「Y/Project」のグレン・マーティンスが追求する、多様性時代のファッションとは
構築的なシルエットにアートな着想源、マスキュリン/フェミニンの間を彷徨う折衷スタイルでモードファンを虜にしている「Y/Project(ワイ・プロジェクト)」。2013年に逝去した創業者ヨハン・セルファティの後を引き継ぎ、一躍注目ブランドに押し上げたのが、現クリエイティブ・ディレクターのグレン・マーティンス(Glenn Martens)だ。Y/Projectとはどんなブランドなのか、そして何を目指すのか。彼のクリエイティブの思考に迫った。
──まず、改めてY/Projectのアイデンティティについて教えてください。
「そうだね、僕らのブランドを言葉で表すなら、幅広い解釈を持つ存在だということ。異なるバックグラウンドを持ったさまざまな人々に語りかけ、異なるカルチャーに共鳴し、そしてそこから着るひとりひとりとともに独自のストーリーを紡ぎだす……というふうに。事実、9月に発表した2020年春夏コレクションには52体のルックがあり、52人の異なる女性がランウェイを歩いている。すべて別の個性を持つ女性たちが身に纏っているんだ。加えて、コレクションのみならず僕らのブランドで働く25人のスタッフもまた、一人ひとりが異なるバックグラウンドを持っている。僕はベルギー出身で、チームには日本出身のスタッフもいるし、韓国出身もいる、そのほか中国、アメリカ、オーストラリア、レバノン、ケニア……そう、世界各国の人が働いている。メルティングポットと呼ぶにふさわしいオフィスだね。こうしたブランドの成り立ちそのものでさえ、Y/Projectのアイデンティティを形作っているんだ」
2020年春夏コレクションより
──多様性は、まさに現代を示す代表的なキーワードですね。その解釈はさまざまあると思いますが、服作りのうえでどのように捉えていますか?
「多様性は、僕がこの2019年の世界において最も重要視することであり、クリエイションにおいても向き合い続けていきたいテーマ。ブランドのコアと言い表すのがぴったりだ。多くの人々は、多様性というとまずは社会の在り方についてのイメージを抱くかもしれないけれど、僕はもうひとつ、個人に対しても言えることだと考えている。なぜなら、ひとりの人間の中にあるパーソナリティというものは、実は決してひとつじゃない。そう思わない? 例えば僕の場合、アトリエではデザイナーであり、オフィスではみんなのボス、そしてプライベートに目を移せば、身近な人たちにとっての良き友人であり、彼らの子供たちにとっては良きおじさん。こうした多様なパーソナリティが人の内に外にと存在することに惹かれるんだ。だから、僕らの服は、いろいろな着方ができるようなデザインにしてある。意図してね。そして、“自分は誰?”とか“自分は今どんな気分?”なんて、着ている人に自問自答してもらうことに意義があると僕は思っている。着る人は多様な自分自身を発見して、同時にその人の個性が服に幾通りもの解釈を与えるんだ」
2019年秋冬コレクションより
──毎シーズンのユニークなキャンペーンにも、そうした考えを映し出しているのでしょうか。
「キャンペーンについては、もともとは僕らと繋がりのある人物に登場してもらっていたんだ。僕の祖父母や幼なじみにも出てもらったのが最初の頃で、その後はスタッフ、そして街でモデルになってくれる人を見つけるようになって……、それで今公開している2019年秋冬コレクションのビジュアルに至ったんだよ。今回白羽の矢を立てたのは、Instagramで見つけた7人のアンバサダー。住んでいる国も個性も違う彼らをInstagram上で見つけて、シューティングのためにパリへ呼び寄せた。その中には東京の女の子もいる。キャンペーンビジュアルは彼らが住んでいる都市で撮った普段着の写真と、パリのスタジオでY/Projectの服を着て撮影した写真を組み合わせた形式になっている。こういう構成にすることで、ひとりの人間の中にある多面性にスポットを当てようと試みた」
──19年秋冬は、ビジュアルアーティストのフレデリック・ヘイマンとコラボレートしたアクセサリーのキャンペーンムービーも注目を集めていますね。
「セックスをモチーフにしたジュエリーをもとにフレデリックが作ったのは、カーマスートラ・ロボットのビデオアート。僕にとってもフレデリックにとっても、とても楽しい共同作業だった。彼とは学生時代から友人で、かれこれ20年以上の付き合い。これまでにも何度か一緒にクリエイティブなことをしてきたけれど、オフィシャルな共同作業はこれが初めてで、Y/Projectにとっても初のアーティストコラボレーションとなった」
──コレクション制作について教えてください。どういったプロセスから始まるのでしょうか。
「コレクションは実にいろいろな要素を内包している。素材ならジャージーからデニムまで、そしてスタイルでいうならストリートウエアからテーラリングやクチュール、ランジェリー風のものまで……というふうに、とにかく幅広い構成になっている。こうした多彩な要素のすべてが、Y/Projectというひとつの世界を作っているのさ。デザインについても然りで、たくさんの要素が詰まっている。だけどまず注目するのは、服の構造だね。僕はもともと建築や内装デザインの分野にいたから、構造の面白さに惹かれるんだ。一点一点の服には確固たるデザインコンセプトや哲学が込めてあり、構造にヒネりをプラスするということで着方にバリエーションを持たせている。さらには遊びの感覚を表現するという意図も込めてある。心躍るような気分、ハッピーな気分、豊かさ、……そういうフィーリングを着る人と共有したい。たとえその服が極めてストリート的なデザインの服だとしても、ジョギングに行くような気分ではなく、ファッションがもたらす感覚的な豊かさを楽しんでもらえることが重要なんだ」
──そうした哲学的なコンセプトや、トレンドの流れを追わないスタイルを押し出すと、ファッションを楽しんでもらうことが難しくなるのでは……などと感じるのですが、バランスはどのように取っているのですか?
「今は、目で見ることが消費を促す時代だと実感している。Instagramの画面をスワイプしていくと必ずと言っていいほどビッグなロゴの服が視線を捉えていくし、そういう流れは理解している。でも、そういったブランディングの仕方は、僕らの考えにはないことなんだ。僕らはもっと知的好奇心を刺激するようなスタイルを採っているわけだけれど、それでうまくいっている。ブランドは成長し続けているしね」
──消費者は賢くなっている?
「そう言えるね。もっと言えば、揺り戻しのようなことが起こっているのかもしれない。それはつまり人々が、30ユーロの服にブランドのロゴが付くだけで600ユーロになるというようなことを、ラグジュアリーとは呼べないと気づき始めているということ。そして、多くの人々が本当の価値に目を向けるということに立ち戻って、クラフツマンシップや伝統、技術、アート……そういう作り手の情熱と愛が注ぎ込まれたことに価値があると感じているんじゃないかな。そうした人たちがY/Projectの服を手に取ってくれていることをとてもうれしく思っているよ」
──リアーナのような世界的セレブリティが着用していることも話題になっていますね。
「リアーナが着てくれているなんて、すごく光栄なことだよね。僕らは特別なプロモーションをしていないから、彼女が着ているのは彼女が実際に買ってくれた服なんだ。そして僕にとって最も大事なことは、リアーナが着てくれて、僕のおばあちゃんも着てくれているという事実。パリに行けばY/Projectの服を着た16歳のクラブキッズを目撃することもあるし、僕らを弁護士としてサポートしてくれている50歳の女性だって、Y/Projectの愛用者なんだ。今やLAでも人気を得ていて、日本にも支持してくれるファンがいる……これぞまさに、多様性や人の個性と僕らのクリエイションが溶け合っていることの証だよ。だからこれからも、僕らはものづくりに対する誠実さと好奇心を大事にしながら、自分たちの信念に正直であり続けようと思う。それが、揺るがないポリシーだといえるね」
Interview & Text: Chiharu Masukawa Edit: Yukiko Shinto