燃え殻とラブリが語る “恋する本”
本誌で「そう、生きるしかなかった。」をLiLyと連載中の作家、燃え殻。モデル、タレントとして活躍しながら、アーティスト活動を行うラブリ。言葉を使って表現する二人が考える「恋愛小説を読むこと/書くこと」、そして恋愛とは。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年4月号掲載)
日常の中に恋愛がある小説
——“恋愛小説”はよく読みますか?
ラブリ「恋愛小説として生み出された小説よりも、そうじゃない小説や物語の中に、恋愛の要素を感じることが多いです。ただそれは、自分の状態にも関係していて。気持ちが恋愛に向かっているときに読む小説には、恋愛中のワンシーンを想起したり、気持ちがリンクしたり。小説だけじゃなくて、詩や写真もそうです」
燃え殻「例えば、コーヒーを買いにドトールに行ったとして、好きな人と通っていたことを思い出せば、その瞬間は特別なドトールになるわけですよね。僕も、生活や日常の一部として恋愛が描かれている小説のほうが、豊かな気持ちになります。それから、恋愛中は精神が異常事態に陥りがちですが、そういう極限状態の人が描かれた小説も好きなんです。人って恋をするとこんなふうになるんだ、俺にもそういうところがあるのかもなって。だから、小説は『人間の取扱説明書』の面もありますよね」
ラブリ「燃え殻さんの『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、私の知らない物語が綴られているのに、なぜか昔の彼のことを思い出したり、好きな人に優しくしようと思ったり、自分を投影してしまう作品でした」
燃え殻「実はあの作品、感想が二つに分かれたんです。若い世代や50〜60代など年上の方々は『気持ちがわかる』と言ってくれて、同世代は『女々しいこと言ってるんじゃねえ』となる傾向が(笑)」
ラブリ「私は『主人公の気持ちがわかる』のほう(笑)。小説なのに景色が見えたし、誰かの日記を読んでるような気持ちになりました。私はこれまでずっと詩を書いていたんですけど、去年の誕生日から日記を書き始めたんです。日記をつけてから、1日が立体的になった気がします」
恋愛感情を言葉に変えて
燃え殻「起きてから寝るまでのことを書いたら、それは小説だと誰かが言ってました。ラブリさんのエッセイ『私が私のことを明日少しだけ、好きになれる101のこと』を読んだのですが、みんなが当然だと受け入れることを見過ごさずに、自分が自然なことに思えるまで考え続けて、生活を整えてきた人なんじゃないかと感じました」
ラブリ「見抜かれてる、恥ずかしい!」
燃え殻「『ていねいな暮らし』『友達を大切にしよう』とかのお題目じゃなく、生活をガン見してる。いろんなことを自然にできるまで大変だったんじゃないですか。恋愛でも『ずっと好き』という言葉は簡単に聞こえるけれど、『ずっととは何だろう?』と引っかかってしまいそう」
ラブリ「一つ一つに引っかかり続けてきました。この本は、毎日の中にある心地よさを感じることができたら、自然と生きやすくなるんじゃないかと思って書いたんです。少しだけ今日を整えれば、明日が変わるんじゃないかと思って」
燃え殻「ラブリさんの文章には、宛先があると感じました。「この章はこの人へ」とか、特定の誰かに向けて書いたんじゃないですか?」
ラブリ「鋭い! 昔の彼だったり、応援してくれるファンの子だったり、文章一つ一つが記憶につながっています」
燃え殻「僕は宛先のある文章が好きなんです。熱量があるから、たくさんの人の心に届く気がして。この本もラブレターのようでした。こんなふうに特定の誰かに宛てるつもりで書き続けたら、きっと小説になると思う。ラブリさんはいつか小説を書くんじゃないかという気がしたんですが」
ラブリ「傷が深くなるような別れがあれば、たぶん、書くと思います」
燃え殻「そのときは完全に治りきらない、かさぶたのうちにぜひ書いてください」
ラブリ「言葉にすることで気持ちが落ち着いたりしますか? 私は書くことでその感情を忘れるどころか、今も感情が生きている感じがして」
燃え殻「小説を書く前、編集者に『書くと気持ちが落ち着くよ』と言われたんですが、書き始めたら余計なことをいろいろと思い出しちゃって、書いても気持ちは成仏しませんでした」
ラブリ「いまエッセイを連載しているんですが、形に残すことで、そのときの感情が『ありがとう』と感謝してくれる気がするんです。でも、パッケージングされた後の寂しさもあって。終わっちゃったな、こんな形になる予定じゃなかったんだけどなって」
燃え殻「小説を書くと、タイムスリップするんですよね。でも当時をそのまま再現するんじゃなくて、あのときこうだったらよかったという願望も入るから、現実とは違う歪みが出て、新しい物語になる。だから、ラブリさんもまだ自分では気づいていない感情があって、それが小説を書くことでスピンオフみたいな新しい物語になるかもしれません。恋愛小説は、作者も読者も、実際の体験とそうあってほしかった過去、未来について考えるから、読み終えたとき、目の前の景色がいつもと違って見える。その体験をすることが恋愛小説の面白さだと思いますね」
相手の違いを受け入れること
——燃え殻さんはLiLyさんと小誌で共作小説の連載中です。
燃え殻「LiLyさんと僕は全く異なる人生を歩んできたんですが、そんなLiLyさんが僕の小説に共感してくれたので、どこか共通するところがあるのかもしれないと思ったんです。LiLyさんが書くのは36歳の女性の物語、それに返信する形で僕は18歳の男子高校生が主人公の物語を書いています。今回は共通して映画『バッファロー’66』のモチーフが登場するんですが、属性の違う二人が何かのきっかけでわかり合う物語にしたくて。全部が一緒じゃなくても、尊敬できる一点があれば恋愛になる。好きな人と全部が一緒だとうれしいけど、それは嘘が混じる。違っていても尊敬できるなら、そのほうが頑丈なんじゃないかと」
ラブリ「私も昔は恋人と全てが同じことに憧れていました。でもそれは自分の主観や解釈次第。今はお互いに尊重し合い、違いを楽しむ関係でいたい。少し俯瞰的なのかもしれません」
——そう考えるようになったきっかけは?
ラブリ「信じるところが変わったのかも。どんなに好きでも絶対はない。でもギリギリまで信じたいじゃないですか。だから傷ついちゃうんですけど」
燃え殻「やっぱり小説を書いたほうがいいですよ。楽しみにしています」
燃え殻が選ぶ恋する本
『リンダリンダラバーソウル』
大槻ケンヂ/著(絶版)
筋肉少女帯の大槻ケンヂによる自伝的小説。「コマコという彼女が登場するんですが、大槻さんご本人に会ったときに、二人の恋愛に感動したと伝えたんです。でも『コマコは実在しないんだ。彼女みたいな存在がいたらいいなと思って書いた』と聞いて…二人で泣きました」。
『デッドエンドの思い出』
よしもとばなな/著(文春文庫)
著者本人がこれまで書いた作品の中でいちばん好きで、小説家になってよかったと明言している短編集。「ここには恋と愛、死の全てがあり、それらは区別するのではなく、並列なんだと感じました。ばななさんは過去の自分や他の誰かに宛てて書いたのかもしれないなあ」
『ダルちゃん』
はるな檸檬/著(講談社)
ダルダル星人の姿を隠し、一生懸命OLに「擬態」するダルちゃんを描くコミック。「僕は性別も年齢も職業も違うのに、彼女に共感しました。コマ割など無駄が一切ありません。大事件は起きないけれど、登場人物の全員が傷を抱え、全員の気持ちが理解できる。最後は号泣」
燃え殻の本
『ボクたちは大人になれなかった』
(新潮文庫)
1995年に文通欄で知り合った独特の美意識を持つ彼女と、テレビ業界の末端で働く何者でもないボク。99年に二人が別れるまでの過去の回想とフェイスブックで彼女を見つけた現在をSNSがつなぐ。
ラブリが選ぶ恋する本
『逃避夢/焼け犬』
藤谷文子/著(講談社)
女優であり小説家、エッセイストの藤谷文子が10代の頃に書いた「逃避夢」と「焼け犬」の二篇のノベル集。本人も出演した映画『式日』(2000)の原作でもある。「『今日が私の誕生日なの』。言葉の間から聴こえるのは、絶望の毎日、ほんの少しの希望なんです」
『チバユウスケ詩集 モア・ビート』
チバユウスケ/著(HeHe)
「チバさんの歌詞集ですが、まるで短い小説を読んでるみたいで、日常、背景が見えてきます。私の本は付箋だらけです」。2008年に刊行した詩集『ビート』から7年、2015年までの間に制作された歌詞を自選、コメントした待望の詩集第二弾。スケッチなども収録。
『パラダイス キス』
矢沢あい/著(集英社文庫)
「恋愛でいちばんに思いついたコミック。10代の頃、登場人物のジョージに恋をしていました! 本気だったと思う(笑)」。女子高生の紫(ゆかり)がジョージら服飾科の学生に出会い、ファッションの世界に飛び込んでいく。アニメ化や実写化もされ、海外でも人気の高い作品。
ラブリの本
『私が私のことを明日少しだけ、好きになれる101のこと』
(ミライカナイ)
明日のあなた自身を少しだけ好きになるために、ラブリが贈るメッセージ。「1時間早く起きる」「美味しい果物を一つ買う」「自分のことを自分で抱きしめてあげる」など、読んでいると心が整っていく一冊。
映画と本はいつだって恋するあなたとともに
Photo: Kohey Kanno Hair&Makeup: Rei Fukuoka(Loveli) Interview&Text: Miho Matsuda Edit: Sayaka Ito