石岡瑛子:美と情熱のデザイナー
「血がデザインできるか、汗がデザインできるか、涙がデザインできるか」──。時代を超えて語られるその才能とヴィジョンに迫る、世界初の大規模な回顧展が東京都現代美術館で開催される。伝説をめぐる証言と、編集家・紫牟田伸子(しむた・のぶこ)の視点から、美と情熱の軌跡をたどる。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年11月号掲載)
証言:私が見た石岡瑛子
それぞれの視点からひも解く、石岡瑛子の才能と素顔
後藤繁雄(ごとう・しげお)
編集者、クリエイティブディレクター
「ニューヨークのアグネス・マーティン展(1992年)の会場で石岡さんを初めて見た。まだ面識はなかったが、静かな佇まいと獣の狩猟の目に魂が持っていかれた。その後、インタビューも何回もさせていただいたし、ロンドンやNY、レニ・リーフェンシュタールの誕生パーティでドイツもご一緒した。ポール・シュレーダー監督の『Mishima』の上映会でも、京都で100の質問に答えてもらった。石岡さんは誰とも群れず、いつも独り。しかし、大切な人とは二人。愛とモラルの人だ。真っ白い何もないNYの私室から空を見て、誰にもできないタイムレスなスケールの仕事をした」
前田美波里(まえだ・びばり)
女優
「資生堂のポスターの撮影は、私が18歳のときのこと。男性陣をものともせず『まったく新しい女性像を撮るんだ!』と挑んでいく、妥協なき姿勢に圧倒されました。その後も、三宅一生さんのファッションショーへのご指名をくださったり、私のレコードのジャケットデザインを手がけていただいたり。石岡さんは、仕事の厳しさと自分の意志を貫く強さを教えてくれた人。なかでも資生堂のポスターは、私が世に出るきっかけとなる道筋を開いてくれた作品であり『あのイメージを役者として超えなければならない』という覚悟を与えてくれた、まさに人生の宝物です」(談)
鋤田正義(すきた・まさよし)
写真家
「石岡さんとの出会いは、パルコの広告用の沢田研二さん撮影の依頼でした。『撮影をお願いできるのはデヴィッド・ボウイを撮った鋤田さんしかいない!』と口説かれました。石岡さんが美術を担当した映画『Mishima』(1985年)では、美術セットのスチール撮影で私も参加しました。石岡さんは仕事にはとことんこだわる方だったので、特に照明の方は大変だったのではないかと思います。私は撮影の期間ずっとスタジオに通ってセットを撮影していましたが、石岡さんが仕事終わりにプレッシャーから解放されて自販機でビールを買って飲んでいたのが印象に残っています」
石岡瑛子:美と情熱のデザイナー
寄稿:紫牟田伸子(編集家)
石岡瑛子という人物を一言で表そうとすることはとても難しい。広告から映画、演劇、サーカス、展覧会、ミュージックビデオまで、ありとあらゆるものを手がけたため、いわゆる「○○デザイナー」という固定的な冠を拒否しているからだ。その仕事の軌跡を見るにつけ、石岡がデザインしようとしたのは、何らかの対象そのものではなく、それぞれの対象の中にある「美のあり方」を最大限のパッションとしてデザインしようとした、というのがふさわしいのではないかと思う。
それは1960〜80年代の広告にも如実に表れている。特にパルコの一連の広告ヴィジュアルは、文化が消費財になったといわれる時代において、強力なパワーで消費者に挑みかかるようなものばかりである。それは消費者だけでなく、ファッション産業を生み出す側に対しても、日和見や忖度といった姿勢を強烈に拒否するものだったといえるだろう。
石岡がディレクションした映画監督・写真家のレニ・リーフェンシュタールの展覧会「ヌバ」(80年)は、レニという一人の女性の強烈な個性とその不屈の精神が石岡の視点と共鳴していたし、マイルス・デイヴィスのジャケット『TUTU』(86年)の激しいまなざしは、石岡がこの世界を見るまなざしでもあっただろう。
石岡はその後、拠点を海外に移し、さらに強烈な美というものへのパッションがこの世の中に存在することを発信し続けた。石岡のなかにある美へのパッションは、日本のデザイン界に収まるには大きすぎたのではないかと夢想する。近代デザインはさまざまなものを削ぎ落としながらメッセージを強くしていく。しかし、このたび東京都現代美術館で開催される展覧会のタイトルともなっている石岡の言葉「血と汗と涙」は、端正さのために削ぎ落とされるものではなく、削ぎ落とした後にも強烈に残っているものでなければならなかった。石岡の表現のパッションは、小洒落(こじゃれ)ていく広告の世界とは必然的に離れていかざるを得なかったのだろう。
だからこそ、その後、演劇や映画、音楽といった、直接的に生身の人の感情や生きざまを増幅させるような仕事へとシフトしていったことも、うなずける気がするのである。
石岡は日本の広告デザインにおける女性デザイナーの草分け的な存在と位置付けられる。しかし、石岡自身はそんな評価を気にしたことなどなかったに違いない。むしろ、自分自身の美に対する信念に基づき、何が大事なものなのかを探ることに力を注ぎ、それを大胆に表現として落とし込む、という作業を貫いただけだろう。そのためにきっとさまざまなものと戦わなくてはならなかったに違いない。しかし、彼女が戦った後には力強い美が息づいている。その痕跡をこの展覧会では堪能したい。
「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」
アートディレクター、デザイナーとして多岐にわたる分野で目覚ましい仕事を残した石岡瑛子の、世界初となる大規模な回顧展。デザインのプロセスを示す膨大な資料や、映画や舞台の壮麗な衣装など、唯一無比の個性と情熱が刻印された仕事の軌跡を総覧する。
会期/11月14日(土)〜2021年2月14日(日)
会場/東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1)
Tel/03-5777 8600(ハローダイヤル)
https://www.mot-art-museum.jp/
Text : Nobuko Shimuta Edit : Keita Fukasawa