ガラス作家 マスタニメイ インタビュー「自然界の線をガラスで表現したい」 | Numero TOKYO
Art / Feature

ガラス作家 マスタニメイ インタビュー「自然界の線をガラスで表現したい」

ガラスのパーツを繋ぎ合わせ、複雑な構造物などをかたちづくるマスタニメイ。シンガポールでグラフィックデザインを手がけた後、素材を求めてガラスに辿り着き、繊細でどこか有機的な作品を生み出している。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年4月号掲載 拡大版インタビュー)

グラフィックデザイナーからガラス作家の道へ

古民家を改装したアトリエにて。
古民家を改装したアトリエにて。

──シンガポールご出身ですが、日本に来たきっかけは?

「シンガポールで生まれ育ち、グラフィックデザイナーとして7年くらい働きながら、個人的にイラストを描いていました。その中で自分の表現したい気持ちに対して平面だと足りないような気がしてきて、最初は布などいろいろな素材を試しました。結果としてガラスが一番しっくりきたのです」

──模索の中で、ガラスに行きついたのですね。

「当時のシンガポールは、ガラスの学校もガラスの材料も少なく、深く知ることができなかったので、2016年に一度、ガラス制作を体験しに千葉県の個人工房を訪ねました。その工房のご夫婦が富山ガラス造形研究所の卒業生だったこともあり、すぐに興味が湧いたので、日本語を学んだ後、2017年に本格的に日本でガラスを学ぶため研究所へ入りました」

グラフィカルなガラス作品。左:《Passage》 右:《Three Steps》
グラフィカルなガラス作品。左:《Passage》 右:《Three Steps》

──ガラスと言えば、イタリアやアメリカも思い浮かびます。なぜ日本だったのでしょうか。

「昔から日本の建築や音楽、食など日本の文化が好きで、なかでも日本料理は旬の食材の使い方や素材を大切にするところに美意識を感じます。あと日本にはシンガポールにない四季の変化があり、その繊細さがアート作品や言葉にもにじみ出ていて、自分の作りたいものともシンクロするように思ったのです」

──好きな日本の作家やアート作品はありますか。

「中村竜治さんの『Dance』や吉岡徳仁さんの『Snow』という作品が好きです。自然現象とか空間の軽さとか、さまざまな余白の捉え方が素晴らしい。あと、グラフィックデザイナーの原研哉さんの書籍『白』にも影響を受けました。彼らの作品はミニマルで、日本でいうところの『間(ま)』や『余白』があると思っています。それらはシンガポールにはないものですね」

作品とともにショーケースの中には制作前に粘土や紙で作った模型が並べられている。
作品とともにショーケースの中には制作前に粘土や紙で作った模型が並べられている。

──ガラスのどんな部分に魅力を感じますか。

「ガラスは割れるし壊れやすいイメージですが、固くて形が変わらず腐らないなど、弱さと強さを併せ持ちます。そういった両面性といいますか、間(はざま)の感覚が面白いと思っています」

うつわ作品
うつわ作品

──創作を始めて、初期の段階から今の作風なのでしょうか。

「ガラス作家として独立したのが2021年ですが、当初はうつわに興味がありました。美術館やギャラリー、芸術祭にはよく出かけていましたが、アートを仕事にする意識はなく、いろいろとアートから影響を受けていたのだと思います。今でも依頼があればうつわの作品を作っていますが、うつわで個性を出すのは難しくて、表現を模索しているところですね。2023年にガラス作家として設備を整えた、その年に『TOKYO MIDTOWN AWARD』をいただいたのが良いきっかけになり、アートワークを創作していく活動をスタートできたように思いますただ、将来的にはうつわでオリジナルの作品を発表していくかもしれません」

自然の中のリズムや移ろいがインスピレーション源

拾ったトビケラの巣。まさに自然の芸術。
拾ったトビケラの巣。まさに自然の芸術。

──鎖のような作品はどのように生まれたのでしょうか。

「自然からインスピレーションを受けて、自然の中にある流れとリズム、変化や移ろい、動きがテーマになっています。鎖は固いイメージですが、平面的でも立体的でもあり、繋ぎ合わせてしなやかに見えるように作りました」

左:メビウスの輪のような作品《Returning-Black》 右:鎖のように連なる《Gather》

──鎖の着想源が自然だったとは意外でした。自然界のどんなものにインスパイアされるのでしょうか。

「私は動物や植物、自然の風景が好きで、それらからイメージを得ているのだと思います。生きものは生まれて死ぬというサイクルがありますし、川の流れなども『変化』というサイクルがある。そういった移り変わりや動きに惹かれます。そして、海の波や風で削れる石、地層、貝殻の形など、自然の中に存在する線を表現しています。具象のモチーフを絵画で描いていた時期もあるのですが、結局のところ、何を描いても自然には勝てないのだと感じました。だから今は、自然界の線を作品で表現したいと思っています」

左:貝殻など自然の中に存在する理由のある形や線に惹かれるという。 右:棚には、友人にもらったアガベの花茎、拾ったガラスの浮き、アベマキのどんぐりと紐が付いていた溶けたプラスチック、拾ったキジの羽などが大切にディスプレーされている。

──自然が生み出した対称性や黄金比率は素晴らしいですよね。

「そうですね。自然の中に存在するものは全て理由があり、その点に魅力を感じています」

──話を伺っているうちに、鎖ではなく脊椎のようにも見えてきます。展示の仕方、見せ方でも作品の印象が変わってきそうですね。

「吊るすことによって有機的でしなやかな動きを出すようにしました。5メートルぐらいの鎖で境界をつくり、展示空間を分ける機能を持たせたこともありました。二年ほど前にDiEGO(ディエゴ)表参道で展示を開催した時は、お客様がガラスの作品に触れるようにしました。通常の展覧会ですとガラスの展示物に触ることはできないので、空間に緊張感をもたらしたと思います」

──空間との関係性も作品の重要な要素でしょうか。

「シンガポールでグラフィックデザインを手がけていた時、インテリアデザイナーや建築家などと働き、お客様がどうやって空間を使うのかなどを意識するようになりました。その時の経験が生きていると思います。展示会場では一日の中で日の当たり方が変化するので、光と影が変わっていくのも面白いですね。光と影のほか、実体と影といった両面性や、その間にあるものも意識しています」

ガラスのアートワークで自然界のグラフィックに到達したい

炎でガラス棒やガラス管を溶かして加工する、バーナーワーク技法で制作。
炎でガラス棒やガラス管を溶かして加工する、バーナーワーク技法で制作。

──制作のプロセスを教えてください。

「制作する時は、スケッチした後に紙や粘土などで模型をつくり、一つずつパーツをつくって組み立てます。ガラスは自由な素材ではないので、柔軟性のある素材を使ってまず実体を作ります。平面を立体に変換しておいた方が想像しやすいですし、あらかじめガラスでない素材で実験した方がつくりやすいので」

柔軟性のある素材を使って実体のを制作しイメージを膨らせる。
柔軟性のある素材を使って実体のを制作しイメージを膨らせる。

──どういった技法を使っているのでしょうか。

「炎でガラス棒やガラス管を溶かして加工する、バーナーワークという技法です。パーツを接着する地道な作業ですが、自分が最も集中できて力を注ぎ込める技法だと思っています。既製品のガラス棒で、溶接してパーツとして組み立てていきます。昔はこういった素材も自分で作っていたのですが、もっと直線的で均一な仕上がりにしたいので、太さが安定している既製品を使った方がいいと判断しました。まっすぐに組み立てたいのですが、人間がやるとどうしても曲がった部分が出てきます。ただ、そういった手作業ならではの、意図しないエラーも味と捉えています」

──作られている造形を見ると、鎖や立方体の連結など、連続した形が多い印象です。

「確かに同じ形が連続している作品が多いですね。私は同じ作業を繰り返すのが好きで、やりはじめるとずっと作業していることも関係しているのかもしれません。基本的に大きな作品は得意ではないし、細かい作業が向いているんだと思います」

雪深い富山県・氷見市のアトリエ。
雪深い富山県・氷見市のアトリエ。

──富山ガラス造形研究所を卒業なさって以来、富山を拠点に活動しているんですね。

「最初はガラスの勉強のために来た場所だったのですが、いつの間にかとても好きになっていました。あまり意識していなかったのですが、海に近く、水を見る機会が多いせいか、私の作品は水や氷柱にも似ているかもしれません」

──活動拠点である富山は、自然が身近で創作には向いてそうです。

「ガラスの制作には、ここでの生活リズムが合っている気がしています。私は都会生まれですし、シンガポールや東京のエネルギーも好きですが、富山は喧騒から離れて、自分と向き合える環境なので集中できます。頭の中に余白ができる気がするのです」

──今後、挑戦したいこと、追求したいことは?

「もっとガラスの性質を理解したいですし、技術も上げたいですね。これからも今のシリーズを続けると思うのですが、やればやるほど可能性は広がると思っています」

──自然を作品へと具現化するために、でしょうか。

「自然界の無駄がない構成物をガラスで表現して、自分の作品とこの世界を繋げることに挑戦したいと思っています。言うならば、ガラスのアートワークで自然界のグラフィックに到達したいのです。私の作品は抽象的なので難しいと思いますが、できれば作品を、言葉ではなく感覚で伝えていきたいですね。コンセプトを読んでいただくよりは、見て感じていただくことで、より深く伝わると思っています」

Photos:Eri Kawamura Text:Akiko Nakano Interview&Edit:Masumi Sasaki

Profile

マスタニメイ May Masutani 1991年シンガポール生まれ。2020年に富山ガラス造形研究所を卒業し、現在も富山県を拠点に活動。ガラスという素材を用いて、自然界に存在する線や形を追求している。2026年6月13日より、東京・渋谷hide galleryにて個展を開催予定。Instagram/ @maymasutani
 

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