映画監督 平栁敦子インタビュー「自分らしく自由に生きるということ」
どんな人生も肯定したい!私たちを勇気づけてくれる十人十色な人生を綴り、共感を呼ぶストーリーテラーたち。寺島しのぶを主演に迎えた監督作『オー・ルーシー!』が話題を呼んだ、平栁敦子。俳優を目指し17歳で単身渡米し、出産を機に映画監督へと歩み出した。彼女が出産後に得た自由とは何か?その心境の変化を語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年11月号掲載)
「身につまされる」物語
若くて美しい女性だけがヒロインではないことを、王子と出会って結婚することだけが物語でないことを私たちは知っている。平栁敦子監督が映画『オー・ルーシー!』で描いた主人公、節子も43歳で独身だ。
「とにかく『節子』という女性のストーリーを伝えたいと思いました。彼女という存在にスポットライトを当ててみたかった。皆さんが節子を通して何か感じたり、共感したりすることができたのであれば、この作品のいちばんの目的が達成できたと思っています」
東京で一人暮らしをする会社員の節子。とにかくその生活は地味である。節子を演じたのは女優、寺島しのぶだ。
「リストで寺島さんの名前を見付けたとき、『彼女だ』と直感で思いました。映画『ヴァイブレータ』(2003年)で観た彼女の演技はとても印象的で、『日本にも彼女のような女優さんがいるのだなあ』と思ったのをとてもよく覚えています。人間の〝弱い部分〞や〝醜い部分〞をさらけ出すことができる数少ない女優さんだと思います」
節子は職場では必要最小限の会話しかせず、単調な業務をこなす日々を送る。自宅マンションはブランド品など、物であふれかえっている。
「映画の中で表現したかったことの一つは、人というのは自分の内面に秘めているものと全く正反対のものを外見では見せようと努力する傾向があるところです。散乱したブランド品は節子の“殻”であり“鎧”みたいなものでしょうか」
映画への感想として「身につまされる」という言葉も多かったとか。現代の女性たちは皆、知らず知らずのうちに鎧を纏い、社会へ出ているのかもしれない。また節子と、若くて可愛い姪の美花(忽那汐里)が対照的に描かれるところも大人の女性たちには「身につまされる」部分だろう。
「美花と節子が対極的位置にいるのは意図的です。それでもコインの表と裏のように、二人はそれほど違う人間ではないと思うんです」
節子は〝恋愛〞という原動力を手に入れ、自分に正直に自由に生きていく決意をするのだ。
出産で「自由」になれた
平栁監督自身の人生にも注目したい。現在サンフランシスコ在住。17歳で単身渡米し、俳優を目指していた。
「アメリカの大学で演劇を学びたいと思っていたので、まず英語を学ぶために、両親に懇願して高校2年生の夏に留学させてもらいました」
その後、映画監督へと転身するのだが、彼女の人生を変えるきっかけとなった出来事とはなんだったのだろうか。
「実はいつかは映画監督になりたいと最初から考えていて、演技の勉強をするのはその過程でもありました。『何かを変えたい』という若気の至りでもあっように思います。当時ハリウッドには日本人の俳優はほとんどおらず、描かれ方もとても一方的、一面的なものでした。『誰もやらないなら私がやらなくては』と。今だと笑ってしまうようなナイーブな正義感ですが、それも若さであり、パワーであり、怒りであり…(笑)。若い頃は、不公平なものへ対する“怒り”が私のメインの原動力だったような気がします。そんな自分を変えたのは“出産”でした。自分が崩れたんですね。戦うのをやめて、もっと自分に正直になろうと」
出産後に大学院の映画学科へ。強い意志なくしては難しい決断に思えるが、出産は障害ではなくむしろ後押しだったということに驚かされる。
「27歳で結婚し、32歳で出産。私にとって出産は、自分の本当に行きたい道へ導いてくれた転機になりました。今でも覚えているのですが、出産して間もない頃にCMか何かのオーディションに呼ばれて行ったんです。まだ子宮が縮んでいなかったので、妊娠時と変わらない大きなお腹に一生懸命さらしを巻いて行きました(笑)。待合室でスタイルの良いモデルさんたちに囲まれながら順番を待っていたのですが、『なーにやってんだろ、私?』と強烈な違和感を感じ、自分を笑っている自分がいました。そんな空回りしている自分に気づかせてくれたのが、赤ちゃんだった娘が私を見る、何のブレもない、真っ直ぐでピュアな視線でした」
彼女のように、自分らしく自由に生きるにはどうしたらよいのだろう。
「自分のことを誰も知らない地に行ったりなどという一時的な手段もありますが、一生旅をしているのは難しいので、やはり自分自身が自分を解放するしかないのでしょうね。それには自分に対する批判的な目を捨てて、少し肩の力を抜いて自分がやりたいと思ったことをやってみてはいかがでしょうか?あとは、同じような価値観を持った仲間を見つける。これは大きいと思います」
自分らしく生きるすべを知っている平栁監督のこれからとは。
「今は海外にいる日本人を主人公に作品を書いています。自分の好きなことを罪悪感なしにやり、99歳まで映画作りを続けることが目標です(笑)」
『オー・ルーシー!』は43歳の独身女性、節子(寺島しのぶ)が英会話教室に通い始めたのをきっかけに自由に生きていくことを決意する再生の物語。日本でも2018年4月に劇場公開された。
Edit&Text:Sayaka Ito