中村拓志、高橋紀人、長谷川在佑。それぞれの仕事が、軽井沢駅からわずか10分の森で、静かに交差する。12室の「ESSENCE KARUIZAWA」。ここではホテルより先に、自然がある。

少室数でプライベート感のあるホテルが続々と誕生している軽井沢。東京から新幹線で約1時間、国際的な別荘文化を育んできたこの地では、いま、旅の目的や過ごし方に応じて滞在のスタイルが細分化している。
2026年7月に開業した「ESSENCE KARUIZAWA」も、その新たな選択肢のひとつ。全12室をスイートとし、各室にプライベートサウナとテラスを備える。建築設計をNAP建築設計事務所の中村拓志、インテリアデザインをJamo associatesの高橋紀人、レストラン「SHIN」の監修を「傳」の長谷川在佑が手がけるなど、それぞれの第一線で活躍する三人を迎え、森との関係から新たな滞在のかたちを描き出す。
軽井沢駅から車で10分ほど走った道路に面した敷地は、もともとカラマツを中心とした大きな森に覆われた、起伏の激しい斜面だった。
「最初にこの土地を見たとき、森を残していくべきだと思いました。都市的な利便性、豊かな自然、そして文化。その3つが調和している軽井沢を体現するような敷地で、自然と人との関係を回復し、心身を調整していく。その媒体としての建築であり、自然の一部として“ありのまま”の自分に還っていけるような場所をつくりたいと考えました」
2019年、企画段階からプロジェクトに関わった中村はそう語る。
客室棟へは、木漏れ日と呼応するようなルーバーが設置された回廊を通ってアプローチする。光と影の移ろいを感じながら、都会から持ち込んだ感覚が少しずつ切り替わっていく。
©Koji Fujii
建築は、土地を造成して木々を薙ぎ倒すのではなく、傾斜と森をできる限り保存する前提で、周囲に対して抑制された深い庇を設けることで、森を主役とする静かな佇まいをつくった。外から見た建築の存在感を抑えながら、室内には十分な天井高と大きな開口部を確保。特に上階となる2階では屋根勾配をそのまま室内空間に取り込み、森の中へ身体と感覚がひらかれていくような伸びやかさを生んでいる。

東急プラザ表参道「オモカド」をはじめ、ホテル建築でもベラビスタ スパ&マリーナ 尾道や星野リゾート 界 ポロト、ONE FUKUOKA HOTELなどを手がけてきた中村。土地固有の自然や文化、人の振る舞いを読み解きながら、その場所ならではの建築を導き出す姿勢は、ESSENCE KARUIZAWAにも通底している。
その建築の内側に、滞在の温度を与えているのがJamo associatesの高橋紀人によるインテリアだ。JamoはTRUNK(HOTEL)やsankara hotel & spa 屋久島をはじめ、ホテル、レストラン、ショップなど幅広い空間を手がけてきた。ESSENCE KARUIZAWAの客室では、浅間石やカラマツの丸太といった土地の素材やその質感を生かしながら、グレーや深いグリーン、ボルドーなど自然と呼応する色彩を抑制的に配置。家具の高さも低く抑えられ、視線はそのまま大きな窓の向こうの森へと抜けていく。建築とインテリアの境界を意識させることなく、室内と森を緩やかにつないでいる。

さらに、各室のサウナは、洗面、浴室、テラスへと連続し、心身を自然へと戻していくための装置のようでもある。浴槽は可能な限り大きく取り、水面と窓外の森が連続して感じられるよう設計。洗面の鏡にも森の風景が映り込み、窓を開放すれば半露天となる。


そうした「整える」という思想は、客室のディテールにも及ぶ。サウナアイテムには「TTNE」とのコラボレーションによるハットやポンチョ、サンダルなどを用意。ルームウェアはリカバリー市場のパイオニア「VENEX」と共同開発し、ベッドには2026年に創業100周年を迎えた日本ベッドのマットレスを採用するなど、眠りに至る時間までを滞在体験として設計している。
一方、客室棟から森側へと蛇行する回廊の先に待つレストラン棟は、滞在のもうひとつの目的地だ。客室のインテリアをJamoが担うのに対し、レストラン棟は建築からインテリアまで、中村率いるNAP建築設計事務所が手がけた。既存の木々を避け、それぞれが枝を伸ばす余地を残すように、屋根を低く抑えた小さな建築が、森の奥へ向かって7つ連なる。

内部では、農家の納屋のように構造や素材をあえて露出させ、藁を混ぜた左官仕上げの壁やカラマツの無垢板を多用。テーブルや椅子もNAPのオリジナルデザインである。トップライトから木漏れ日や西陽が差し込み、低い軒下の窓は、席に着いたときに初めてその全貌が視界に広がるよう設計されている。小さな空間を連続させることで親密なスケールを保ちながら、身体の動きに応じて、空間の見え方が変化していく。オープンキッチンでは料理人の動きや会話も風景の一部となり、天井には中村が好むインゴ・マウラーの照明がアクセントを添える。夜にはライトアップされた木々が、窓の向こうに浮かび上がる。

「あくまで森が主役。自然に対して人間が場所を譲ることで、それぞれの居場所の間に生まれる穏やかさを表現したかった」
中村が目指したのは、いわば「森の木々に場所を譲るような、謙虚な建築」だ。巨大な一棟のホテルではなく、森の中に小さな建築が点在し、回廊や屋外の滞在スペースによって緩やかにつながる。その姿はホテルというより、ひとつの小さな集落にも近い。自然を支配するのではなく、人間の居場所を少し譲ることで生まれる、森と建築との穏やかな関係。その中に身を置くこと自体が、ESSENCE KARUIZAWAでの滞在の核となっている。
そして、森との関係を建築から描いた中村に対し、レストラン「SHIN」の食のコンセプトに輪郭を与えるのが、「傳」の長谷川在佑だ。「傳」はミシュラン二つ星を獲得し、「The World’s 50 Best Restaurants」でも世界的な評価を重ねてきた日本料理店。長谷川は、伝統的な日本料理の技術を土台としながら、ユーモアや驚きを織り込む独自のスタイルで知られる。
ここでは監修という立場から、「季節を緩めるお献立」と題したコースを提案。信州サーモンや信州りんご、信州牛、北軽井沢のきのこをはじめ、山菜や野菜、赤紫蘇、桑の実など、この土地と季節を映す食材が連なる。一方で、そこは長谷川らしく、生真面目なだけの日本料理には収まらない。土地の恵みを素朴に皿へと映しながら、ときに食べ手の緊張をふっとほどく軽やかさが、森の中で心身を解放していくこのホテルの滞在にも似合う。
実際のディナーで印象に残ったのが、一皿ごとに寄り添うペアリングだ。小諸・御牧ヶ原のテロワールを映すGió Hills Wineryの「ÁNH SÁNG SPARKLING 2021」や、安曇野のブドウをフィールドブレンドしたLe Milieu「LIBRA BLANC」など、信州のワインを軸に、日本酒や海外のワインまでを自在に行き来する。料理の味わいをなぞるだけでなく、香りや酸、旨味、余韻に新たな表情を加え、コース全体に心地よいリズムを生み出していく。料理だけでなく、グラスの中にもまた信州の風景が立ち上がる。
滞在を構成するのは、もちろん建築と食だけではない。宿泊者専用ラウンジには、森を望むカウンターやソファ、本棚とともに、レコードと本格的なオーディオシステムが置かれている。McIntoshのアンプやALTECのホーンスピーカーから流れる良質な音楽に耳を傾け、ふとアートブックを開く。あるいは窓の外の森を眺めながら、ただ時間を過ごす。フリーの軽食やアルコールも用意され、ホテルの中に「何かをするためではない時間」へと誘う場所がある。

エントランスでは、アロマ調香デザイナーの先駆者、齋藤智子の思想に基づく長野の唐松や檜などから起草したオリジナルの香りがゲストを迎え、森へ足を踏み入れる瞬間から嗅覚にも静かに働きかける。
そして、この場所はまだ完成形ではない。中村による建築は、森の中で屋外の時間を過ごすための滞在ブースなど、現在も計画が進行中。さらに2029年までに、広大な森の中に隈研吾建築都市設計事務所が手がける一棟貸しの施設も計画されているという。
華美な演出はない。けれど、森に場所を譲り、土地のものを味わい、心身をほどき、眠る。そんな何気ない時間のなかにこそ、“ありのまま”に還るというこの場所の本質がある。
やがて軽井沢は秋を迎える。カラマツが黄色く染まり、カツラをはじめ新たに加えられた落葉樹も色づくゴールデンオータム。その先には冬があり、春があり、また新しい緑が芽吹く。
完成されたリゾートを訪れるのとは少し違う。変わり続ける軽井沢のなかで、森とともにこれから育ち、季節を重ねていくESSENCE KARUIZAWA。その始まりの時間を体験してみてほしい。
ESSENCE KARUIZAWA(エッセンス軽井沢)
住所/長野県北佐久郡軽井沢町長倉字広原21-44
TEL/0267-31-5965(代表・レストラン/受付時間 9:00~18:00)
URL/https://essencehotels.jp/karuizawa/
Edit & Text: Yuka Okada


