居場所を求めて新宿・歌舞伎町に集う若者を描いた映画『炎上』。現実と空想の間を行き来する長久允監督独自のポップな表現と、森七菜の繊細な演技は、観る者を映画の中に引きずり込む。圧倒的なまでに観客を引きつける、二人の物語の伝え方とは。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年5月号掲載)

──映画『炎上』、素晴らしかったです。新宿・歌舞伎町に居場所を求めてたむろする若者たちの物語で、家を飛び出してトー横界隈にやってきた主人公の「じゅじゅ」こと小林樹理恵役を、森七菜さんが鮮烈に演じています。長久允監督の長編映画としては2019年の『WE ARE LITTLE ZOMBIES』以来の新作になりますね。
長久(以下N)「はい、ずいぶん時間がかかっちゃいました。“トー横キッズ”を社会問題として伝えるいろいろな報道を受けて、これを映画にすべきだと思い立ったのは5年前くらいです。僕は2016年、埼玉県狭山市で起きた実際の事件に触発されて『そうして私たちはプールに金魚を、』という短編映画を撮ったのですが、そのときと同じように、ニュース記事やそこから拡散されたSNSでは切り抜かれていない優しさや痛みが実際の現場にはあるんじゃないかと思ったんですね。
そこから長い間、取材を重ねながら脚本を書いていきました。そして主人公のじゅじゅ役を託したいと僕が勝手に思ったのが森七菜さんです。出演作やバラエティ番組でのお姿を拝見しつつ、まだそこに浮上していない“沸騰した何か”がある気がして。森さんのぐつぐつ煮えたぎる内側を僕自身が見たくて、面識はなかったんですけどオファーしました」
森(以下M)「うれしいです。そんなふうに自分を見てくださるなんて。役者の仕事は過去作品や既成のイメージに縛られるところがあると思うので、そこを突き破る新しい役にチャレンジする機会をいただけるのは本当に貴重なこと。私を見つけてくれてありがとうございます」
N「こちらこそありがとう。大変な役なので、出てもらえると聞いたときはガッツポーズしました」
M「やらない理由はないと思いましたね。そこから長久さんの過去の映画も拝見しました」
──かなり特殊でしょう?
M「はい(笑)」
N「僕自身は特殊なつもりはないんだけど(笑)」
M「この感性の疾走感に自分がついていけるのか、撮影前はちょっと心配にもなりました。でもそれは不安というより楽しみで。自分が出合ったことのないものに出合うために、この仕事をしているので」
N「うわっ、頼もしい言葉ですね」
M「実際、撮影はすごく楽しくて。長久さんのイマジネーションがすごすぎて、異次元に飛ばされる瞬間もたくさんありました(笑)。あと撮影しながら感じたのは、長久さんご自身が作品そのままの人だなって。これほど監督さん本人の個性と、創作したものが純粋に一致しているのは珍しいなと思いますね」

現実と境い目のないままフィクションを生きていた
──歌舞伎町に集うトー横キッズの現実に対して、どんな距離感で向き合ったかをお聞きしたいです。
N「何よりもシンパシーが大事だと思っていました。徹底して避けていたのは、知ったふうな外野の大人がコミュニティの現場を搾取するような、表面だけ切り取って物語に当てはめること。5年間の取材を通じて、僕は彼らの生活の地続きに自分を置くことを意識しました。トー横の子たちから直接たくさん話を聞いて、その過程で僕自身がいろんな影響を受けていきました。
特に感銘を受けたのは、彼女・彼らが“アスファルトのキラキラ”を見つけられる眼差しを持っていること。大人になると見つけられないキラキラです。例えば『これあげまーす』とキーホルダーやアメをくれるんですが、それが全部可愛い。鮮やかなものを見つけるアンテナの感度がみんな高いんです」
M「私は“本当だ”と思ってやっていたので、撮影期間はじゅじゅとしてしか存在していなくて……客観視は難しいです。この映画のトー横が自分とじゅじゅにとっての現実でした。実際に新宿・歌舞伎町の広場で撮影して、観光客の人たちが私たちを実際にトー横にいる子だと思って通ることもあって。フィクションとはいっても、現実と境い目のないまま生きていた気がします」
N「現場は夜遅くまでいろんな音やざわめきにあふれているんですよ。その磁場が強烈で、セットでは絶対できない撮影ができました」
M「あとメイクと衣装が大きかった。地雷メイクやミニスカートで地べたに座っていると、だんだん自分が場に馴染んでいく気がしたんです。きっと実際トー横にやってきた子たちも、こうやって周囲に同化していったんじゃないかなって」
──現場の生っぽさが映画にすごく入っていますよね。撮っていく中で脚本は変わらなかった?
N「アドリブはないですね。いつもそうなんですけど、物語作家としての自分は言葉の一語一句までものすごく重要視しているので、台詞は語尾まで厳密に発声してもらっています。あっ、でもみんなで騒いでもらった光景を引き画で撮ったときに、一度だけアドリブにしたことがありました。その意味では自分の中で新たなバランスを試みた作品でもありますね」

──この題材ならドキュメンタリーで撮るアプローチもあったかと思うんです。それを劇映画として作ることの意義は何だとお考えですか?
N「“意義”に関しては今も探している途中ですけど、ただいちばん基本にあるのは、自分が“物語作家としてできること”について常に考えているってことですね。僕には現実と同様に夢や抽象的な感覚、違う次元のことも平等に扱いたいという気持ちがあるので、自動的にフィクションとしての創作過程になる。あと、トー横界隈を取材していくと、本当にヘヴィーな現実に触れることもあるんですね。この問題を改善するためには、社会のシステムを政治や法律で変える必要があると感じました」
M「あの場所は解放区でもあるけど、キラキラした印象の裏にはいろんな危険がすぐそばにあることも事実で……私自身も“居心地の良い地獄”みたいな実感がありました。トー横の広場が青い柵で囲まれていることは、地域の安全のためには必要なのかもしれないけど、やっぱりどこか切ないですね」
N「トー横の現実を知れば知るほど苦しかった。だからこそジャーナリスティックな“ネタ”として、一時の流行や風俗で消費してほしくないという気持ちが強くなりました」
──『炎上』というタイトルは、主人公が吃音であることも含めて三島由紀夫の小説『金閣寺』を連想させます(1958年に市川崑監督が『炎上』として映画化している)。トー横キッズを“今の現象”に限定せず、普遍性に向けて補助線を引いているように思えました。
N「おっしゃるように、『金閣寺』のもとになった歴史上の金閣寺放火事件のことは念頭にありましたし、ほかにも例えば昭和初期の戯曲・映画『何が彼女をさうさせたか』ですとか、ラリー・クラーク監督が『KIDS/キッズ』で描いたNYのストリートにも通じる。つまり『炎上』は歴史や地理を超えて、30年前にも70年前にも100年前にもいろんな場所であり得た物語として捉えています」

観客とは一対一の関係 “あなた”に向けて物語を届ける
──お二人にとって物語とは?
N「ドキュメンタリーは観察者の視点に入る。でも僕は観ている人に仮想体験してほしい。『炎上』は“もし僕がじゅじゅだったら”という視点で脚本を書いて、それを森さんに託しています。もちろん、ほかの登場人物に共鳴してもらってもいい。僕にとって物語は“体験装置”です」
M「私は15歳くらいから俳優の仕事をしているので、物語は“自分の未来”として読む癖がついちゃって。台本が送られてきたときも、『これから自分が過ごす未来』が載っているものとして読むんです」
N「それ、面白いなあ(笑)。天から自分の未来の物語が降ってくる、みたいな?」
M「普段小説を読んでいても、もし自分が体験するとしたら……と仮定して読んでしまう。素直に読めなくなっているのは少し寂しいです」
──なんだかお二人、視点は違うけどおっしゃっていることは共通していますね。物語の見つけ方は?
N「強い怒りや悲しみを覚えたら、そこが物語の始まり。『ありがとうございます、この悲しみ』って(笑)。何かに対して受け入れられないと思うことがないと、物語は作れないと思っています」
──物語を作ることはセラピー的な側面もありますか?
N「ありますね。僕の映画は出だしが絶望の底で、そこからちょっとだけ上がる話ばかり。本当に“ちょっと”だけ(笑)。マイナス100からマイナス99になることをハッピーエンドと呼びたい」
──名言ですね。最後に物語と鑑賞者の関係について、どう考えているかお聞かせください。
N「僕は“ある一人”のために作っています。“あなた”のために。一対一の関係です。映画はたくさんの観客に広く共有して届けるものですが、でも僕は“あなた”の目だけを見て作っています」
M「私も一対一が好きです。不特定多数のみんなに向けた物語もイルミネーションみたいで素敵だけど、自分が拾ったひとつの星を、誰かに渡すくらいの輝きが、自分の伝え方として性に合っているといつも思っています」

『炎上』
自身の感情を表現することが苦手な樹理恵(森七菜)はある日、家族との関係に耐え切れず家出。SNSを頼りに辿り着いた先は新宿・歌舞伎町だった。さまざまな人と出会い、自分の意思を持つことができるようになった彼女にとって唯一安心できる居場所となったはずだったが……。
監督・脚本/長久允
出演/森七菜、アオイヤマダ、曽田陵介
2026年4月10日(金)全国公開
URL/https://enjou-movie.jp/
Photos:Kisimari Interview & Text:Naoto Mori Hair & Makeup:Boyoen Iee Styling:Mayu Takahashi(Nana Mori) Edit:Mariko Kimbara
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