後藤正文が目指す、新しい音楽と制作のあり方。藤枝市のスタジオ「MUSIC inn Fujieda」に込めた思い
Culture / Feature

後藤正文が目指す、新しい音楽と制作のあり方。藤枝市のスタジオ「MUSIC inn Fujieda」に込めた思い

お金や時間ひいては自分を犠牲にしなければ、いいクリエイティブは生まれないのか。次世代の担い手にバトンをつなぐため、慣習に立ち向かう2人のクリエイターに話を聞いた。1人目はASIAN KUNG-FU GENERATION ボーカル&ギターの後藤正文。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年4月号掲載)

貨幣の論理だけでは測れない価値を持続可能な形で守っていく

ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」の後藤正文が中心となって立ち上げた特定非営利活動法人「アップルビネガー音楽支援機構」は、インディペンデントに活動するアーティストを継続的に支援することを目的としている。その代表的な取り組みが、静岡県藤枝市で3月22日にグランドオープンを迎えた滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」だ。制作のために泊まり込みができるスタジオを街のなかに据え、そこを拠点にさまざまな実験を重ねている。

「自分でレーベルをやったり、友達の制作をエンジニアとして手伝ったりするなかで、インディーの録音環境が構造的にかなりしんどいなと思うようになったんです。レコーディングはどうしてもコストがかかるし、いい音で録ろうとすれば、相応の空間と設備が必要にもなる。

だからこそ、働きながら音楽を続ける人たちが、思う存分スタジオに入って録るのってかなり難しい。限られた時間と予算のなかで、失敗できない空気のまま録らなきゃいけないんですよ。ただ一方で、スタジオって正直、商売として成り立っているかどうかはだいぶ怪しい。機材費も人件費も管理費もかかるし、そういった固定費のことを考えたら、簡単に使用料を下げられないのも確か。だからこそ、スタジオ業は半分くらいは善意で回っているような感覚もあるんです」

築130年の土蔵を改装したスタジオ「MUSIC inn Fujieda」には、後藤が無償提供した本格機材が揃う。 Photo:Saki Yagi
築130年の土蔵を改装したスタジオ「MUSIC inn Fujieda」には、後藤が無償提供した本格機材が揃う。 Photo:Saki Yagi

 

そこで後藤が考えたのが、新しい環境そのものを生み出すことだった。

「東京でほかの仕事を抱えながらセカセカ録るよりも、地方で何日か腰を据えて録ったほうが、気持ちは切り替わる。実際、地方や海外でレコーディングすることで、新しいクリエイティビティが生まれることも多い。設備の面でも、土地に余白がある場所のほうが、思い描くスタジオを作れる可能性が高いと思いました」

同時に、音楽制作の場でありつつ、地域と接続した拠点としての構想も広がっていった。それは、防災や福祉支援にまで及ぶ。

「静岡県は大きな地震がいつ起きてもおかしくない場所。東北や能登の震災でも、バンドマンって物資を集めて運んだりしてたじゃないですか。だったら、音楽の施設が有事のときのハブになってもいいんじゃないかと。ロンドン周辺のパンクコミュニティの形を理想としていて、スタジオだけではなく、相互扶助が自然に機能する場を作りたい。お腹が空いた子どもがカレーを食べに来てもいいし、こういった取り組みは新しいパンクの形だと思っています」

一方で、常に立ちはだかるのが、やはり資金の問題だ。建築にも設備にも、どうしてもお金はかかる。

「商品を貨幣で買うという交換様式からは逃れられないけど、ほかのやり方もあると思うんです。マネーゲームになると採算が優先されて文化は育たない。目指すのは、消費者と提供者に分断された形ではなく、互いに当事者として関わる関係です。MUSIC inn Fujiedaを日々支えてくれているサポーター会員にも、スタジオを使うバンドマンにも自分たちの場所だと思ってほしいです」

新たな音楽と制作のあり方をもう一度考え直すための制度設計への挑戦。高い都心コスト、短期決戦の録音、消費者としての利用──そうした業界の慣習を、場所と共同体の設計から問い直す。

「藤枝市にスタジオを作った理由は、単にアーティストが音楽を安く録れる場所が欲しかったわけではない。のびのびと制作に没頭できる環境を確保して、貨幣の論理だけでは測れない価値を守り、地域とつながりながら持続性をもってやっていきたいんです」

それら一連の挑戦は、音楽の作り方だけでなく、音楽の支え方そのものを更新する試みと言えるだろう。

Interview & Text:Tsuyachan Edit:Miyu Kadota

Profile

後藤正文 Masafumi Gotoh 1976年、静岡県生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギター。新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。インディーズレーベル『only in dreams』主宰。Photo:Saki Yagi
 

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