のんがリボンに惹かれる理由
俳優、創作あーちすととして、ボーダーレスな活躍を見せる、のん。昨年『Numéro TOKYO』のアート企画に参加して以来、リボンをモチーフにした 作品を制作し続けているといい、劇場公開長編作品として初めて、脚本と監督、主演を務めた映画にも『Ribbon』と名付けた。彼女にとってリボンはどのような存在なのか聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年11月号掲載)
凶暴なものとリボンがぶつかる時、パワーが生まれる
──小誌のアート企画で、リボンをたくさんつけた少女を描いた作品を発表し、その後もリボンを使ったアート作品をつくられているそうですが、のんさんがリボンで表現する理由は何ですか。
「怖いもの、嫌なものをリボンで表現するとかわいくなるのがいいですね。凶暴なものとリボンがぶつかった時にパワーが生まれる気がしています」
──凶暴な感情、怒りが創作の原動力になっている?
「そうですね。だいたい怒っている時に創作意欲が湧きます。ただ、怒りがそのままダークな表現になるというよりは、リボンを使うことで明るく表現されるのがすごく好きです」
──のんさんは、あるインタビューで〝怒り〞がお気に入りの感情だと答えていました。
「はい。自分は結構おこりんぼでダークな怒りを抱えることもあるんですけど、明るくて楽しい怒りもあると思っていてそういう怒りがものをつくるパワーになる。衝動のままに飛び込む時は怒りが手っ取り早いです」
──さまざまなジャンルで表現活動をされていますが長編映画を作ろうと思ったきっかけは何でしょうか。
「昨年3月に新型コロナウイルスの感染が拡大し始めて、自分が企画していた音楽フェスを中止する決断をしました。自分が決めたことではありましたが、ものすごくショックで。仕事が休みになり、自粛期間中ずっと家にいると『自分がやれることをやらなくては』と思うようになり、映画をつくろうと思い立ちました」
──主人公を美大生にした理由は?
「高校を卒業したら美大に行きたいという憧れがあったので、映画の中でその人生を歩んでみようと思いました。ある記事で卒業制作展の中止が決まった美大生のインタビューがあり、『1年かけて作ったものがゴミのように思えてしまった』と。自分がフェスを辞めざるを得なかった気持ちともすごくリンクして『これを書かなくては』と強く思いました。昨年夏頃に『見のがし卒展』という企画をやっていることを知り、そこで先生や学生と直接話を聞かせてもらう機会がありました。彼らにとって卒展は自分の知識と技術を注ぎ混んだ集大成であり、多くの人に作品を見てもらえるチャンスでもある。もしかしたら、そこで自分の将来を変える出会いもあったかもしれない。デザイン科の学生の中には人に見てもらう機会がないまま、泣きながら自分の模型を壊した人もいたという話を聞いて、どれほど悔しかったか、悲しかったか。ここにもコロナの苦しみがあるんだと痛感しました。そして、それは生徒だけでなく、先生も同じで。さっきまでにこやかに話していたのに卒展の話になると急に言葉を詰まらせてしまった先生もいて、ものをつくることへの思いの深さを切に感じました」
怒りも悲しみも否定せず、抱えたまま前を向きたい
──映画『Ribbon』には主人公が描く絵、纏う服などさまざまな場面でリボンが登場しますね。
「『Numero TOKYO』で絵を描いた後、リボンを纏うというイメージが頭の中で浮遊していて。リボンがうじゃうじゃと まっている様子は一見ゴミみたいにも見えるし、鬱屈した感情がギュッと集まっているような不気味さもある。光の加減や照明の当て方によって一瞬、美しく見える、そういうギャップを撮りたいと思いました。この映画はコロナ禍で表現の場を奪われ、自分のやるべきことを 失ってしまう美大生の怒りを出発点にしているけど、その感情を嫌なものとしてだけ撮りたくなかった。怒りをどこにぶつけていいかわからない、それでも前に進むしかない。そういう複雑な想いを抱いているのは、美大生だけではないと思います。だから、そういう人たちの心が少しでも救われるような作品になればと」
──劇中では、カラフルなリボンが動いて主人公の感情を表現するユニークな試みもありました。
「私が頭の中でイメージしているものを映像にするんだったらCGではなく、特撮がいいということになり、『シン・ゴジラ』で監督・特技監督を務めた樋口真嗣監督、准監督・特技総括の尾上克郎監督に協力していただくことになりました。「『ブルース・ブラザース』のラストシーンのような銃を突きつけられているようなリボンの動き」とか『洗濯機の中でぐるぐる回る感じ』とか、さまざまなリボンのイメージを具現化していただいて。水槽の中で撮ったり、再生したり、不思議な動きになっておもしろかったです」
──『Ribbon』の主人公いつかは「未来をこじ開けるのは自分しかいない」と気づき、ある行動を起こします。のんさんも、能年玲奈さんからのんさんへ、創作あーちすととしての活動を始めてから未来をこじ開けた印象があります。
「そうですね。自分で仕事を決め、周りのスタッフと話し合いをしながら、プロジェクトを進めていると、このスタイルが自分には合っているんだと思うようになりました。ただ、何事も突き詰めるタイプなので、あれもこれも気になってしまい、時々周りの人を苦しめてるかもと思うこともありますが(笑)、それでも〝のんと一緒にやってよかった〞と思ってもらえたら嬉しいです」
監督は凄まじい集中力を持った、変な生き物
──脚本家、監督として見た俳優、のんはどういう人ですか?
「いい俳優ですね」
──監督をやって、初めて知る自分の意外な一面はありましたか?
「仕事の時の自分は穏やかなほうだと思ってたんですけど、結構無茶なところもあるみたいで監督として現場にいるとずっと考え事をして頭の中でイメージができていくので、誰かと話していると『なんでわかってくれないの?言わなくてもわかってよ』と歯がゆく思うことがあって、周りのスタッフには『言葉で説明しないとわからないですよ』と言われて、あぁ、そうかと(笑)。ただ、監督を経験したことで、役者の時に余計なことを考えなくなったと思います。以前は、監督の機嫌が悪いのは私の演技が悪いからだろうかと気にしすぎていたんですけど、監督は常に映像のことで頭をフル回転させているから、イライラしているんだろうなと今はそう思えるようになりました」
──『Ribbon』の応援ムービーでは前出の樋口監督が制作し、のんさんが監督役を、沖田修一さん、白石和彌さん、片渕須直さんなど錚々たる監督陣が映画スタッフ役として出演されていましたね。
「リハの時、周りの監督陣がどういう動きをされているのかわからなかったのですが、チェックで映像を見てみたら、結構みなさんしっかり演技していて(笑)。その後、樋口監督が『沖田監督とか白石監督とか、普段役者に余計な演技させない人たちなのに、自分たちはしっかり演技やってたね』とおっしゃってたのが一番おもしろかったです。片渕監督とはこの現場で久しぶりにお会いしたのですが、すごくよそよそしくて。『この世界の片隅に』の舞台挨拶でほぼ毎日会っていたのに(笑)。いざ撮影が始まると、片渕監督はフィルムカメラに夢中になってしまい、私のことはそっちのけで、やっぱり監督って変な人たちばっかりなんだなって。いや、変な人というか、本当に集中力が凄まじいんだなって」
──監督として、のんさんが次に挑戦したいことはありますか。
「初めて監督を務めたYouTubeオリジナル映画『おちをつけなんせ』という作品があるんですが、今だったらもっといろんなことができるなと思っていて、また、撮りたいです」
映画『Ribbon』
1年かけて制作した卒業制作の発表の場をコロナ禍によって奪われてしまった美大生、いつか。緊急事態宣言が発出され、自粛期間中、家で一人過ごしているとさまざまな感情が渦巻き、何も手につかず、家族や親友とも衝突してしまう。表現の場を失った自分は何者なのか。何のために描くのか。もがきながらもなんとか未来に希望を見出そうとする姿を映し出す。のんが監督・脚本・主演を務める劇場公開作品。2022年公開予定。