無類の映画人、斎藤工のヴィジョン「カッコつける自分をつぶしていく」
俳優として映画、ドラマと活躍する一方で、映像製作、監督とマルチな才能を発揮する、クリエイター斎藤工。映画『blank13』では、初の長編監督に挑み、独自の世界観を見事に描き出した。彼にとって観る、演る、撮る、全てがつながっている。そんな類いまれな映画人・斎藤工にインタビュー。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年4月号掲載)
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押しも押されもせぬ人気俳優でありながら、お笑い、写真家、映像製作など、自由に表現の幅を広げている斎藤工。映像監督として2012年にショートムービーでデビューしてから着実にキャリアを積み、7本目の『blank13』で初めて長編映画に挑戦。いったい彼はどこに向かっているのか、今の心境を聞いた。
生前葬で棺に入って考えた
──『blank13』はしんみりした話なのか、お笑いなのか、予想外の展開の連続で、泣き笑える70分でした。
「ありがとうございます。大まかな設定はありますが、基本的には台本の冒頭に「台詞は覚えてこなくて結構です」と但し書きをして、流動的に撮りますと告知しました。フィクションを撮るというよりは、いかに予想できない化学反応を起こすかという実験ですね。もともとは40分程度のコント企画だったのが、主演は俳優の方にお願いしたいとなり、海外の映画祭も視野に入れて、長編映画になったんです。放送作家のはしもとこうじさんの実話で、ご本人がお父さんのお葬式の話をしんみりではなく、奇妙で面白いことが起きたと話してくださったのが発端でした」
──斎藤さんは葬儀に関して、人生の最期こんな送り出し方をしてほしいという希望はありますか。
「ちょうどこの映画を撮った一昨年頃に僕のファンクラブのイベントで生前葬を模した企画をしたんです。本当に死んだと思わせたくて、会場に今朝死にましたと棺を置いて。ノリではなく本気でやろうと思って、僕は棺に入って待つ間、いろいろ考えました。参加者は僕が棺の中にいることを知らないので、世間話や僕に対する本音、良いことも普段は表に出さないことも聞こえてきて。一回、自分がいないという現実を味わったので、もう葬儀はあげなくていいかな」
──もしかして、独特の死生観を持っているとか?
「この映画の準備のために、葬儀場によく行き、火葬場の方たちともお話ししたので、余計に体験したかったんです。阪本順治監督のご実家が葬儀屋さんで、小さい頃から手伝いで火葬場によく行き、そこで人は物体になり、亡骸はあれど魂はないと子どもながらに悟ったとか。その経験から監督は映画『団地』を作り、僕も出演させていただきました。その時、人は死ぬと意識したほうが、生が際立つ気がしたし、そのほうが得。気を抜くと、永遠に生が続く気がしますから。時間は進み、死に向かっていると意識することで、1日を無駄にしないで済む。高橋一生さんも直前にご親族を亡くされ、スタッフも何らかの冠婚葬祭に関わっているから、それぞれの葬儀場での奇妙な〝あるある〞を持ち寄った形です」
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高橋一生色に染めたかった
──高橋一生さんを主役にキャスティングなさった理由は?
「僕と原作者のはしもとさんの第一希望が一生さんでした。彼は分解できない魅力、質感を持っている。実年齢では20代前半の役ですが、高橋さんの存在はあれ?と思わせない。僕にとって映画は無形な力の集合体。これを明確に描くデッサンみたいな映画もありますが、どちらかというと行間を生かした偶発的なものが僕の中で映画だと思っていて。一生さんは年齢性別などを超えているイメージがあり、どんな設定でも成立させられる。映画を一生さん色に染めたかったし、実際、一生さんがいろんなアイデアをくださいました。最初の台本には葬儀の後、コウジは泣くとありましたが、一生さんは実際の葬儀で泣けなかった、悲しい時に泣くわけじゃないと教えてくださって、本当にそうだなぁと。それなら、一生さんがその時に感じた表情をそのまま撮ろうと思いました。テストをほとんどせず、その時の役者さんの生きた時間を撮ることで、作品自体が生っぽいものになった。一生さんがそこまで寄り添ってくださったのは大きいです」
──エンディングは、お母さんの表情が印象的でした。
「最後の曲と情景だけは最初から決めていました。お母さんがお父さんの13年間をどう捉えたのか、僕なりに想像して表現したかったから。流れる笹川美和さんの曲もキャスティングより前に決めて、始まったんです。ロケハン先で実際にその曲を流し、いろんな角度から見て、曲に合う場所を選びました。ラストシーンを決めた上で、葬儀シーンでどれだけコメディに寄れるのかは挑戦でした。不謹慎に捉えられる恐れもあったので。葬儀に出席した人に故人との思い出を語ってもらうくだりは佐藤二朗さんに自由に回してもらいましたが、全員に合いの手を入れたから、2/3ぐらい削ることに。撮影は1週間でしたが、どれだけ脱線しながら、目指すラストにたどり着けるかを何通りもトライしていたら、編集に半年もかかってしまいました」
──個性あふれるキャスト陣が、またいい味を出していますね。
「芸人さんには空間支配力が備わっていて、一瞬を掴み、緩和する術を知っているから強いです。またお葬式シーンではChim↑Pomの岡田(将孝)くんを、「ただいてくれ」と呼んだんです。いつも同じ帽子をかぶり、存在感がめちゃくちゃある面白さ。本当は台詞は一切なかったんですけど、二朗さんが彼に振り出して、意外な展開に。そういった化学反応が最高でした」
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次はホラーで、世界に挑む
──評価の高い『blank13』の次はどんな映画を作られるのか、興味津々です。
「シンガポールの映画監督エリック・クーさんが『blank13』を気に入ってくださったことから、アメリカの放送局HBOアジアのホラーオムニバスの1本を作ることに。アジア6カ国の監督が各国1本ずつ45分程度の映像を作るのですが、他の監督は皆さん三大映画祭の常連というプレッシャー。とにかく半日で脚本家と畳にまつわるホラーのプロットを、1日で企画書を作りました」
──アイデアは常にためてあるのですか。
「はい。企画は自分の中に用意しています。ただホラーという切り口は全くなくて、でもホラーを生業としていない僕に話が来たことが面白い。僕が映画作りをする現場には、長編映画をちゃんと作ったことがある人がほぼいないんです。『blank13』のプロデューサーは、バラエティー番組の制作会社の方だし、音楽の金子ノブアキもそう。編集は僕の同級生。映画の作り方のノウハウを知らない人ばかりで、仕上げが感覚的なんです。しかもプロデューサー、音楽、編集、音響、僕がみんな同い年で、90年代のカルチャーをどう受けてきたかでどこかつながっている仲間。このメンバーだからこそ実験的な企画に振り切れた。次の作品もこうしたオリジナリティを生かさないと、独自のものにはならない。だから、あえてホラーの人は入れずに、海外とどう戦えるかに挑もうと」
──俳優、映画監督、バラエティーなどさまざまなジャンルで自由に泳いでいらっしゃいますが、俳優業とのバランスは?
「監督をしたから何かが変わるではないです。不安もあります。実際、助監督がなかなか映画を撮れない時代に飛び級的にモノを作ることは良しとされないだろうし、俳優がおしゃれ雰囲気映画、モテたいと映画を撮ったと舐められるだろうなと。その色眼鏡を意識することは、逆にエネルギーになるんです。俳優としての現場があるだけでもありがたい状況ですし、いろんな監督の現場の作り方を見られる立場でもある。製作部さんのお弁当のタイミングとか、ロケ先の役者のサイン一枚でどれだけ場所を提供していただけるかも知りました。今までは疲れている時に山積みのサイン用紙が来て、うーんと思ったりしたけど、その意味の大きさがわかったというか」
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芸人特有の瞬発力や筋肉を鍛えたい
──監督にシフトしていくわけではない?
「僕は俳優をニュートラルな職業だと思っています。『俳優を引退します』と宣言しなくてもいい仕事。もちろん俳優一本でやっていく素晴らしい方がたくさんいらっしゃいますが、僕にとって俳優は自分の経験を広げる仕事でもある。いま取り組んでいるお笑いのフィールドは、俳優から遠いものではないんです。実はお笑いを始めたのも映像を撮りだしてから。このままだと自分はおしゃれなクリエイターに見られてしまう。今日みたいに素敵なポートレートを撮ってもらう自分が常になる。どこかでそれを望みつつ、同時に真逆の自分もいて。僕の映像にはよく芸人さんが出演するのですが、芸人さんの瞬発力や彼らにしかつかない筋肉を僕も鍛えたい」
──芸人を目指すというドキュメンタリードラマ『MASKMEN』では、野性爆弾のくっきーさんにプロデュースされ、お笑いに挑戦されてますしね。
「はい。覆面して渋谷センター街に立ってネタも披露してました。あの残酷なまでに人が注目してくれない状況。お笑い芸人さんたちはそこから、這い上がってきている。用意してきたネタをしっかりやりつつ、その場にいる人々のニーズを一瞬で察知し、自分を捨ててバカになれる。俳優が抽象的で正解のない仕事であるのに対し、お笑いはスポーツに近いです。笑いを取るという明確な目的があり、結果も出る。そのフィールドで戦っている人たちには到底かなわないわけです。なので、今、その体験をしている最中。この間もR1の予選に出ましたが、審査員の中にはスマホをいじっているような人もいて、まともに見てくれないし、笑いも起こらない。第一、R1の予選に出た映画監督はかつていないでしょう?小津安二郎さんもこのアングルを絶対に見ていないはず(笑)」
──これだけの人気を得ても、俳優としての地位に甘んじない、と。
「蓄積の先で何か作ることを信用しすぎるのも違うなと。いま僕は36歳ですが、40代、50代と進む上で、このままだと将来が狭くなるように感じて。先を広げるためには、もっと恥をかかないとダメ。カッコつける自分をつぶしていかないと。実は映画を観る側の視点では、役者の自分が全く好みじゃないんです。高品格さんみたいにアクの強い役者さんが大好きで、自分みたいなタイプは使いたくない。『blank13』は出演したけど、撮影5日前に決まっていた役者さんが欠番になってしまって急遽入ったのが実情。例えば自分の状態をスコーンだとするじゃないですか。スコーンの心情としてはメープルシロップを塗るのが当たり前だけど、僕の視点では火鍋に入れてみるのが自分らしさ。どこかコントローラーが付いていて、自分をプレイさせている感覚です。R1の予選に出る直前も、なんてことを選んだんだ!俺は!って、心境は地獄でした。全部自分が選んだのに。長い目で見たらすごく貴重な経験になるとわかってはいても、いざ目の前になると臆病にもなる。ただ、今の自分の感覚を優先しすぎると、今が続く未来にしかならない。すごく俯瞰から、客観的で無責任な自分、そいつの指令に従うほうが、最期の時になって本当に豊かだったと思える気がします」
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オフも映画のことばかり
──多忙な中、オフの過ごし方は?
「映画を観る。あと企画。10本くらい抱えているんです。自分の監督作だけでなくブロデュースや、アニメもあります。休みの日はその企画をずーっと考えています。原田眞人監督にお会いしたら、原田さんも企画書をいっぱい持っていて、どこで誰に会うかわからないから、相手に合う映画企画のプレゼンを日本語と英語でできるように常に準備しているそうです。また阪本監督は、各劇場にお手紙を書かれているそうです。ミニシアターだけでなく、シネコンでも上映前の予告編は劇場が決めているとか。上映してくださいという直接的なメッセージではなくても、やはり人とのつながりは大きいので、それも真似して、いま必死でお手紙を書いています。映画を人々にどう届けていくかという出口の部分、俳優が舞台挨拶くらいしか立ち合わないところで何ができるのかを模索中。劇場回りもしています」
――映画以外の趣味はない?
「たまーにファッションのイベントや展示会に行くくらい。先日、(山本)耀司さんの描かれた絵の前で田中泯さんが踊るのを見て、やばいな、この世代!と鳥肌も立たないくらい感動しちゃって。ファッションの方々のことは芸人さんへのリスペクトと同じくらい尊敬しています。ただし自分がクリエイターとして入るのは絶対に無理。立ち入れぬ聖域です」
──そろそろ結婚も考えたり?
「どうですかね?この間『徹子の部屋』で、終わりがけに徹子さんに結婚について聞かれて。周りが結婚しているのを疑似体験している感じで、結婚生活や倦怠期とか、シミュレーションで十分味わっていますなどと話したら、徹子さんが「私もそれで独身でここまで来ちゃった」とおっしゃって、そのまま番組が終わったんです(笑)。しまった!徹子さんアングルを考えていなかった!と反省。子どもは好きですよ。去年、映画祭やJICA(国際協力機構)の番組企画でパラグアイやマダガスカルに行き、友達の子どもに似合う民族衣装を各国で買えたことがすごく楽しかったです。ただ結婚をいつまでにしなければいけないという縛りのある空気はなぜなのかと、ずっと不思議に思っていて。それに準じて結婚という選択肢を意識するのは、相手にいちばん失礼。結婚に向いているタイプとは思わないけど、憧れはあります。でも優先順位が変わった時の自分は、まだ想像できていないかな」
──人生の終わりは、やはり映画館で迎えたいですか。
「いや、スパのいちばん高いコースで、パンツはかされてヌルヌル施術されながら終わりたい(笑)。オイルまみれで焼きやすいかもしれないし」
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Photos:Shingo Wakagi Styling:Kaz Ijima Hair&Makeup:Shuji Akatsuka Interview&Text:Maki Miura Edit:Masumi Sasaki