中川ももインタビュー「自分自身の形を変えながら、自分を続けていく」 | Numero TOKYO
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中川ももインタビュー「自分自身の形を変えながら、自分を続けていく」

カラフルなイメージが、有機的に変容しながら空間にひろがっていく。写真なのか、彫刻なのか、はたまたインスタレーションの一言で片付けて良いのか——中川ももの作品は、そうした名付けようもない境界にある。

2025年の「Dior Photography and Visual Arts Award for Young Talent」にノミネートされ、パルファン・クリスチャン・ディオールの主催のもと、KYOTOGRAPHIEのサテライトフェスティバル、KG+のプログラムのひとつとして個展「The Art of Color」(HOSOO LOUNGE)を開催中の中川。今注目すべきアーティストのひとりである中川に、その制作について話を聞いた。

中川もも
中川もも

写真との出会いと粘菌との生活

──写真との出会いについて、教えてください。

「もともと服飾系の短期大学に通っていて、在学中から始めたバンド活動を卒業後も7、8年ほど続けていました。その間に趣味でスケボーをやっていたんですが、足を骨折してしまって、1年ぐらい入院することになって。バンド活動もできなくなり、遠くに行くこともできず、手元でできることをするにしても本を読むほどの集中力も持てず。すごく暇で、時間を潰すために絵を描き始めました。

その時に、知り合いの写真家から『一回、写真をやってみたら?』と勧められて。絵だと直接的すぎるから、ひとつ何かを間にはさんで表現するといいんじゃないか、と。家に母親のフィルムカメラもあったので、リハビリがてら外出した時に、家の壁や落とし物などを被写体に、スナップを撮り始めたんです」

──その後、京都芸術大学で写真・映像を本格的に学ばれたんですね。

「写真を撮るようになってから、写真家の作品を見せてもらったり、展示の手伝いをしたりするようになって、『作家になるなら芸大に行っておいたほうがいい』という話をよく聞いていたんです。ただ、バンドをやっていたこともあって、アカデミックなものに対する反骨精神みたいなものもありました。とはいえあまりにも言われるので、大学で学ぶことになにか意味があるんだろうなと考え始めて。ちょうど編入試験の出願期間だったこともあり、1週間ぐらいで準備して受験して、3年次編入で入学しました」

──最初はどんな作品をつくられていましたか?

「当初は、路上観察した作品で知られる赤瀬川原平がすごく好きで、引き続きスナップショットを撮っていました。でも、自分の教室の横では同級生が彫刻や絵画を制作していて、みんなが時間をかけて作品をつくっている中で、スナップを自分の作品って言えるのだろうか、ということを考え始めて。

その頃、編集者の後藤繁雄さんの授業があって、コンテンポラリーアートについて教えてもらったんです。それまでは現代美術に対して『カタカナも多いし、なんかわからん』って苦手意識があったんですが、すごく面白いって気づいて」

──どういった点を面白いと感じられたのでしょう?

「なんでもありなところ。それから、写真の立ち位置みたいなのもすごい気になっていました。記録として提示されることもあれば、コマーシャルフォトなど商業的なもの、作品として発表したり見られたりすることもある。写真ってなんだろう?ってそのものについて問われることもありますし、写真家同士でも『どんな写真?』と探り合いが始まることもあります。裾野の広さが面白いし、今だと誰でも簡単にうまく撮れてしまうというひらけたメディアであることも気になっていました」

──そもそも広義的な存在である「写真」に、現代美術というアイデアも加わり、中川さんの中でより拡張されたと言いますか。そこから作品はどのように展開されていったのですか?

「日野啓三の『夢の島』という作品があるんですが、街のようすを擬人化して書いた都市小説って言われてるんですね。日本人が石のひとつにも命があると感じる、アニミズム的な感覚が好きなんですが、その作品にも地下鉄の繁栄や街に張り巡らされた姿の例えとして、粘菌が出てくるんです。その本を読んだ時に、自分はスナップを撮っていたこともあって、粘菌が社会と私の間の何か媒介になるんじゃないかと思って、まずは育て始めました。フリマアプリに、もととなる『菌核』というものが売ってるんですよ(笑)」

──フリマアプリで!

「不思議なもので、育てていると愛着が湧いてくるんです。粘菌飼育には温度管理が一番大事なんですが、学生でお金もかけられなかったので、冬は箱に入れて一緒に布団で寝たりとか、一泊ぐらいだと心配なので連れて行ったりとか。

最初は自分の皮膚と、壁と粘菌の写真をコラージュした作品をつくろうと思っていたんです。隔てられた内と外を粘菌がつないでくれるんじゃないかというコンセプトで、実際にそうした作品もつくったんですが、次第に概念だけ抽出するような意識に変わっていきました。粘菌と一緒に生活していると、はじめは自分が管理していると思っていたのに、気づくとエサのために起きるとか、自分こそが粘菌に管理されているような感覚になってくる。飼育する人間のほうが偉いのではなく、もっと対等になっていくような感じです。この相互作用のある関係性みたいなものが、自分の中にもあるんだと感じるようになったんです。

そこから『イメージが生き物なんじゃないか』というテーマにつながっていきました。粘菌との関係に対する感覚と同じで、制作におけるすべての関係において『自分が使っているのか』『自分が使わされているのか』がわからなくなってくる」

──「イメージが生き物なんじゃないか」という言葉が印象的です。

「『生き物』と言っても、それは植物や鉱物だと断定することなく、まだ何かわからない原生生物ぐらいの感覚で捉えています。ただ、生き物と言うからには『繁殖』が定義なんじゃないかと思っています。たとえばオランダの作家、テオ・ヤンセンが『新種生物』だと呼んでいる『ストランドビースト』という作品は、そのつくり方を公表してみんなでつくることを繁殖だと言っています。そこにも影響を受けて、焼き増しや拡散が可能な写真を撮るという行為も繁殖だと言えるし、写真という手法は相性がいいと感じています」

「あわい」をゆくこと、「ペラペラ」であること

──中川さんの作品は、一見「写真作品なのだろうか……?」と立ち止まる人も多いのではないかと感じました。

「『これは写真?』と聞かれることはすごくあります。実際、写真なので『そうです』というふうにお答えしているんですが。今、多様性とよく言われる時代ですが、MBTIやジェンダーなど、ものすごくいろんなものをカテゴライズされていて、名前をつけられることに窮屈さを感じるんです。そこから逃れるために制作しているところもあって、自分の立ち位置もあまり決めたくないと思っています。作品も、立体なのか平面なのか、写真なのか彫刻なのか、その『あわい』をゆく、グレーの階調をたくさんつくるようなことがしたいんです。だから『これは写真?』と聞かれたらそうだと答えるんですが、一体なんなのかと議論されることはいいことだなと思っています」

──そうした「あわい」をゆく中で、改めて中川さんが制作に写真を使う意味とはどんなことでしょう。

「写真は絵画と違ってペラペラで、表面にインクが乗っているだけですよね。その『ペラペラさ』が自分のアイデンティティに通ずるものがあるんです。アイデンティティ、とくにセクシュアリティの場合、一生変えられないと思っている人が結構いると思います。でも、意外と流動的なものだし、にもかかわらずマイノリティの人でさえ流動的であることを批判的に捉える場面を目の当たりにします。私はいろんなことが変わっていいと思っているし、ペラペラで、捨てようと思えば捨てちゃえる。その身軽さのほうがすごく心地いいし、写真で制作する意味ともつながっているなと感じます」

──また特徴として、中川さんの作品にはSF的概念も含まれていますよね。

「たとえば『この人はジェンダーの作家なんだね』とか、枠を決められることがあると思います。そうするとすごく小さい話になってしまうし、そうならないために宇宙ぐらいのレベルで話をしないと、と思ったことから、作品にSFの要素が多いのかもしれません。たとえば、宇宙人の性別を気にすることってないじゃないですか。火星人にはこういう特性があって……とか個々の違いが惑星違いのレベルになる。それが多様性だと思ってるし、理解し合えないことが根底にある感じがすごくいいんですよね」

──中でもSF作品に由来する「パントロピー(pantropy)」という概念が作品に一貫してあるとおっしゃっています。「過酷な環境下で生き残るために、人間そのものが変異する能力」を指すそうですが、この概念はどのように作品と結びついたのでしょうか?

「卒業終了展で発表して、その後2025年の『Dior Photography and Visual Arts Award for Young Talent』にノミネートされた『Inside my pantropy』という作品があるんですが、展示会場が自分のアトリエだったこともあって、机やふだん置いているものをそのままにした場所に大型プリンターだけを入れて、ずっと出力して増やし続けるという展示をしました。その時、展示を見に来た人が自分の中に入ってくるような感覚がすごくしたんです。

写真や映像メディアの作品が美術館で展示される時は、社会に問いを投げかけるようなドキュメンタリー作品が多い印象なんですが、私はそんなふうに大きな声を張り上げ続けられないなと思っていて。それよりも、自分自身が形を変えながら、自分を続けていくことが性に合っていると思う。そこでこの概念が合致したという経緯があります」

──この概念は、これまで取り組まれていた粘菌ともつながったり……?

「自分の中ではあんまりそう思っていなかったのですが、もしかしたらつながりがあるかもしれません(笑)。粘菌も、XY染色体の組み合わせで270ぐらい性別があるんですよ。エイリアン的にも見えるので、つながるかもしれませんね。あとは、SFは結構ミクロとマクロが行き来する世界というか。進化生物学者のリチャード・ドーキンスの映像だったと思うんですが、あるピクニック中の男女から始まり、ずっと映像を引いていくと宇宙につながって。視点が戻ると、今度はカップルの皮膚の中に入っていく。そこから見える宇宙と人間の体の中がほぼ一緒なんですよ。そういった視点にも影響を受けたかなと思います」

自由に、勝手に変容し、繁殖する

──先ほどお話に出た卒業終了展の作品から現在まで「クローナル・イメージ」というオリジナルの概念に基づくシリーズをつくられています。この概念についても詳しく教えていただけますか?

「自分でつくるものってなんだろうと考えていて。『イメージ』って単語の定義が難しいから、なにかほしいなと思っていた時に『クローナル植物』に行き当たりました。種子を使う有性生殖と違って、自分の体の中から新しいものを増やせる植物のことで、たとえば地表に出た竹を一つひとつ見るとバラバラにしか見えないけど、実は地下茎でつながって増殖させているような。自分自身の作品も『イメージ』の単位で見れば一個ずつ分かれた別のものに見えるけど、全部セルフメンテナンスとしてやっているところがあるとか、複製可能な写真という表現を扱っていることも似ているんじゃないかと思い、使い始めました」

──今回発表された『Clonal Image』も同様のシリーズですが、鏡のように反射するステンレスを用いるなど、空間の使い方が印象的でした。

「今回の展示ではじめてセノグラファーさんに入っていただいたんですが、対話をしながら進めていきました。その中で『ピンクの砂利を敷き詰めたい』という案が出たのがすごく印象的で。砂利の上を鑑賞者が歩くことで、境界がちょっとまだらになるのが面白いんじゃないかと。ただ、ヒールを履いて来られる方もいるので安全面的になしになりました。

同時に今回は1.5㎜のステンレス版を立たせて、その間を歩いていただくように構成しているんですが、安全性を保って立たせるためにはしっかりとした足場が必要でした。最初、セノグラファーさんは床に合わせた塗装をして、足場を見えない感じにしたら綺麗じゃないかとご提案くださったんですが、自分としては『アイプチみたいだな』と引っかかって。平均的な美しさとされているものに合わせるって、この作品には合わないんじゃないと思ったんです。自分だってそうですが、一人で立てないことなんて当たり前。そうであれば、構造自体をそのまま見せたほうがいいんじゃないかと、今回のような見せ方になっています。

ほかにも、壁も最初は空間いっぱいのサイズで立てたいと話していましたが、そもそもステンレス板はサブロク(3尺×6尺)とシハチ(4尺×8尺)という決まった規格しかないんですね。でも、『Clonal Image』は環境やルール、関係性の中でいろいろと形を変えるものだとうたっている作品なので、そのサイズのままでつくり直すことになりました。実は、社会の規範と私のようなテーマも込めてある展示になっています」

──たくさんの方がスマホで写真を撮られていて、まさに「繁殖」している印象ですが、どうひろがっていくのか今回も楽しみなところですか?

「そうですね。みなさんがSNSにタグ付けしてくださって、よかったーと思いながら見ています(笑)」

──最後に、これから中川さんがやってみたいことがあれば教えてください。

「『広告』になりたいと思っています。と言うのも、美術館やギャラリーの展示の機会はもちろんですが、広告が一番人の目に入ると思っていて。『繁殖』の観点は資本主義とすごく相性がいいと思うんです。今回のKG+での展示をディオールさんがご協力してくださったのもすごくいい経験で、大きな後ろ盾があると繁殖しやすいことも感じています。

特にこんな表現でと決めてないですが、私にとっては『生み出す作業』が大事なので、みんなにどんどんやってほしいと思っています。自分でグッズをつくることには抵抗があるし、価格を決めるのも価値の固定につながってしまう。むしろデータを渡して、好きに使ってほしいぐらい(笑)。トリミングも自由にしていただいていいですし、誰かを介して全然違うことに勝手につながっていってくれることが理想だなと思っています。作品も、駄菓子感覚で買ってもらいたい気持ちがありますね。剥がして持って帰ってもらう、その過程でちぎれたり汚れたりしても、それは細胞分裂で成長ですよね。人間だってしわが増えたって別に悪いことじゃないし、そういうところにもつながるかなと思います」

「clonal images」
中川もも/Momo Nakagawa

会期/2026年4月18日(土)〜5月17日(日)
会場/HOSOO LOUNGE
住所/京都府京都市中京区柿本町412
料金/無料
時間/10:30〜18:00
休館/4月28日、5月12日
URL/https://kgplus.kyotographie.jp/exhibitions/2026/momo-nakagawa/

Interview&Text: Akane Naniwa

 

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