アルバムではなくミックステープ。FKAツイッグスの新作『CAPRISONGS』
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、FKAツイッグスの『CAPRISONGS』をレビュー。
FKAツイッグスの素が垣間見える、ロックダウンが生み出した「ホーム・パーティー的」ミックステープ
UKのトラックメイカー / シンガー、FKAツイッグスが約2年ぶりとなる新作をリリースした。今作『CAPRISONGS』は、アルバムではなくミックステープという位置付けの作品。つまり、いい意味で「番外編」のような作品だ。寡作かつ完璧主義的な彼女にとって(2014年のアルバム・デビューから正式なアルバムは2枚しか出していない)、ここまで気楽でアッパーな作品は初めてと言っていいかもしれない。
そもそも約2年前の前作のアルバム『MAGDALENE』(2019年)は、ボロボロになった心身を赤裸々に表出しながら、そんな自らを鼓舞しどん底から這い上がっていく生命の「凄み」のようなものに満ちた作品だったが、やはりおそらく彼女自身、そんな自らをより優しく癒す時間を必要としていたに違いない。約2年前、それはまさにちょうどパンデミックが到来する直前だったわけだが、前作のリリース後、彼女にロックダウンの期間がもたらされなければ、こうした軽やかな作品が生まれることはなかっただろう。
ロックダウン中に制作を始めたという今作だが、これまでの中でも最も多くのコラボレーターが参加した作品にもなっており、そのほとんどのコラボレーターとはFaceTimeで全ての作業を行ったのだというのだから驚きだ(キャリア初期のプロデューサーであったアルカのカムバックも嬉しい)。これまでの作品ではプロデューサーやコラボレーターからバックアップを受けていたとはいえ、彼女の作り出す完璧な世界観自体は常に揺るぎないものだったように感じるのだが、今作では曲ごとにこうしたコラボレーターの歌声やラップを長尺でしっかりと聴かせ、そしてその個々の音楽性もきちんと活かされたトラックが、いい意味で統一感なく並んでいるのが印象的だ。
彼女らしい、ダークな生々しさを感じさせる鞭を打つようなサウンド・メイクは相変わらずだが、ナイジェリア出身のremaとの「jealousy」や同じくナイジェリアにルーツを持つpa salieuとの「honda」では、そのナイジェリアを主流とするアフロ・ビーツが展開されていたり、shygirlとの「papi bones」ではダンスホール・レゲエ・チューンを投下したりと、アフロ・キューバンなビートが随所に見られるのも特徴的。また、作品のほぼ全体をプロデュースしたエル・ギンチョはこれまでスペインの歌姫・ロザリアとの仕事で手腕を発揮してきたプロデューサーで、(アフロ・キューバ圏の)ジャマイカとスペインというツイッグス自身のルーツにも接近しているという点でも、今作は“FKAツイッグス”というアイコンとしてではなく、“タリア・バーネット”という本名としての彼女が垣間見える作品にもなっているように思う。
「CAPRISONGS…それは、シンクに落ちたブロンザー、横に置かれたカクテル、チェリー味のキャンディー、(中略)、いつも遅刻するけどパーティーを一番盛り上げてくれる親友、空港での友達との待ち合わせ、ただの一体感。 そして、ロンドン、ハックニー、ロサンゼルス、ニューヨーク、そしてジャマイカなどの私の世界」(※Rolling Stones Japanより)というのは、今作について彼女自身が語っている言葉だが、まさにそのイメージそのままに、カセットをかけるような音から作品が始まって、途中に友人たちとのたわいのない会話が差し込まれるなど、まるで彼女のホームパーティーに招かれたかのようなくつろぎさえ感じられる今作。中盤以降、徐々に曲調がチルアウトしていく様子は、パーティーの後に友達が去って、ちょっとだけ寂しい気分を味わいながらゆっくり後かだづけをしているような気分をも思わせる。
もちろん、ロックダウン中に制作されたのだから、実際に彼女の家でパーティーが行われていたはずもなく、現実にはオンラインでやり取りが行われていたわけだが、友人をプライベートなエリアに招きいれて、自宅というダンス・フロアでラフに踊っているような空気感が今作には流れている。たった一人の夜にも、誰かの気配を感じながら肩の力を抜いて踊り明かしたい、そんな時間にぴったりな作品だ。
Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue