孤高の写真家 サラ・ムーンが語る永遠の残響@シャネル銀座
孤高にして伝説の写真家サラ・ムーン。彼女が自ら構成を手がける展覧会が、東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開幕した。それはまさに、白く輝く空間に浮かび上がる、写真という名の深遠なるエコー(残響)――。来日を果たした彼女に、展示への思いと現在の心境を聞いた。
展覧会場に足を踏み入れた瞬間から、観客たちは空間に満ちる“白さ”に身を委ねることになるだろう。そこは、幻想の写真世界を堪能するために用意された異界と言ってもいいかもしれない。
現在、シャネル・ネクサス・ホールで開催されている「D’un jour à l’autre 巡りゆく日々 サラ ムーン写真展」は、国内ではおよそ2年ぶりとなるサラ・ムーンの本格個展。作家本人のセレクトによって構成された展示では、日本初公開の作品と新作を中心に、およそ120点の写真と映像作品を観ることができる。
30年以上にわたって第一線で活躍してきたムーンの作品は、郷愁や幻想、現代のおとぎ話など、さまざまな言葉で表現されてきたが、実際にプリントや映像を目の前にすると、言い尽くすことのできない深遠な魅力に圧倒されるだろう。そこにはどんな作家の思いが隠されているのだろうか? 来日した彼女に、話を聞くことができた。
展示風景(シャネル・ネクサス・ホール)
純白の空間に浮かび上がる幻想の時空
──今回の真っ白い展示空間を、最初にご覧になった時の印象をお教えください。
「シャネル株式会社のリシャール・コラス社長から個展開催のお話をいただいたとき、『すべてお任せします。ただし、日本では発表したことのない作品や新作で構成してほしい』とリクエストされました。つまり『白紙委任します』と。まさにその言葉どおり、展示会場は真っ白い空間となりました。もちろん、これは言葉遊びですが(笑)、展示のプランに関しては日本の制作チームと前もってやりとりをして知っていましたから、不安はありませんでした。でも、こんなに綺麗に実現していただけるとは思っていませんでした」
──今回の展示では映像作品も1点出展されているのは嬉しい驚きでしたが、どちらで撮影されたものなのですか?
「川崎の工場地帯です。工場はここ数年、とても興味を惹かれる被写体の一つです。新作の撮影のために日本を訪れたとき、シャネルのチームからいくつかの場所を教えていただいたのですが、川崎の光景を目にして、こここそ撮影しなければいけない場所だと直感しました」
──とても幻想的な映像で、なおかつクラシカルな雰囲気の音楽が付けられていたので、映像の前でヘッドホンを耳にかけた途端、別世界の風景を見ている気分になりました。
「そう、『Swansong』という曲を付けているのです。音は映像にとって、とても重要な要素。音楽こそが、その世界観を決定付けると言ってもいいくらい。それが写真とは大きく異なる部分でもありますね」
──工場とともに、港も今回の展示作品で多く見られたモチーフでしたね?
「旅客が行き来するような観光用の港ではなく、貨物を扱うような港にとても惹かれます。港には、どこか時空を超越したようなところがあるように感じるから」
『Dunkerque I』 © Sarah Moon
『La main gelée, 2000』 © Sarah Moon
世界のエコー(反響)を感じるということ
──今回の展覧会の資料には「私が写真に表現できるのは、対象が何であれ、それを見るという経験を通して自分が感じるエコー(こだま)だけなのです。だから実際の現実とは違っています」というサラさんの言葉が紹介されていました。被写体からエコーを感じるとは、どのような体験なのでしょうか?
「まずエコーとは、世界と私との間に起こる反響のことを意味しています。そして、いろいろなエコーがある。このことに関して質問されると、私はいつもアンリ・カルティエ=ブレッソンの言葉を引用するんです。君が写真を撮るのではなく、写真が君を選ぶんだ。ものを見たときに、反響するものとしないものがある。しないものを撮ってもしょうがない。だから、反響するものを撮りなさい、と」(※1)
──そのエコーは誰にでも感じられるものなのでしょうか?
「ええ、もちろん、誰にでも感じられるものです。何かに惹かれるというのは、エコーを感じているからだと言えるのではないでしょうか? そしてその対象を写真に撮ってもいいし、考えるきっかけにしてもいい。エコーは、写真家だけが感じるものではないと思います」
『Baigneuse II』 © Sarah Moon
──今回の展示では、水着姿の女性たちを写した『泳ぐ人』のシリーズも出展されていました。このシリーズには、何かテーマはあるのでしょうか?
「フランス語に“マヌカン”という言葉があるのをご存知でしょう? この言葉は、洋服を着てみせる生身のモデルを意味しますが、もう一つ、ディスプレイに使う人形(マネキン)の意味もあるのです。そこで、両方の意味を混ぜようと思ったのです。そして、撮影では両方を撮ってみました」
──まるで日本の和歌や俳句の発想に似ていますね。掛詞(かけことば)と言って、一つの言葉に二つ以上の意味を持たせる表現の方法があるのです。
「私は俳句にとても興味があるのですが、写真は俳句みたいなものだと思っています」
『Adrienne sous la neige』 © Sarah Moon
写真という名の、一期一会の永遠
──今回の展示でも、鳥が象徴的な役割を果たしていました。鳥に託している思いや意味などはありますか?
「自由です。常に興味を持ち続けてきたものです」
──サラさんのポートレートやファッション写真では、女性を美しく、しかも神秘的に撮られていますが、何か秘訣はあるのでしょうか?
「撮影は被写体との共同作業です。自分も若いときにモデルの仕事を経験していますし、やはり若い女性を撮るときには彼女たちと共有するものがある。いい写真を撮る秘訣は、彼女たちと共犯関係を結ぶことだと思います」
『Femme voilée』 © Sarah Moon
──展覧会のタイトルでも時の流れを表す言葉が使われていますが、“時間”は一貫して重要なテーマであり続けてきましたね?
「写真は二度と出会うことはできない、その時のその一瞬を切り取り、とどめることのできるもの。瞬間や時間を問題にした表現です。だから必然的に“時”は私にとってとても大切なものであり続けてきました。そういえば、昨日『一期一会』という言葉を教えていただいたんです。この言葉を、ここで紙に書いていただけませんか?」
──(紙に書きながら)日本では、子どもたちが書道の練習でも書くくらい、メジャーで大切な言葉なんですよ。
「(文字を見ながら)この2番目の字が、難しいですね。でも、これは自分で書けるようになりたいので、後でじっくり練習します」
──最後に、読者の方々へのメッセージをお願いします。
「とにかく、ご自身が感じるままに、私の作品を見ていただきたいと思います。そこで、作品との間に何かコミュニケーションがあることを願っています」
展示風景(シャネル・ネクサス・ホール)
(※1)アンリ・カルティエ=ブレッソンの言葉
……サラ・ムーンは写真の美学を示した作品集『決定的瞬間』で知られる写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリー映画を1995年に撮影しているが、そのブレッソンは撮影者と世界との関係についこんな風に語っている。
「命あるからこそ、私たちは自身の内面を発見すると同時に、私たちをとりまく外の世界を見いだす。世界は私たちを形成するが、私たちも世界に働きかけることができる。内と外、そのふたつの世界の間には均衡がなければならない。絶えず会話をかさねることでふたつはひとつの世界になる。そして、そのひとつになった世界こそ私たちが伝えるべきものなのだ。」
アンリ・カルティエ=ブレッソン著、堀内花子訳『こころの眼―写真をめぐるエセー』(岩波書店/2007年)より
「D’un jour à l’autre 巡りゆく日々 サラ ムーン写真展」
会期/開催中〜5月4日(金)
会場/シャネル・ネクサス・ホール
住所/東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
開館時間/12:00〜19:30
休館日/なし
入場料/無料
URL/chanelnexushall.jp/program/2018/dun-jour-a-lautre/
シャネル銀座ビルディング 特別企画
本展を記念して会期中の一部期間、サラ・ムーンとシャネル ファイン ジュエリーのコラボレーション作品を、シャネル銀座ブティックおよびベージュ アラン・デュカス 東京にて特別展示する。
Interview & Text:Akiko Tomita Edit : Keita Fukasawa