松尾貴史が選ぶ今月の映画『顔たち、ところどころ』
映画監督アニエス・ヴァルダと写真家でアーティストのJR。二人がフランスの田舎町を旅しながら人々と出会い、作品を作り、友情を育んでいく映画『顔たち、ところどころ』。松尾貴史がその見どころを語る。
人生における名言も見つかる愛すべき一本
ただただ素敵、その一言しかありません。この映画を見れば、アートの持つ力の正しい使い方を見せつけられるでしょう。
「芸術とは何か」とは、世界中の実に多くの人たちが考え続けている命題ですが、定義は厳密にできなくとも、その役割を理解するにはとても良いヒントになる映画です。
写真家JRと映画監督アニエス・ヴァルダの、54歳差! 男女デコボコ珍道中を収めた、いわゆるロードムービーであり、ドキュメンタリー作品でもあります。JRはストリートアーティストで、貧困や差別、さまざまなプレッシャーの状況下で生きる人たちを撮影して、それを拡大プリントして、建物の壁などに張るという活動を続けています。
二人は、撮った写真を取り込んで巨大な用紙にプリントする機能を備えたユーモラスなトラックに乗り込み、フランスのあちらこちらの田舎町を巡る旅に出ます。
さまざまな地域のさまざまな職業の人々、時には働いていない人もいますが、彼ら彼女らの顔を撮影して巨大な壁画のように建造物やタンクなど、とにかく広い面積の何かに張り付けてグランドスケールグラフィクスともいえるアートを表現する旅なのです。
被写体となった人たちは、戸惑いながらも協力し、やがて現れる自身の巨大な姿に圧倒され、なぜか大きな勇気を得ていく。不思議な芸術行動です。JRとアニエスの表現衝動が純粋であるがゆえに、多くの人たちが巻き込まれ自然と協力し、そして心の底にあるものを純粋に語り始めるのです。
顔というものは、自己の証明であり、唯一無二の看板であり、その表情で心や情報を伝えるメディアなのです。70億人の人が、同じようなアイテムしか持っていないのに二つとして同じ顔が存在しない、無限の宇宙を有しているのです。これを壁画ほど大きく外に向かって掲示されることで、なぜか生理的に勇気付けられ、元気になるという素晴らしい効果を生んでいきます。
そして、映画好きでなくとも驚く出来事が終盤に待っています。なんとも粋で自由なフランスの文化と気骨を感じざるを得ません。それもどうぞ楽しみになさってください。
作品の中で、アニエスの名言がいくつも出てきますが、私の一番のお気に入りは「偶然こそいつも最良の助監督」というものがあります。これは映画人で頷かない人はいないと思いますが、映画というジャンルにとどまらず、地球上のあらゆる人の人生にもいえることではないでしょうか。
『顔たち、ところどころ』
監督・脚本・ナレーション・出演/アニエス・ヴァルダ、JR
URL/http://www.uplink.co.jp/kaotachi/
2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
© Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016.
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito