松尾貴史が選ぶ今月の映画『一度も撃ってません』
巷で噂の“伝説のヒットマン” とされる市川進(石橋蓮司)。旧友のヤメ検・石田(岸部一徳)や元歌姫・ひかる(桃井かおり)と夜な夜な酒を交わし、情報交換をする。しかし本当の姿は、ただハードボイルド小説を書きたい作家だった……。映画『一度も撃ってません』の見どころを松尾貴史が語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年6月号掲載)
達者な役者たちの名共演
私が20代の頃、四谷の文壇バーで居合わせた作家の長部日出雄さんが、「キッチュ(私)さん、『ダンディズム』って何だかわかる?」と話しかけてこられました。私が戸惑っていると、「それはね、『何かをしないこと』なんだよ」と答えを教えてくれました。一昔前、「ハードボイルド」という生き方が随分と憧れの世界観でした。ことに、大人の男は皆、「自分がしたくてもできない」憧憬が、逆に緊張と緩和の同居となって笑いを引き起こす事態も多かったように思います。
今は亡き、日本冒険小説協会会長だった内藤陳さんが昔コメディアンとして大活躍していた頃の名台詞が、「俺ぁハードボイルドだど!」でした。ハードボイルド作家の方も、そのダンディなイメージの維持を「頑張っている」感が出てしまうと、本人の意向とは逆に、ユーモラスな空気を生んでしまいます。
この『一度も撃ってません』というタイトルが、すでに笑わせようとしているではありませんか。使われている文字はピカレスク的ですが、「一度も撃っていません」でないところがミソなのかなあ、と想像して映画を見ました。
笑わせてくれるところもふんだんにありますが、スリルとサスペンスは充分にいただけます。2週間で撮り上げたとのこと、私の想像ではメインキャスト(石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり)の皆さんが達者すぎて、サクサクと進んでしまったのではないかと思ってしまいます。しかしそれでいて、濃密で、無駄がなく、気迫と緊張感に満ちた映像です。長く同志ではあるけれど、めったに共演しないジャズプレーヤーたちが、たまさか酒場で一緒になってセッションが始まったら、珠玉の名演奏になった。そんな雰囲気を、この一座に感じました。
とにかく、達者も達者、秀逸です。なかなか若い役者には出せない熟生した芳醇さは値打ちものです。桃井かおりさんは、どこまでが台本のセリフなのか判別がつきませんし、大楠道代さんとのコントラストの見事さは立ち上がって拍手したいほどのものでした。
脇の皆さんも豪華(柄本明、佐藤浩市、豊川悦司、妻夫木聡、井上真央、柄本佑、他)です。正直なところ、最後の字幕を見ながら「あれ、豊川悦司さん、出てたっけ?」と思って確認したら、まさかあれ、豊川さんだったのかと驚愕しきりでした。
誰かが夕暮れ時に、地下道で吹いているのかと思わせるような寂し気なトランペットが泣きますが、モノラルで中央のスピーカー単独だそうです。それが、洒脱な阪本順治監督の新しい映像と組み合わさり奥行きを作っています。
観られる状況でしたら、観ないと後悔です。
『一度も撃ってません』
監督/阪本順治
出演/石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、新崎人生、井上真央
7月3日(金)TOHO シネマズ 日比谷、新宿武蔵野館ほか全国ロードショ ー
eiga-ichidomo.com
配給/キノフィルムズ
©︎2019 「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito