カワイイを生み出す新世代クリエイター vol.1 見里朝希
いま注目のクリエイターの表現する新たな「カワイイ」とは? 私たちの心を一瞬で鷲掴みにするパワーを秘めた作品の作り手を紹介する。Vol.1はアニメ『PUI PUI モルカー』で老若男女を夢中にさせた見里朝希。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年7・8月号掲載)
中毒者続出! 見里朝希の世界
今年1月に放送が開始されるやいなや、瞬く間に人気作品となった『PUI PUI モルカー』。モルモットが「モルカー」と呼ばれる人格(モル格!?)を持った車となった世界を舞台に、モフモフで真ん丸な彼らがブイブイと鳴きながら縦横無尽に動き回る姿はとにかく愛らしく、子ども向け番組にもかかわらず、夢中になる大人が続出。人間たちの勝手な振る舞いをユーモラスに懲らしめるエピソードが放送された朝は、特にSNS上でファンたちが大盛り上がりし、カワイイ存在を守りたい気持ちは老若男女を問わずあるものだと実感させられた。“カワイイ”に備わる、見る者の心を動かす強大なパワーをあらためて実感させられる作品を生んだのが、いまやストップモーションアニメ界の新鋭として広く名を知られる見里朝希監督。しかし、ネットなどで公開されている過去に制作された彼の作品を見るほどに、表現における“カワイイ”が持つ強大な効力をいかに彼が熟知しているかがわかる。例えば大学院の修了制作として発表された後、国際映画・アニメ祭で数々の賞を獲得した『マイリトルゴート』。グリム童話「オオカミと七匹の子ヤギ」をモチーフにしていると思われる作品だが、作中に登場する母ヤギは子どもたちを守るためにと善悪をのグレーゾーンに属する行動を取っている。しかし、そのカワイイを見た目と捕食される側に属している情報によって、彼女の行動が悪だと言い切るのをためらわされてしまう。
とあるカップルの関係性を描いた『あたしだけをみて』では、男性はモルモットを思わせる謎の小動物を愛玩している。小動物との触れ合いに夢中になるあまりに恋人が怒り出すシーンでは、男性と小動物につい同情してしまうが、物語の終盤では小動物の愛くるしい見た目にミスリードされていたことに気づかされる。最新作の『Candy Caries』では、口内に住みついて好き放題に振る舞う虫歯・カリエスと、彼女に文字通り振り回される少女・ママとのコミカルな攻防が描かれる。虫歯は人体に害をなすものだとわかりきっているはずなのに、擬人化されたカリエスの姿がチャーミングなあまり、なんとか二人に仲良く共生してほしい気持ちが、つい芽生えてしまう——ママのほっぺが虫歯で痛々しく腫れている描写があるにもかかわらずに。
ヒトの脳には目が捉えきれない情報を補完するだけでなく、不要だと判断した視覚情報を透過させる働きがあるという。「見たいと思うものしか見えていない」という脳の動作不良のような状態も、脳が“正しく”働いているからこそ生じるらしい。この脳の働きと同じように、“カワイイ”にも不都合な事柄を観客に捉えにくくしたり、情報を都合よく捻じ曲げられる効力が備わっていることを、見里監督は映像作家として熟知しているのがうかがえる。それどころか作品の中でとっくにさまざまな“カワイイ”を駆使している監督のことだ、もしかしたらまだ広くは知られていない“カワイイ”の働きすら新発見しているかもしれない。これからも監督には思う存分“カワイイ”を駆使しつつ、“カワイイ”に愚かなほどに惑わされやすい私たち観客を、とことん楽しく惑わしていってほしい。
Text : Miki Hayashi