漫画家・谷口菜津子インタビュー「心から自分が必要としている漫画を生み出したい」 | Numero TOKYO
Culture / Feature

漫画家・谷口菜津子インタビュー「心から自分が必要としている漫画を生み出したい」

話題作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』をはじめ、日常に潜む違和感をすくい上げる作品で支持を集める漫画家・谷口菜津子。彼女が創作のなかで大切にしているのは、「自分が正しいと思わないために」描き続けることだ。その姿勢が、読む人それぞれの居場所をひらいている。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年3月号掲載)

ジャケット¥282,700 ドレス¥336,000/ともにMax Mara(マックスマーラ ジャパン)
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自分が正しいと思わないために

──10年ほど前までは谷口さんの作品といえばエッセイ漫画という印象が強かったのですが、ストーリー漫画を多く描かれるようになったきっかけは何かあったのでしょうか?

「具体的なきっかけみたいなものはないのですが、物語を作ることも子どもの頃からずっと好きで、オリジナルストーリーを描いてみたいと漠然と思っていたんです。それと同時にエッセイ漫画を描くことに少し飽きていたり、限界をうっすら感じていたりもしました」

──そうだったんですね。

「はい。自分にとって良くない漫画を描いているつもりはなかったんですが、自分のことを考えすぎることによって自意識が悪い方向に働いてしまって。そんななか、食べ物や人間関係に目を向けることによって、自分に矢印を向けすぎなくて良くなり、楽になったんです。でも当時の担当編集さんにストーリー漫画のネームを持ち込んでも、なかなか取り合ってもらえませんでした。そんなとき、最初の単行本の編集を担当してくれた方の紹介で漫画誌の編集者と出会い、指導を受けながら読み切り作品でストーリー漫画を描くようになりました」

──ストーリー漫画をスムーズに描けるようになったのは、いつ頃からでしたか?

『教室の片隅で青春がはじまる』という漫画は、かなり『自分の描きたいものを描いてやろう』という気持ちで描きました。『自分が必要とする漫画を描こう』といった感じで初めて描けた作品でした」

──そして『今夜すきやきだよ』と一緒に手塚治虫文化賞新生賞を2022年に受賞されましたね。

「一回、むちゃくちゃ好きなものを描いて、そこからもう少し売れることを意識して漫画を描こうと思っていたので、すごくいい評価をいただけてうれしかったですし、びっくりしました」

──どちらの作品も多様性がテーマの一つになっていましたが、社会的なテーマを取り上げようと考えたきっかけは何だったのですか?

「手塚治虫文化賞をいただいたときに『多様性を柔らかな筆致で描いた』と評価していただきましたが、多様性を作品に入れようという意識はあまりしていなくて。社会的なテーマにしても『今こういうことで困っている人がいるから作品に入れよう』というよりも、自分が実際に生活をしていて嫌だったことや、自分の身近に起きた『これをどうにか解決したい』みたいなことを中心に描いています」

──では、ごく自然に作品の中に取り入れていた?

「そうです。『こんな漫画があったらいいだろうな』みたいに。誰かが『自分に重ねられるキャラがいないな』と落ち込まないような作品にしたいと思って描いています」

悩み、考え続けながらの創作

──連載中の『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は複雑なテーマも取り扱っていますが、描くうえで気をつけていることはありますか?

「正しい価値観というのは、そもそも無いと考えていて。私と真逆で『女が料理をすべきだ』と考えている人がいたとしても、その人個人の中で抱えるだけであったら間違ってないと思うんです。価値観を押し付けることがよくないと私は思っているので、その人が読んだときに『自分はダメなのかな?』と感じさせないようにしたいと思っているのですが、やっぱり難しいです。たまに『この漫画を読んでいると、女の子らしく生きようとしている自分が悪いように思ってしまう』といった感想も見つけてしまったりするから『どう描けば良かったのだろう?』というのは、ずっと悩んでいます」

──一巻のあとがきに「(主人公の)海老原勝男の物語は、私自身に対する警告のようなところがある」とありましたが、歳を重ねるごとに社会とのずれが生じていると感じられていたりするのでしょうか?

「とても感じています。夫も漫画家で、若いアシスタントさんがたまに家に来たりするのですが、彼らにとって私は、上司の妻であり、漫画家の先輩でもあるから、彼らは本音でしゃべれていないと思うんですよ。だから下の世代の方々が言ったことを文言どおりに受け取ってはいけないと思うし、しゃべっていて価値観の違いを感じないのも、もしかしたら彼らが私に合わせてくれているだけで、もしかしたら老害のスタートみたいなところもあるかもしれない。だから今すごくドキドキしている時期です」

──価値観をアップデートするために意識的にされていることは?

「まず自分が正しいと思わないように生きていますし、漫画も『これが正解ではない』と思いながら描いています。むしろ読者の方からもっと素晴らしい答えが見つかるんじゃないかくらいの気持ちでいます」

──だから読者の方からの感想や反響を読んでいると、ご自身のSNSで投稿されているのですね。

「そうなんです。ですが最近はドラマ版の反響がすごすぎて、インタビューにいっぱい答えていたら真摯な意見だけでなく、けっこう傷つくようなコメントを書く人もいて。『この人たちとどうやって話し合っていけばいいんだろう?』と考えすぎてしまい、『SNSを見るのは休憩しよう』という時期もありました」

──建設的な意見は、作品に活かすこともあったりするんですか?

「完全に作品に持っていこうと思うことはないですが、考えるきっかけにはいっぱいなっているので、ありがたく読んでいます」

──クリエイションでいちばん大事にしていることを一言で表すと?

「楽しさ。それがないと、やっている意味がないなと考えていて。自分の人生を豊かにするために漫画を描いているところがあるので、そこから外れないで作っていきたいなと思っています。売れるためだけに頑張りたいとか、苦しいけれどこのジャンルで描こうとか、そういうのではなく、本当に心から自分が必要で生み出したいという感情をすごく大事にしたいです」

──でも自分が必要だと思っているものと、ほかの人が必要だと思っているものが一緒なのは幸せですよね。

「そう、みんなが欲しいものと自分が欲しいものが重なったとき、なんかいい感じになるなって。やっぱり読者の方からのお手紙でも『この漫画を読んで頑張ろうと思いました』とか、『前向きになりました』といった言葉をいただけると、お互いの需要と供給が一致したみたいなうれしさがありますね」

Photo:Asuka Ito Fashion Director:Ako Tanaka Hair & Makeup:Moe Hikida Interview & Text:Miki Hayashi Fashion Associate:Makoto Matsuoka Edit:Saki Shibata

Profile

谷口菜津子 Natsuko Taniguchi 1988年生まれ、神奈川県出身。漫画家。ウェブ、情報誌、コミック誌等で活動。『comicタント』にて『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を連載中。2022年に『教室の片隅で青春がはじまる』『今夜すきやきだよ』で第26回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した。
 

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