美食を堪能できるラグジュアリーな湯宿を拠点に巡る能登・金沢への春旅。前編の能登に続き、後編は昨年11月にオープンした和のオーベルジュ「つる幸」に滞在し、金沢の最旬アドレスへ。歴史をつなぐ料亭文化から、現代アートのギャラリーまで、何度も訪れたくなる金沢の奥深き魅力をレポートする。
1.美食を堪能するためにある宿「つる幸」
今年で開業11年目を迎えた北陸新幹線。東京から金沢まで2時間30分で到着するアクセスの良さに加え、レベルの高い食文化や工芸人気も相まって、国内外の旅行者がこぞって訪れる街に。歴史的にも伝統を守りながら、外からの刺激を柔軟に取り入れる気風があり、常にアップデートしている。だから2度、3度と訪れるたびに新しい発見があり、“金沢沼”にハマる人も多いのだ。

そんな金沢の街なかに和のオーベルジュ「つる幸」が開業。食通ならば、その名を一度は耳にしたことがあるだろう。1965年に創業し、ミシュラン2つ星を獲得するなど、金沢を代表する名料亭として名を馳せた。しかし2018年、惜しまれつつ暖簾を降ろすことに。その伝説の料亭を現代へと蘇らせたのが、新生「つる幸」だ。主役はこの地ならではの鮮度の高い食材を、現代流に解釈した加賀料理。極上の美食を堪能するためだけに、ベストな環境を備えた宿と言っても過言ではない。

以前の歴史ある外観を生かして改修した、部屋数4室の和のスモールラグジュアリーな宿。一部屋ごとに専属バトラーがつき、きめ細かいサービスを行う。到着すると女将から歓迎の思いを込め、茶室でまずは一服が振る舞われる。部屋はいずれも90㎡以上のゆとりあるスイートルームで、それぞれ異なるデザイン。今回は温故知新をコンセプトにした、グレーの聚楽壁とウッドが織りなす静謐な和モダン空間の部屋に滞在した。

長町武家屋敷跡や近江町市場も徒歩圏内の好立地に建つ「つる幸」(左)。伝統的な土壁仕上げの客室には、味わいのある能登の珠洲焼の一輪挿しが(右)。間仕切りの扉を開放すると、リビングから寝室まで広々と見渡せる。(下)。
料亭デビューは金沢で

この美食宿のもう一つの特徴が温泉だ。泳げてしまうほどの広々としたバスタブに、たっぷりと湯が張られている。旅の疲れを癒し、いざ夕食へ。カウンター割烹「つる幸 知新庵」を併設しているが、宿のゲストは部屋に設けられた料亭の個室のような専用ダイニングでいただくスタイル。まるで家に専任シェフを招いたかのように、“できたて”を寛ぎながらいただく至福の時間。家族や友人など気のおけない相手との旅なら、浴衣姿でリラックスして食に没入できる。

夕食は正統的な料亭方式で、石川の地酒「手取川」の春純米酒での一献に始まり、先付け、八寸、御碗、お造りなどコース仕立ての全12〜13品。鰆やホタルイカなどの海鮮、きめ細かい肉質と上質な油が特徴の能登牛、タラの芽やうるい、こごみといった山菜……。旬の新鮮食材をふんだんに使った料理は、海も山も近い自然豊かな金沢だから可能なもの。食を介して四季の移り変わりを愛でるために、季節ごとに訪れるのも通の楽しみ方だ。

料亭のもてなしとは、盛り付けの美しさ、器との調和、空間の設えとあらゆる面の気配りによって成り立つもの。その文化を現代につないできた加賀料理は昨秋、登録無形文化財に認定。「つる幸」では蔵に保存されていた由緒ある器も継承しており、九谷焼や古伊万里、輪島塗ほか麗しい器の数々が料理をさらに引き立てている。

五感で美食を体感し、心から満たされたなら、再び温泉に入って部屋でくつろぐもよし、散歩がてら近くのバーでもう一杯というのもいい。そういう遊び方ができるのも、抜群の立地だからこそ。
主役はお米。茶懐石風の絶品朝ごはん

