レ・ロマネスクTOBI & 長井短「谷あり人生を愛そう!」
なぜかとっても運が悪い!? モテない、仕事がない…さらには、命の危機にさらされる事件に巻き込まれたり? 人生のどん底を知るユニークでチャーミングな二人が逆境に負けずたくましく生きるために大切にしていることを語ってくれた。( 『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2021年5月号掲載)
いちばんつらかった過去
TOBI「どん底だったのは、大学卒業後のサラリーマン時代。入る会社が次々と倒産する負のスパイラルに陥り、手に職がつかないまま20代が終わる状況に焦ってた。同級生たちは会社でエクセルが上達しているのに(笑)。毎日、職業案内所に通って、このままでは展望がないと気づき、全てリセットしてゼロからスタートするために29歳のときにフランスへ行くことに。すぐパリで銀行強盗に遭い、銃を突きつけられたけど(笑)」
長井短「私は周りから浮いていた高校時代がいちばんさみしかった。卒業後はずっとやりたかった演劇を始めたけれど、それではすぐに食べていけないから、アルバイトをしたくて面接を受けたところ8回も落ちて。運良く
モデルになれたときは、モテて自分に満足できるようになるかもと期待したけど、全くそうはならなかった! 演劇の界隈では『モデルもやってるって、何それ? 舐めてんの?』って感じであたりが強い人も多かったし、かといってモデル仲間にも馴染めなくて」
TOBI「何もかもうまくいかないと、社会に否定された気になるよね。けれど人前に出ることが泣くほど苦手だったのに、一度限りと思って、パリでなぜか立つことになってしまった舞台で歌で想いを伝えることができた。フランスには知っている人がいないから全然恥ずかしくないし、一人で曲と衣装を作って人前で披露することが向いてることがわかったんだよね。不器用で一つしかできることがないけど、極めることで少しずつ認められて、社会に居場所が見つけられたんだと思う。思いの外、世間はビビるほどのものではないし、他人は自分を見ていない(笑)。それがわかって気楽に生きられるようになったよ。
長井短「わかる。『ノンノ』や『セブンティーン』のメジャーなモデルが雑誌を卒業して連続ドラマの女優さんになるパターンはかなりあるけど、私は着方もよくわからない服を着て、ボディペイント状態で撮影しながら、小劇場で演劇をやっている(笑)。ヘンテコだなって思ったけど、たぶんこんなやつ前例がないから“自分がすることは全て正解になる”と思うことにしたの。意外と人は珍しい人が好きだし、実はお得なポジションなのかもしれないって」
暗い過去も受け入れて、自分の糧に
長井短「よく『なんでネガティブな発言をするの?』と聞かれるんだけど、やばい過去や痛い失敗を自分の中に留めておくほうがもっとつらい。人に言われるくらいなら、自分から言ったほうが恥ずかしくないし。誰かに笑ってもらったほうがネタとして成仏できると思う」
TOBI「そうそう。『ひどい目に遭ってかわいそう』って言われるほうが嫌だな。人を『呪』うつもりが漢字を間違えて『祝』っていたというレ・ロマネスクの曲を聴いて『人生に希望を持った』とファンに言われたときは驚いたけど、笑ってもらって救われている部分もあるよね。それに自分を見失っている状態のほうが心地よかったりしない? 目標を達成できないで自信を失い、人を妬むくらいなら、最初から目標を立てないこと」
長井短「いま正しいと思っても、何年か後に思い返したらどう思うかわからないし。過去の躁状態や恋愛の失敗を思い返すと、後悔しそうな経験は早めにして学べたのがよかったかな。つらい恋愛経験は年を取ってからすると精神的に回復するのに時間がかかりそうだから、笑い飛ばせる若いうちに済ませたほうがいいと思った。ほかにもまだ痛い目に遭いそうなことが残っているなら、早めに体験して不幸の芽を摘んでおきたいかも」
TOBI「若いうちにいい思いをすると、それにしがみついてしまうもの。モテなかったから執着がなかったし、引きずるものもなかったよ。その分、みんなができない経験をたくさん積むことができたと思うし。暇な時間があると人と比べて余計なことを考えるから、忙しくしといたほうがいい。買い物とかでいいから。壁をじっと見つめる余計な時間を作らないことだね」
他人との関わり方と孤独について
TOBI「誰もが生まれたときから他人同士で、死ぬときは一人なんだからそんなに仲良くできるわけないでしょう(笑)。気が合わない人とは連絡を取らずに距離をとったほうがいい。友達の数は減るけど、無理してまで人に合わせる必要はないと思う。親ですら何考えているのかわからないのに」
長井短「コロナ禍のこのご時世でわかったことは、人とは離れているから、また会うことができるし、その人を想う時間も生まれるんだよね。誰かを好きになるには、それくらい物理的な距離と一人でいる時間が必要。人を大切に思っていることを態度で示しやすくなってよかったと思う」
TOBI「たまにSNSで『曲は好きだけどTwitterの発言が残念です』とコメントが来たりするんだけど、そのたびに『100%あなたの思いどおりにはできませんよ』って思うんだよね。言葉や想いが簡単に届くようになった一方で、お互い依存し合い、人との距離感に戸惑うことが増えた気がする。もっとそれぞれが独立した個人として関わり合ったほうがいいんじゃないかな」
長井短「暇だったときはインスタグラムで忙しそうに働いているモデルを見て勝手に傷ついていたけど、最近は広告の一つだと思って気にしないようにしてる。友人とのコミュニケーションツールでもあるのに、こちらが受け取り方を考えないといけないなんておかしい話だけど」
自分を好きになることは難しいけど、こんな人が世の中にいてもいい
TOBI「自己肯定感と全能感は違う。何もできない人間だけど、『そんな自分でもいいや』と最近になって思えるようなったかな。いい大学に行って公務員になり道もいいけど、さっさと独自の道へ進め!」って言ってあげたい」
長井短「自分を卑下することでコミュニケーションをとってしまう時期があって。この場をなんとかうまく乗り切るために『私はクズなんです』と言ったほうが楽だったの。無意識に劣っているところを探して、強調して。でも、あらためて持っているものに目を向けると、両親に愛されて健康にここまで成長してこれたことに感謝すべきじゃない!?って目が覚めた。それからは過剰にオドオドしなくなったな。『自分大好き!』とはいかないけど、恵まれていることに気づかずに卑下するのは欲が深すぎる。余裕がある人を見て『それ実家が医者だからできることだろ』って妬んじゃうこともあったけど、自分にも跳ね返ってきた。
TOBI「自ら卑下せずとも、周りが落としてくるトラップもあるよね。合コンとかで「こいつ、本当にダメなやつで」って言われて、こっちが引き立ててやってるのにって思ったり。それで割り勘なんて、分が悪い。なんだよ、それなら金くれよって思う(笑)」
長井短「そういうときは「そんなふうに思っていたの? もう一度、私の目を見て言ってみろ」って真顔で言っちゃう。本当に頭のおかしい人には、誰もかなわないし何も言い返せないから(笑)。
TOBI「狂気で相手を超えていく(笑)。これからの時代は嫌だと思ったことは濁さずに、言葉にして伝えたほうがいいかもね。否定されても『凸凹がある人間のほうが後々伸びていきますから!』とでも言えばいい」
長井短「または『えぇ〜!』って過剰な大きい声を出して、自分を落としてくる相手をドキドキさせたりね(笑)」
Mijika’s History
2010
高校生になり、背が高いことで男性にモテないと悩む。小柄でハムスターのような女子、特に一世を風靡した読者モデルの存在を妬み、恨んでいた。
2012
夢だった演劇活動を始めるも貧乏。食うためにモデルも始める。クラブでモテてイケてる彼氏ができる予定が、現実は違うものに。
2014
「変わっている」と言われ続け、疎外感を感じるように。モデルのオーディションにも落ち続けるが、指名の仕事が定期的に舞い込むようになる。
2017
恋愛ウェブメディア「AM」でコラムを執筆することに。人を妬んでしまう気持ちを俯瞰して言語化するようになったことで、漠然とした自己嫌悪がなくなっていく。(20年にエッセイ集『内緒にしといて』として出版)
2019 俳優の亀島一徳と結婚。周囲に「結婚は意外」と言われ、インスタグラムでは「びっくりさせてごめんちょ」とコメント。TVに夫婦で共演することも。
TOBI’s History
1990年代後半
慶應義塾大学を卒業し、サラリーマン生活を始めるも会社が倒産。転職しては会社がつぶれるを繰り返す。職業案内所に通い、履歴書を書き職を探す日々。
2000
再就職を諦め渡仏。フリーペーパーの編集部でアルバイトを始める。「日本人パフォーマー募集」の広告に応募がなかった責任を問われ、自ら舞台へ。
2009
「レ・ロマネスク」として仏の人気オーディション番組に出演した動画のYouTube再生回数が仏で一位を記録。“フランスで最も有名な日本人”に。
2018
仏で空き巣の犯人と同居したり、大西洋を漂流するなど自らのまれな経験をまとめた著書『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』を出版。話題になる。
2021
『仮面ライダーセイバー』のタッセル役など、テレビや舞台、映画などで活躍の幅を広げる。初の小説『七面鳥 山、父、子、山』を出版。
Photos:Koji Yamada Interview & Text:Aika Kawada Edit:Sayaka Ito