オラファー・エリアソン: アートで再考する私たちの未来
光や霧など、自然現象を用いた大規模な作品で知られるオラファー・エリアソン。電気のない人々にソーラーライトを、大都市には溶けゆく氷河の氷を届けるなど、近年の活動が意味するものとは? 日本で10年ぶりの大規模個展に、その意志を問う。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年4月号掲載)
自然と人間の狭間を見つめる
スターアーティストからのメッセージ
未来のために、今を変える。その行動は、いかなる軌跡をたどってきたのか。弊誌に寄せたコメントから、アーティストとしてのヴィジョンをひも解いていく。
光や水、霧など自然界の要素を応用して人間の知覚を揺さぶる大規模なインスタレーションや、環境と社会の関係を問い直すプロジェクトで国際的に高く評価されるアーティスト、オラファー・エリアソン。1967年にデンマークのコペンハーゲンに生まれ、90年代初頭から創作活動を展開してきた。
なかでも2003年にロンドンのテート・モダンで、タービン・ホールの巨大な吹き抜けの空間に人工の太陽と霧を出現させた展覧会「The Weather Project」はその圧倒的な知覚体験で世界的に注目を集めた。08年にはニューヨークのイーストリバーで4つの巨大な人工滝をつくり出すプロジェクトを実現。また、16年にヴェルサイユ宮殿とその庭園で個展を開催し、人工滝や霧の彫刻、光学装置のオブジェなど代表作が展示されたことは記憶に新しい。近年は、アートを介したサステナブルな世界の実現に向けた試みで学際的にも高い評価を得ている。
作品世界の源泉となった
アイスランドの気象と自然
かつてのインタビューでエリアソンは、子どもの時分に父の故郷であるアイスランドに祖父母を訪ね、荒涼とした土地でキャンプをしたことが自身の自然観に強く影響を与えたと語ってくれた。漁船の料理人で芸術家でもあった父は、自然と文化の結びつきや産業による環境破壊について息子に語り聞かせ、時にはともに実験的な作品を制作したそうだ。
「幼い頃、アイスランド特有の気象条件によって、美しい楕円の影をつくる長い夕暮れ時の光に、いつも感銘を受けていました。表現活動を始めてからは休暇でハイキングに行くたびにアイスランドの風景を撮り溜めてきましたね。芸術史のなかで環境と人間の関係性が過小評価されてきたという思いから、水や光、霧といった抽象的なものを使った非物質的な彫刻にずっと興味を持っていました。20年ほど前にアイスランドの氷河を空撮したとき、融解が驚くべき速度で進んでいることを知ったんです。昨年の夏にはアイスランドで歴史上初めて氷河の消滅が記録され、自然現象に関する個人的な関心がにわかに緊急性を帯びてきました」
本展で発表されるその写真作品『溶ける氷河のシリーズ 1999/2019』(2019年)は、地球温暖化の影響による氷河の変化を視覚的に示す。これに先駆けて14年には、グリーンランドの氷河から切り出した数トンもの巨大な氷のブロックをヨーロッパの都市に運び込むプロジェクト『アイス・ウォッチ』を実施。十数個の氷塊がコペンハーゲン、パリ、ロンドンの公共スペースに配置され、通りかかる人たちは数千年前に形づくられた氷に直に触れた。
「溶けていく氷から空気の泡が弾ける音を聴き、古代の酸素を吸い、消失の危機にある自然現象の輝く美しさを感じてもらうことができました。気候変動に取り組む科学者たちは、それが明白な事実であっても、なかなか人々の気持ちを変えられないことに苦慮しています。人々が実際に手で触れることで気候変動の影響を感じ、意識を変え、行動を起こすことを願います」と語る。
90年代から、エリアソンはさまざまな専門領域から熟練したメンバーを集め、強力なチームを形成してきた。建築、デザイン、映像、AR、マネジメント、まかないのシェフに至るまで、その分野は多岐にわたる。
「実のところ、私にできない多くのことをうまくやってくれる人を常に探しているのです。彼らが新しいアイデアと能力で新たな可能性を開いてくれたからこそ、スタジオは有機的に成長してきました」
ベルリンのスタジオ・エリアソンでは、ダイレクトに環境と社会の問題に密着したプロジェクトにも取り組んでいる。彼らが開発した製品『リトルサン』は、電力供給の得られない地域にも届けることのできる簡便で安価な携帯式ソーラーライトだ。
「世界には送電網にアクセスできない10億人以上の人々、危険で汚染されたた高価な化石燃料に依存している多くの人々がいます。現在、国連開発計画の親善大使として、気候変動対策とサステナブルなエネルギー支援の必要性について、幅広く人々を啓発する方法を探っています」
近代の進歩主義が切り捨てた
想像力を喚起するアート
エリアソンは純粋なアート作品の制作を続けると同時に、地球温暖化やエネルギー問題に関する人々の意識改革を喚起した最初のアーティストの一人だ。自然界の水や光といった形のないものを眼前に出現させるその独自の芸術表現は、驚異とともに神秘的な体験を鑑賞者に共有させる。
近年アートシーンで話題を呼ぶ大がかりな没入型・体感型のインスタレーション作品の多くも、その仕掛けや造形の独創性、精度以上に、心身を圧倒する美しさや存在感によって感覚的な刺激をもたらすことで、作家特有の世界観やメッセージを示してきた。
なかでもエリアソンの作品世界は、そのインスピレーションの源泉である自然現象、あるいは古代遺跡や巨大建造物に匹敵するほどの“凄み”をもって、時に精神性さえ湛(たた)えている。しかし彼は自身の表現の先にある未来に向けた示唆的な考察について、人々の情動を煽る壮大で詩的な言葉ではなく、極めて理論的なコメントだけを必要に応える形で端的に、飄々(ひょうひょう)と重ねてきた。
「私にとって、鑑賞者の個々の体験や解釈に対して作品を開いておくことが大事です。観る人が作品を変化させ意味を与えて、それは初めて表現として完成する。いま私たちには、抽象性や不確実性を受け入れることが必要だと思っています。簡単に知り得たり言語化したりできない物事こそ、生産的な経験となるからです。近代の啓蒙主義は宗教や神秘思想を切り捨て、世界に対する合理的で経験主義的なアプローチに固執してきました。進歩は私たちを現在地へと導く一方で、想像力や精神の入り込む余地を奪いました。私はその余地を維持したいのです」
オラファー・エリアソンの芸術活動は、この強靭なロジックと感覚に根差した美学を常に鍛え続けてきた。だからこそ現代美術のコアなオーディエンスにとどまらず、広く世界に開かれ、心ある人々に感銘を与えながら、思考と実践を促すのだ。
「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」
初期作品『ビューティー』をはじめとする代表作から、『リトルサン』が蓄えた太陽の光でドローイングを描く参加型作品『サンライト・グラフィティ』、新技術や素材にまつわるリサーチまで、地球環境問題への働きかけを軸に構成する展覧会。
会期/3月14日(土)〜6月14日(日)
会場/東京都現代美術館
住所/東京都江東区三好4-1-1
Tel/03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間/10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで) 月休(5月4日は開館)
www.mot-art-museum.jp/
※新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、展覧会の開幕が延期となりました。3月14日(土)・15日(日)は休止となります。その他、最新情報については公式サイトをご参照ください。(2020年3月11日更新)
Text : Chie Sumiyoshi Edit : Keita Fukasawa