朝餉(あさげ)は、気分を変えて「つる幸 知新庵」で。千利休も逗留した金沢は茶の湯が盛ん。茶懐石の作法をアレンジした朝食のメインはお米。玄米に始まり、生姜餡でいただく加賀野菜粥、土鍋の炊き立て白米、そしてお茶漬け。選び抜いた能登の米などを少量ずつ、異なる調理法で提供。しみじみと味わう、滋味深いお米のおいしさに感動しきり。

白山堅どうふ、へしこ、モーツァルトを聞かせて育った白山まいたけといった地元食材の一皿も、お米との相性抜群。石川の自然な環境で育った白い黄身の卵を使った、できたての卵焼きはふわっとした食感に心和む。

能登の米を炊き立てで。艶やかな飴釉が印象的な金沢を代表する窯元、大樋焼の土鍋と(上)。地元野菜の香の物(左)と、希少な能登牛を炊いた一品(右)。
大人でも料亭での食事となると、作法を含め敷居が高いように感じるもの。けれど現代的にアレンジされた美食湯宿「つる幸」なら、無理なく料亭デビューが叶う。いつか、と思っていた親への感謝を込めた旅にも最適な宿だ。
つる幸
住所/石川県金沢市高岡町6-5
URL/www.tsuruko.net
2.つくり手の温もりが伝わる器を集めた「shio」
古くは芸事の師匠や職人が暮らす地域だった浅野川近くの観音町。現在も人々の暮らしが息づくこの地に、昨春オープンした生活工芸店「shio」。東京在住だった店主の大野詩桜さんは震災後、友人を訪ねて能登を初めて訪れた。困難のなかで輝く、人間らしいゆとりのある生活、モノの在り方に心動かされて金沢に移住。昭和初期の金澤町家を改修した、風情ある空間にショップを開いた。

大野さんのセンスが感じられる内装。ひがし茶屋街からも徒歩圏内(上)。ガラスは金沢卯辰山工芸工房の森安音仁作品(左下)。旅の思い出に手に入れたい器たち(右下)Photos:Nik van der Giesen
店に並ぶのは、器やガラス、アクセサリーなど日常にそっと寄り添うようなアイテム。杉田明彦の漆器、吉田太郎の陶磁器など、地元の作家作品ほか世界の民芸品も扱う。金箔など煌びやかな作品が多い金沢だが、ここではつくり手の温度感を感じさせる、温かみのあるアイテムに出合える。
shio
住所/石川県金沢市観音町2-4-12
Instagram/@shio_jp_
3.「緑蔭」一杯の珈琲を待つ豊かな時間
金沢21世紀美術館近くのタテマチストリートから脇道に入ると、静かなオーラを放つ蔦の絡まる町家が見えてくる。「緑蔭」は喫茶と珈琲豆の焙煎販売を行う店。金沢生まれの店主、安福与志郎さんが、母で陶芸家の安福由美子さんのギャラリーにて、昨年8月に珈琲店を開いた。
「緑蔭」の外観(左上)。カップ&ソーサーはフランスのリモージュ磁器。端正な器の口当たりが、珈琲の味わいをさらに引き立てる。¥650〜、テイクアウトでの提供も。(右上)。店内では安福由美子さんの企画展も不定期で開催(左下)。その時々で変わる珈琲豆(右下)。
昭和の型板ガラスからの柔らかい光に包まれる店内は、ヴィンテージ家具を配した落ち着く空間。自家焙煎される珈琲豆は、オリジナルブレンドのほか、中煎りから深煎りまで9種ほど。その時の気分で豆を選ぶと、そこから豆を挽き、ハンドドリップで提供してくれる。店主の繊細さが伝わる、クリアで澄んだ味わい。丁寧な仕事を待つ時間もまた、金沢旅の良き記憶となるはずだ。
緑蔭
住所/石川県金沢市里見町6-1
Instagram/@ryokuin_
4.感性を刺激する街の新ギャラリー「YAMADART」
中心地、香林坊に今年3月オープンしたのが、現代アートのギャラリー「YAMADART」。2027年9月から改修で休館する金沢21世紀美術館の、一時移転先近くという好立地だ。アートへの造詣も深い山中温泉の旅館「花紫」が手掛ける。

