日常のなかにアートが息づく街、パリ。異国の空気に身を置きながら自らのルーツを探り、自分らしさを模索する日本人女性クリエーターたち。皿の上に季節を映し、土に触れ、花と対話する。そんな彼女たちの現在地を見つめる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)
北野ゆりか
繊細さと大胆さが宿る料理

11区のレストラン「Épopée」を率いる北野ゆりかさんは、いまパリのガストロノミー界で最も勢いのあるシェフの一人だ。タイムアウト誌ではパリで一番訪れるべきビストロと評され、その料理は食通たちの間で確かな存在感を放っている。赤身魚にいちごを合わせる大胆な感性。香りや色彩を緻密に重ねながら、味わい自体は芯が強い。「味が男性的だと言われることも多かった」と彼女は笑う。しかし、だからこそ近年は“繊細な料理”を意識するようになったという。「見た目が綺麗で、どこか優しい味だと言われたい」

北海道・札幌出身。もともとは料理人を志していたわけではなかった。調理学校に通いながら大学受験を目指していたが、家族の勧めでフランスへ留学。ターニングポイントとなったのは、二つ星レストラン「Passage 53」での経験だ。「みんな大きな夢を抱えながらひたむきに努力している。その姿に純粋にかっこいいなと。強く感化されました」

以来、クラマト、ジェラニウム、マルゴ、ピリグリムなど名だたる店で経験を積み、現在の店でトップのシェフとして抜擢された。しかし、異国の厨房で若い女性シェフとして立つことは、決して簡単ではなかった。「女性だから、若いから、と舐められることもあった」。多国籍な現場では、文化や価値観の違いも複雑に絡む。それでも彼女は感情ではなく、仕事で信頼を勝ち取ってきた。「リスペクトした上で、ちゃんと伝える。結局、仕事で見せるしかない」

印象的なのは、その“しなやかさ”だ。強くあろうとするより、相手を理解しながら前へ進む。スタッフそれぞれの文化的背景を学び、コミュニケーションを重ねる。「怒るだけでは何も伝わらない」。その姿勢は料理にも通じている。フランス料理をベースにしながら、日本人としての感性も静かに滲ませる。「以前は日本の食材をあまり使わなかったけれど、自分のルーツを料理に入れていいんだと思うようになった」


彼女の皿には、色使いや組み合わせの繊細さとメリハリのある味付けの力強さ、女性性と大胆さが同居している。それは、男性中心の料理界で“誰かの真似”ではなく、自分自身の輪郭を探し続けてきた結果なのかもしれない。「私にしか作れない料理を作りたい」。ゆっくり優しく、話す彼女の言葉が重く響く。

Photo: Yusuke Kinaka Interview & Text: Hiroyuki Morita Edit: Shiori Kajiyama
