女性が働くことが当たり前となった現代。映画の中のファッションを振り返ると、女性が社会進出をするとともに「装うこと」の意味も大きく変化してきたことが見えてくる。ファッション×映画の金字塔『プラダを着た悪魔』20年ぶりの続編『プラダを着た悪魔2』の鑑賞前に、ファッションのプロ2人とともにその変遷をひもといてみた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年6月号掲載)
【ファッションのプロが語ります!】
midori
スタイリスト。1989年生まれ。2014年に渡英しファッションを学ぶ。『LOVE MAGZINE』でアシスタントしつつ、小籔奈央にも師事。帰国後『Numéro TOKYO』編集部を経て独立し、2022年に「W」所属。
長尾悠美
セレクトブティック「Sister」代表。国内外のデザイナーズブランドやヴィンテージをウィメンズ中心にセレクトし、映画やアートなど多方面でコラボレーションを展開。近年は女性の支援にも積極的に取り組む。
職業選択の自由と働く装い
── ファッション業界で働くお二人が仕事をする服装で気をつけていることは?
Midori(以下M)「現在はスタイリストとして働いているので、ヒールでも歩きやすさは譲れません。同時に打ち合わせもこなさなくてはならないので、TPOやトレンド性も大事にしています。パーティなどのイベントに出席する際は、きちんとした服装でありながらファッションを楽しむようにしています」
長尾悠美(以下N)「セレクトショップを運営していて、10年前は社会的な基準ではいわゆる“ファッション・ヴィクティム”みたいな装いでした。大好きなアレキサンダー・マックイーンのニーハイブーツを履いたり。スタッズが打ち込まれていてすごく座りにくいのに(笑)。プラダやジバンシィも大好きで、ほとんどのお金をファッションに投じていました。ただ、今となっては、時代の流れや個人的な価値観の変化によって、機能性や長く着られる永続性を重視して洋服を選ぶようになりました」
── 女性をハイヒールから解放する#KuToo運動が起きたのが2019年です。
N「スニーカーもコラボレーションでかわいいデザインが充実しているので、2年前から履き始めました。10年代後半にはTARO HORIUCHIがスニーカーをうまくモードな装いに取り入れていて衝撃でした。その後、航空会社のCAさんもスニーカーで働くようになったんですよね」
M「やはり靴とバッグは働く女性の重要アイテム。職業やステータスで何を選ぶか変わってくると思います。そこに時代背景や当時の経済状況、流行も絡んできそう」
── さまざまな職業がありますが、作中に出てくる働く女性の衣装が好きな映画はありますか。
N「50年代を舞台にした『キャロル』。ラストシーンのルーニー・マーラが着用している黒いツイードジャケットが素敵です。ケイト・ブランシェット扮するブルジョア階級の夫人への憧れを超えた同性愛的な関係を経て、念願の新聞社に就職した彼女。自立と働く意思を静かに感じさせる装いです。戦後まもなく、まだ女性が働くことがレアだった時代。夢を叶えた人の証だったはずです」

── 時代的にもココ・シャネルが提唱したツイードジャケットと一致しそうです。女性の解放と社会進出のシンボル的なアイテムですね。
N「装いはまだ女性らしさが優位で、ジャケットにはスカートを合わせるのが一般的。働きに出る人が増え始めた一方で、まだ主婦でいることが主流だった時代を感じます」
M「ジャケットといえば、十代の頃に見た『ガタカ』。SF作品でありながら、ユマ・サーマン演じるエリート遺伝子を持つ宇宙ミッション員の衣装に品性を感じていました。丸襟のグレーのジャケットにハイネックのブラウスを合わせていて、架空の設定にせよ、ヘルムート・ラング的な90年代のムードが漂っている。ユニフォームのフィクションとリアルのバランスが映画ならでは。夢があります」

N「『ゴールデン・エイティーズ』は、80年代のショッピングモールの中にある美容室が舞台。そこに勤める若い女性たちと店主との対比が面白い。若い女性はみんなビッグヘアと赤いリップ、カラフルなトップにスカートでかわいらしくはあるのですが、表層的なトレンドだけの画一的な服装にも見える。店主が着ているレオパード柄の強い服装とのコントラストがすごいんです。フェミニズム的な文脈での作品が多い監督なので、意識的に表現してると思います」

M「個性という意味では、『クローサー』。フォトグラファーとして働くジュリア・ロバーツの白いシャツ一枚だけで着こなすスタイリングが、かっこいい一方、ストリッパー役のナタリー・ポートマンは赤髪にペニーレインコートにミニスカートで、自由奔放。それぞれに90年代の余波を感じます」

キャリアウーマンの描かれ方
── パンツスーツの登場は、1964年にイブ・サンローランが女性用タキシード「ル・スモーキング」を発表してから。男性の権威性を女性がドレスアップとして纏うという、発想の大転換でした。70年代の『結婚しない女』の衣装はヒッピー感があり、リアルに「ウーマンリブ」を示すスタイルとしてデニムパンツが登場しています。

N「『ワーキングガール』は80年代の作品で、衣装も大きな襟と肩幅が特徴的。男性社会で対等に張り合うためにはパワーが必要だったんでしょう。この頃刊行された雑誌を見ると、景気が良くて、ファッションや消費が盛り上がっていたように感じます。80年代中盤には、男女雇用機会均等法ができて女性が働くことが特別ではなくなっていく」

M「ヒロインは証券会社勤め。ファッションはまさにアントニオ・ヴァカレロのサンローランの世界観だと思いました。細かいテクスチャーまで、80年代をいかに忠実に再現しているかに驚かされます」
N「90年代に入るとバブルの余韻、90年代後半にはスタートアップ起業の流れもありました。『ディスクロージャー』で、デミー・ムーアが演じるのはハイテク企業の幹部。まだビッグショルダーが目立っていますが、シルエットは直線的でシャープに。色使いが控えめなのは不況の影響もありそう」

── 今となっては、Y2Kやセレブファッションの文脈で取り上げられる『キューティブロンド』。全身ピンクのヒロインのシンデレラストーリーを夢見たい観客の心理もあったのかもしれません。

M「『プラダを着た悪魔』は、働くことの厳しさ、リアルを描いているのかも。アン・ハサウェイが演じる編集アシスタントがシャネルを纏っていて、新人なのに華やかだなと思っていて(笑)。でも、よく考えたら2006年は、ぎりぎりリーマンショック前。まだSNSやインフルエンサーもいない、ファッション誌を開いてモード界に夢を見られた時代」

── 20年が経ち、ファッション業界を取り巻く環境も変化しています。ファッション界が抱える問題についても広く知られるようになりました。『マイ・インターン』は『プラダを着た悪魔』の制作チームによる作品ですがいかがでしょう?

M「アン・ハサウェイ演じるEC会社のCEOのストーリー。衣装はノームコア的な服装で、やや地味に見えます。 振り返ると、Facebookみたいな企業で仕事に邁進する人がキャリア最前線というイメージがあったと記憶しています」
N「2020年に入ると、権威側の女性を描く作品が増えました。『TAR』や『Babygirl』はその心の揺れや暗部を描いています。前者は、ケイト・ブランシェットが熱演した野心的な指揮者の有害性を描く一方で、シャツやパンツのシルエットは本当に洗練されていて」
編集部注:使用ブランドはザ・ロウやルメール、ドリス ヴァン ノッテンなど


M「衣装はいずれもクワイエットラグジュアリー。『Babygirl』もニコール・キッドマンが演じる大企業のCEOが、ブランドはわからないけど、いかにも上質なシルクブラウスに上質で柔らかそうなカシミヤと見て取れるコートを羽織っている。成功者には、ロゴやわかりやすいアイコニックなアイテムは必要ないのだと思います」

女性が最期に求めるもの
M「ジル・サンダー時代のラフ・シモンズが衣装を手がけた作品が『ミラノ愛に生きる』です。イタリアの富裕層の妻らしい衣装の色使いと素材感、心情の描写とルカの映像美の調和が素晴らしくて。フォーマルがこんなにもミニマルで美しいのかとハッとさせられます。紫のシフトドレスにカチューシャをしているルックが印象的です」

N「極彩色といえば『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』。自ら死を選ぶというのは、ある意味、特権なのだと思います。死に近づくにつれ、服装もどんどんカラフルで自由になっていく演出が印象的。衣装を手がけたスタイリストは、『TAR』と同じハイディ・ビビエスカス。自分の人生に満足し、死を迎える際に隣にいてほしいのは異性でなくてもいい。一緒に働いた信頼できる女友達という選択に、成熟を感じました」

M「衣装のパワーを感じたのは、アンソニー・ヴァカレロが衣装を手がけた『エミリア・ペレス』。主人公はトランスジェンダー女性として生き直したいという願いを叶えながら、麻薬組織に属していた暗い過去に翻弄される。サンローランの映画部門が制作しただけあってラグジュアリーな衣装に希望と不安定さがにじみ、見応えあり」

N「逆に資本主義社会に背を向け、自由を求めた女性ホームレスを描いた作品が『冬の旅』。社会的成功とは無縁の主人公ですが、放浪しながら生きるための装いに目が釘付けになりました。対極な世界の話だからこそ、おすすめしたいです」

『プラダを着た悪魔2』への期待
── 前作『プラダを着た悪魔』はリアルタイムで鑑賞しましたか?
N「話題の作品だったので見に行き、『海外のファッション業界ってこんな感じか』とか『アナ・ウィンターって厳しい編集長なんだ』と素直に受け取った記憶が。ファッション業界の重鎮がスーパースターとして崇められていた時代だったと思います」
M「高校生のときに見て、ファッション業界を目指すきっかけになりました。前作はアンディのシャネルのツイードのキャスケットやイミテーションパールのネックレスなど、記号的な自立した女性のアイテムが多い。一方で今作は、衣装のトーンは落ち着き、ネクタイやベストを軽やかにアレンジして都会的。そして、素敵なのがヴィンテージのコーチの大きなブリーフケース。やはりNYのブランドを推しています。作中で登場するシャネルのマトラッセもビッグサイズで、大きなバッグは流行の兆候があるので要チェックです」
N「歳を重ねたアンディだからこそ似合う、ジュエリーやウォッチが素敵そう! 常に悩みや問題が絶えないストーリー展開も目が離せないです。“働くこと”で感じられる高揚感と絶対的なピンチをどう見せてくれるのか。本編を見るのが楽しみです」
M「今のリアルなファッション業界と出版業界を描いているので、ハッピーエンドが見たい(笑)」
最新作『プラダを着た悪魔2』衣装の元ネタ作品

衣装はラルフ・ローレンが自身のジャケットやベストなどを提供。それを主演のダイアン・キートンがセルフスタイリングで私物をミックスし、抜け感と知性を感じさせる着こなしにアレンジした。70年代の女性たちが感じた「女性の解放」を体現し、「アニーホールルック」として知られる。『プラダを着た悪魔2』の主人公アンディを表現する衣装に、NYに脈々と受け継がれる“自立した女性のDNA”が見て取れるはずだ。
Photos:Aflo Interview&Text:Aika Kawada Edit:Aika Kawada, Chiho Inoue