山中温泉で制作活動を行う父、更谷富造に師事した更谷源。作品は直径約2mという巨大なものから、直径7cmの小さいものも。会期は4月19日まで。次回はベルギーを拠点とする作家、エレノア・ヘルボッシュの個展(5月1日〜6月21日)を予定。
かつて北大路魯山人も逗留し、さまざまな名作を残してきた加賀地方。創造の泉ともいえる地で、民族や文化を超えた現代作家が滞在し制作を行う。仕上がった作品を金沢のギャラリーで展示していくという形式だ。柿落としはNY在住のアーティスト、更谷源の個展「TAMA」。漆という伝統的であり、日常的でもある素材をファインアートに昇華。漆の珠の艶やかな曲面、多様な黒の色調が、見るものに工芸とアートの境界線を問いかける。
YAMADART
住所/石川県金沢市香林坊2-12-35
Instagram/@yamadart_japan
5.「立ち喰い鮨 人人」レモンサワーで食す鮨
ミシュラン一つ星を獲得し、富山で人気を博した木村泉美大将による鮨の名店「人人 (じんじん)」が、昨夏金沢の大工町に移転。1Fの「立ち喰い鮨 人人」は、日本のファストフードである鮨本来の姿で、気取らず楽しめるのが魅力。その心意気を伝えるべく“立ち喰い”とあるが、実際は着席スタイル。店内にはロックや昭和歌謡などが流れ、グルーヴ感満載。日曜など大将自らが握ることもあり、テンポ良く振る舞われる鮨とともに、さながら木村劇場が繰り広げられる。
店舗はグラマラスな雰囲気。より本格的な「鮨し人」「鮨し人はなれ」を含む3セクション構成(左上)。1Fの「立ち喰い鮨 人人」では10貫コース¥5,940、9貫+2品コース¥8,800(右上)も。能登塩、酒粕など10種の味わいから選べるレモンサワー¥880〜(左下)。名物アジフライ(右下)。
甘エビをはじめ北陸の旬のネタの握りのほか、富山ならでは桜鱒の押鮨など、鮨8貫に梅の茶碗蒸しとお椀で¥4,180といううれしい価格設定。短時間でいただけることも、旅には使い勝手がいい。米はもちろんのこと、創業400年の奈良の蔵元で学び、赤酢もオリジナルでつくるというこだわりぶり。酢には砂糖を使っていないため喉渇きが抑えられるのだとか。追加オーダーしたいのは揚げ立て、ひと口サイズで手渡しされる名物のアジフライ。マリアージュには、ぜひこだわりのレモンサワーを!
立ち喰い鮨 人人
住所/石川県金沢市片町1-10-5
Instagram/@sushi.jinjin_kanazawa
6.アペロに立ち寄りたい「petale.」と「rue.」
女性が堂々昼飲みできる店を、と廣瀬佑美さんがオープンしたカフェとアペロの店「petale.(ペタル)」。一昨年末、隣にフードブティック「rue.(ルー)」を開き、ますます楽しい食体験の場に。営業時間は11時30分から19時30分までで同一メニュー、通し営業なので、旅先での半端時間のランチにも、ひとり旅のアペロにもぴったり。偶然隣り合わせた地元の人と話が弾むこともあるはず。

グラスワイン¥1,000〜、干しぶどうとローズマリーのゼッポリーニ¥660(左上)。カウンターには女性客も多い(右上)。「rue.」の店内。ナチュラルワインのほか、つまみにもなる食材や調味料、お菓子なども揃う。角打ちも。
メニューは月毎に変わるが、オープン時からのメニュー、イタリア料理のゼッポリーニは必食。このほかちょこっと小皿料理、定番のプレーンオムレツやグラタンも人気メニュー。どれも地元素材を生かしつつ、程よくひねりの効いた味わいで、ナチュラルな白ワインが進むこと請け合い。気に入れば「rue.」で購入することも。旅好きの店主が各地で見つけた食材にも新しい出合いがあるはず。
petale.
住所/石川県金沢市鱗町109-1
Instagram/@petale_de
rue.
URL/www.rue.jp
Photos:Masato Shiga(Tsuruko) Edit & Text:Hiroko Koizumi Cooperation:Kanazawa City Tourism Association



















