ラッセル監督ならではのエンタテインメント流儀なのである。
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito