ジュリアナ・バーウィック『Healing Is a Miracle』から流れる美しく清らかな時間
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ジュリアナ・バーウィック(Julianna Barwick)の最新作『Healing Is A Miracle』をレビュー。
意味や目的から解放された清らかさがもたらす、真の癒し
「ヒーリングミュージック」と聞くと、癒しという目的のために作られた音楽、という意味でむしろ作為的な印象を受けてしまうのは筆者だけだろうか。アメリカのヴォーカリスト / プロデューサーであるジュリアナ・バーウィックの新しいアルバム『Healing Is a Miracle』は、大胆にもその”ヒーリング”という言葉を標題に掲げた作品だが、世に言うそれとは全くの別物だ。「聴き手を癒してやろう」というような意図的な作者のエゴを感じさせることのない、清らかな時間がこのアルバムからは流れ出している。
たとえるなら、泥の中に咲くハスの花のようなとでも言えばいいだろうか。大きな大聖堂で聴くコーラスのようなジュリアナのヴォーカルは、薄絹を何枚も何枚も重ねたようにどこまでも広がって澄み渡り、聴き手の頭の中を洗い流していくかのよう。とはいえ、今作はなにか特別な意味をもった”歌”のアルバムかというと、そうではない。声を音の素材のように扱い、ヴォーカルにはシンセのサウンドほとんど区別がつかないまでにフィルターをかけたりするのが、彼女のユニークなところだ。その証拠に、歌詞にはあまり深い意味はないようで、例えば「Flowers」という曲なんかはその”Flowers”という言葉を、分解するように繰り返して歌い、最後には言葉というよりも、単なる音としてトラックに溶け込ませている。
また、ストリングスや、スティールパンが桃源郷のような風景を描く作品前半もさることながら、ビートミュージックのようなトラックにそういった”音としてのヴォーカル”を組み合わせていく後半の作風は、今作のリリース元であるロンドンの老舗レーベル《Ninja Tune》らしいクラブ〜エレクトロニック・ミュージックとの親和性も感じさせるミニマルさで、そんな側面もまた心を気持ちよく無にしてくれる。
癒しという効能を無理に与えようとするでもなく、また、言葉に過剰な意味を持たせようともしない今作こそが、聴きながらついその音楽の持つ意味を考えてしまいがちな筆者のような聴き手にとっては、最も癒される作品なのである。雨模様の空のもと、鬱々と考え込む時間が増えているあなたにも、今作から流れるあまりに清らかで美しいからっぽな時間は、心に抜けるような晴れ間をもたらしてくれることだろう。
Julianna Barwick 『Healing Is A Miracle』
2020年07月10日リリース
国内盤(ボーナストラック追加収録 / 解説歌詞対訳冊子封入)
¥2,200(Beat Records / Ninja Tune)
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Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue