松尾貴史が選ぶ今月の映画『サンキュー、チャック』

次々と自然災害が起こり、世界が終わりを迎えようとしている近未来。ネットがつながらなくなるなか、街に突然現れたのは「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という不可思議な広告だった。映画『サンキュー、チャック』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年6月号掲載)

不可思議で温かな巨匠の物語を映画化
イーロン·マスク氏が最近、SNSのXで英語の投稿をAIに翻訳·表示させるようにしたので投稿がおすすめのように上がってきたのですが、それはアメリカのドナルド·トランプ大統領についての強烈な批判をしているスティーヴン·キング氏のアカウントでした。彼の作品の新作映画が相次いで公開されるというので楽しみにしていたタイミングだったのですが、誰かに観察されていたのでしょうか。
そのキング作品の一つが、今回ご紹介する『サンキュー、チャック』です。短編が原作で、彼らしさは十二分に感じられますが、恐怖そのものの強さよりも、日常に潜むさまざまな考えるヒントや内面を問い直すきっかけ、さらには自分という存在の意味を考察する問題提起を与えてくれています。

最近、世界中で加速度をつけるように多発している天変地異ですが、この物語の中ではそれがさらに拍車がかかっている状況です。世界が崩壊に向かう終末的な状況が描かれます。さまざまなインフラが破壊されていき、教育から医療から治安から、何もかもが狂っている世界全体を取り巻く恐怖がさまざまな形で襲いかかってきます。
そんな中で、人々はなぜか「チャックに感謝する」へんてこな広告を目にするようになるのです。テレビやラジオ、町中の看板やディスプレイに「ありがとう、チャック」という広告が夥しく現れ、それをただただ不気味に感じているうちに、すべてが四面楚歌になっていくという不可思議かつ面妖な世界です。
そのチャックは、非凡な存在でも正義の味方でもなく、ごく普通の会計士です。その人生の断片がジグソーパズルのピースのように描かれて進行していくのですが、それが退行しているようにも感じられるのです。

謎解きとも答え合わせともいえない、奇妙な運びですが、物語が進むにつれて、語り口を逆回しして見せられるような「気づき」が出てきます。主人公の人生の意味が、少しずつ解けていく感じでしょうか。誤解を恐れずに言えば、前半がクライマックスで、後半に進むに従って納得することがあったり、考えが深まったり、逆に謎も深まったりというというユニークな構造なのです。もちろん、本来の意味でのクライマックスは終盤にこそあるのですが、その静かさに深い余韻を与えられるのです。お馴染みの恐怖ではなく、温かみのある作品であり、哲学的な物語でもあります。

具体的には書きませんが、ダンスシーンに重要な鍵があると感じました。生きる喜びをすこぶる効果的に表現しているのです。
すべて見終わったあと、必ず「もう一度見たい」と思わせてくれる作品です。2回目に見るときは、可能であればスコッチでも舐めながら。
『サンキュー、チャック』
監督・脚本/マイク・フラナガン
出演/トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル
原作/スティーヴン・キング
全国公開中
https://gaga.ne.jp/thankyou_chuck/
配給/ギャガ、松⽵
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito
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