言語の壁を超えて。いま読みたい世界文学 | Numero TOKYO
Culture / Feature

言語の壁を超えて。いま読みたい世界文学

言葉や文化が違っても、魂が共鳴したり。違うからこそ、物事の本質に気づかされたり。翻訳小説は、まだ知らない世界と、新しい視点をもたらしてくれる。いま注目したい「国×ジャンル」別に、専門家がおすすめの3作品をセレクト。さあ、新しい世界の扉を開こう。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)

【1. スペイン語圏×ホラー】

ナビゲーター 宮﨑真紀(みやざき・まき)
スペイン語文学・英語文学翻訳者。最近の訳書にマリアーナ・エンリケス『秘儀』(新潮文庫)、アグスティナ・バステリカ『肉は美(うま)し』(河出書房新社)、アン・W・バージェスほか『怪物の顔』(大和書房)など。

女性を取り巻く“ホラー的”状況が生んだ潮流

スペイン語圏の、特に比較的若い女性作家たちが“恐怖”をモチーフにした作品を多く発表し、世界的にも高く評価されるようになった近年。男性優位だったスペイン語圏で、世界的なフェミニズム運動の盛り上がりを受け、女性たちが自らの“ホラー的”状況を描いて声を上げ始めた結果といえそうです。また、女性の翻訳家たちが英語圏でそうした作品を次々に紹介したことも大きな要因でしょう。

過去の男性中心の書き手による作品は歴史や社会など“大きな物語”が多かったのに対し、近年の女性作家たちは身のまわりの現実に注目し、その恐怖をホラーの手法を用いて表現。

特に『ハリケーンの季節』はメキシコの底辺社会に住む人々の苦しみを、土地に根ざした作家ならではの厳しいまなざしで描いています。一方、コスモポリタンな作風の『救出の距離』は、母子の関係性に環境問題を絡めながら怪異が立ち現れる不可思議な幻想譚。

“ホラー・プリンセス”の異名をとるエンリケスによる『秘儀』は、アルゼンチンの歴史と政治を描くことに挑戦した壮大な大河ホラーとなっています。女性作家たちは今も続々と現れていて、まだまだ勢いは止まらないと思います。個人的には、北米に移住したラテン系作家によるチカーノ・ホラーにも注目していきたいです。

1.『ハリケーンの季節』

フェルナンダ・メルチョール/著 宇野和美/訳(早川書房)
フェルナンダ・メルチョール/著 宇野和美/訳(早川書房)

とある村で、〈魔女〉の死体が見つかる。彼女は村の女たちに薬草を処方し、堕胎も施していた。彼女を殺したのは一体誰か。暴力と貧困がはびこる現代メキシコの田舎を舞台に狂気と悲哀を描いた傑作長篇。

2.『救出の距離』

サマンタ・シュウェブリン/著 宮﨑真紀/訳(国書刊行会)
サマンタ・シュウェブリン/著 宮﨑真紀/訳(国書刊行会)

アルゼンチンの片田舎の診察室で死にかけているアマンダと、その横にたたずむ謎の少年ダビ。彼女はなぜ死にかけているのか、二人は対話を通して記憶を探る。国際ブッカー賞最終候補作にもなった、めくるめく愛の悪夢。

3.『秘儀』

上下巻 マリアーナ・エンリケス/著 宮﨑真紀/訳(新潮文庫)
上下巻 マリアーナ・エンリケス/著 宮﨑真紀/訳(新潮文庫)

〈闇〉の力を借りアルゼンチンの政財界の裏側で暗躍する〈教団〉と、それを司る霊媒の親子。彼らの対決を何代にもわたって追いながら現実と異界を行き来し繰り広げられる、ラテンアメリカ文壇を席巻した恐怖の叙事詩。

【2. アフリカ×スペキュラティヴ・フィクション】

ナビゲーター 粟飯原文子(あいはら・あやこ)
法政大学教授。専門はアフリカ文学研究。主な訳書にナディーファ・モハメッド『運命の男たち』(早川書房)、アブドゥルラザク・グルナ『楽園』(白水社)、チヌア・アチェベ『崩れゆく絆』(光文社古典新訳文庫)など。

アフリカの霊性と融合するテクノロジーや幻想

アフリカに出自を持つSF作家が次々と国際的なSF賞で受賞・ノミネートを果たして注目を集めた2010年代。14年にナイジェリアでウェブSF雑誌が創刊され、16年にはアフリカ・スペキュラティヴ・フィクション協会が設立。SFに限らず、ホラー、ファンタジーを含む広い枠組みのもとでスペキュラティヴ・フィクション(思弁小説)の書き手が急増し、大陸内外で読者を獲得しています。

特徴は、アフリカの神話・歴史・文化に根差しつつ、未来や幻想を描く作品が、純文学/エンタメの枠を超えて展開されていること。かつて「ジャンル不明」や「アヴァンギャルド」とされた作品群も再評価され、系譜化が進み、新たな文学史が形成されつつあります。

アフリカSFの中心人物、ナイジェリア系アメリカ人のオコラフォーによる『ビンティー調和師の旅立ちー』、国際的に高い評価を受けたドイツ系ガーナ人オトゥのデビュー長編の『アーダの空間』、現在の系譜化の流れであらためて評価されているモザンビークのコウトのデビュー作『夢遊の大地』は、それぞれ英語、ドイツ語、ポルトガル語で書かれており、アフリカ文学の多様性を示しています。今後は書き手がさらに増え、アフリカ諸語での創作も広がり、テーマも多様化していくでしょう。近いうちに世界文学のスタンダードになるはずです。

1.『ビンティー調和師の旅立ちー』

ンネディ・オコラフォー/著 月岡小穂/訳(早川書房)
ンネディ・オコラフォー/著 月岡小穂/訳(早川書房)

故郷を離れて銀河系の名門大学に進学した少女ビンティが、異星人との抗争や文化の衝突の中で成長を遂げる物語。数学の天才的才能と調停の力を武器に、対立する勢力の和平に尽力しながら、自らの帰属を模索していく。

2.『アーダの空間』

シャロン・ドデュア・オトゥ/著 鈴木仁子/訳(白水社)
シャロン・ドデュア・オトゥ/著 鈴木仁子/訳(白水社)

500年の時空を超えて現れる4人の女性“アーダ”の生を、無生物の視点から描く輪廻転生の物語。植民地支配、人種差別、女性への暴力といったテーマを織り込み、歴史の中で繰り返される抑圧と抵抗を浮かび上がらせる。

3.『夢遊の大地』

ミア・コウト/著 伊藤秋仁/訳(国書刊行会)
ミア・コウト/著 伊藤秋仁/訳(国書刊行会)

内戦のさなか、ともに旅に出た少年と老人が道中で拾ったノートを読み進めるうちに、現実と幻想、過去と現在が交錯し、戦争の惨禍と失われた記憶が立ち現れる。デビュー作にして映画化もされた代表作。

【3. スウェーデン×ミステリ】

ナビゲーター 若林踏(わかばやし・ふみ)
書評家。『小説現代』『小説すばる』『週刊新潮』などで書評連載を持つ。著書に『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』(実業之日本社)、『新世代ミステリ作家探訪』『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』(光文社)など。

社会批評性とエンタメ性を併せ持つ多様な作品群

2000年代後半に登場して世界中で支持された、ミステリとしての娯楽性に優れながらミソジニーという身近な社会問題への抵抗意識を孕んだ故スティーグ·ラーソンの『ミレニアム』シリーズ。このシリーズの邦訳を契機に、スウェーデンを含む北欧圏のミステリ作品が10年代に日本でも続々と紹介されるように。

10年代以降の邦訳作品の特徴を挙げるならば、社会批評の側面を持つ重厚な小説という要素を受け継ぎつつも、多様な娯楽要素を盛り込んで楽しませる作品が増えたこと。疾走感にあふれた英米型スリラーを彷彿とさせる『円環』や、ストックホルムのエリート男性捜査官と地方の警察署に務める駆け出し女性刑事という風変わりかつ軽やかなバディものである『死が内覧にやってくる』。『黄昏に眠る秋』は登場人物が生きる土地の自然も豊かに描き出し、主人公の魅力も相まって深い余韻を残す物語に。

古くから読者を取り巻く社会や世界の状況へ目を向け、「その中で起こる犯罪とは何か」を描き出すことに作家たちが取り組んできたスウェーデンのミステリ。社会もしくは世界の変化と個人は不可分な関係にあり、それを犯罪小説の形で描くことによって、読者が自分の外側にあるものと向き合う作品が今後も書かれていくと思います。

1.『死が内覧にやってくる』

アンデシュ・デ・ラ・モッツ&モンス・ニルソン/著 久山葉子/訳(創元推理文庫)
アンデシュ・デ・ラ・モッツ&モンス・ニルソン/著 久山葉子/訳(創元推理文庫)

スウェーデン南部の田舎町で、不動産ブローカーでタレントの女性が死亡。事件を担当するのは療養のため滞在していたエリート捜査官と地元警察署の女性刑事。馬は合わないが意見は合う二人は事件を解決できるのか?

2.『黄昏に眠る秋』

ヨハン・テオリン/著 三角和代/訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヨハン・テオリン/著 三角和代/訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

霧に包まれたエーランド島で幼い少年が行方不明になってから20数年後の秋、少年が事件当時に履いていた靴が祖父のもとに送られてくる。自責の念を抱いてきた少年の母とともに、祖父は再び孫を探し始めるが……。

3.『円環』

アルネ・ダール/著 矢島真理/訳(小学館文庫)
アルネ・ダール/著 矢島真理/訳(小学館文庫)

環境破壊などに関係していた会社幹部が死亡した連続爆破事件の容疑者に、森で隠遁生活を送る元警部フリセルが挙げられる。かつて彼の部下だったエヴァ・ニーマンは、特捜班Novaの曲者たちを率いながらフリセルを追う。

 

 

 

Interview & Edit:Miki Hayashi

 

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