サウンドアーティスト・細井美裕インタビュー「聞こえないものを、聞くために」
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サウンドアーティスト・細井美裕インタビュー「聞こえないものを、聞くために」

国内外の美術館でサウンドインスタレーションを展示したり音を使った舞台作品を手がけるサウンドアーティストの細井美裕。彼女が表現する音は、私たちに答えの出ない問いを投げかける。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年3月号掲載)

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時間の違いを描き出す

──音を用いた表現であるサウンドアートを制作されています。

「あくまで個人的な基準ですが、私にとって一般的な音楽は“誰かのためのもの”である一方、サウンドアートは“自分の問いを置いておくための空間づくり”という感覚で向き合っています。音というメディアを使いながら『この場所で、こういう雰囲気や照明の明るさで、この距離で聞いてほしい』と考え、空間そのものを作っていく。発表形態はサウンドインスタレーションが中心ですが、舞台作品や実験的な映画の音も手がけています」

──森美術館で開催中の「六本木クロッシング2025展」の展示作品『ネネット』は、装置としてのたたずまいも印象的です。

「スピーカーの面をあえて見せないようにしたのは、鑑賞者の心の中で見てほしい対象があるから。ネネットはパリ植物園の中にある動物園で50年以上暮らしているメスのオランウータンで、作品に使っているのは檻の前で録った音。ネネットは高齢でほとんど動かず、声も出さないので、聞こえるのは子どもの笑い声や飼育員の鍵など、周りの人間が立てた音。彼女自身ではなく、それに対して私たち人間がどう接したかを提示しています。

この作品を含む『ヒューマン・アーカイヴ・センター』は、さまざまな場所で対象と人間との関係性を記録するシリーズです。例えば第一作の録音場所は、ルーヴル美術館の『モナ・リザ』の展示室。誰もが写真を撮ろうとするなかで、私はカメラではなくレコーダーを回しました。『セルフィースティック禁止です』という警備員の声や、響き渡る赤ちゃんの泣き声などを通して『モナ・リザ』が人間にとってどれだけ熱狂的な対象だったか、その時点の“私たち”の姿をアーカイヴする試みですね」

対象と人間との関係を記録する「ヒューマン・アーカイヴ・センター」シリーズの新作。パリ植物園で暮らすオランウータン「ネネット」と人間たちとの、時を経て変わりゆく関係性が示唆される。 細井美裕『ネネット』 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹
対象と人間との関係を記録する「ヒューマン・アーカイヴ・センター」シリーズの新作。パリ植物園で暮らすオランウータン「ネネット」と人間たちとの、時を経て変わりゆく関係性が示唆される。 細井美裕『ネネット』 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹

──今作でオランウータンを対象として選んだ理由は?

「展覧会テーマの『時間』にうまくつながると考えたからです。彼女は最初、あの場所に見世物として連れて来られたかもしれない。そして今は、その姿に罪悪感を感じる人もいるでしょう。私自身、録音するうちにつらい気持ちになってきて。でも彼女が不幸かどうかは、誰にもわかりません。そのようにして、ネネットと私たちの関係は時とともに変わっていく。キュレーターからは、ネネットには毎日が反復である一方、人間の側は一瞬だけ来て去る点にそれぞれの時間の違いがあるという指摘がありましたが、まさにそのとおりだと感じます」

音を通じて問いを続ける

──この表現を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

「音に興味を持ったきっかけは、高校の入学式でコーラス部の合唱を聴いたこと。曲は武満徹の『混声合唱のための『うた』さくら』でした。その学校のコーラス部は世界大会で優勝するほど有名で、入部していろいろなホールで歌ううちに、場所によって音の鳴り方が違うことに気づかされましたね。その後、大学の美術史の授業で、自分が触れてきたのは現代音楽というジャンルだということがわかり、そこからフルクサスなどコンセプチュアルアートの作品に触れるなかで『私も作ってみたい』と思うようになった。たまたま音がバックグラウンドだったので、表現形態としてサウンドアートを作るようになったという流れです。

当然、音だけを作るのではなく、どのスピーカーをどういう角度や音量で設置するか、空間や鳴り方まで、考えることは多岐にわたります。ただ、2019年にスピーカーがたくさん並ぶ作品を制作したときから、スピーカーとの葛藤が始まってしまった。私が伝えたいコンセプトより、機材の見た目の強さに魅力を感じる人が多いことがわかったんです。だったら逆に隠してしまおうとした反抗期もありましたが、今は存在を認めた上で向き合えるようになりました」

──音楽のように作曲はしないけれども、環境そのものを作り込んでいるわけですね。

「私自身、サウンドエンジニアのアシスタントをしていた経験もあり、フィールドレコーディングといっても、ただ録って出しているだけでは決してないと考えています。今回撮影していただいた写真にしても“ただ撮っている”だけじゃないですよね。じっくりコンセプトを詰めてから録音して、その後も細かいエディットを重ねていく。とはいえ『エディットしてるな』と思われると、技術が前に出すぎてコンセプトが伝わらなくなってしまう。なるべく自然に、音として事実をねじ曲げないよう配慮しつつ、印象を調整しています」

──クリエイションのなかでいちばん大切にしていることは?

「“問いを置く”こと。私自身、作品を通じて解を出すことはできないし、押し付けたくはない。自分でも、同じ作品について10年後に考え直したらどんな違いが生まれるだろうという興味があります。でもそれは音に限らず、どんな表現にも通じることではないでしょうか。文芸誌『新潮』のエッセイにしても同じ気持ちで取り組んでいますし。ただ、音の作品は見た目がないぶん、作家の印象や経歴など事前の信用によって、どれくらい本気で聞いてもらえるかが左右される。人間関係のコミュニケーションにも似ていると思います」

──答えのない問いを続けていくのは大変ですが、その原動力はどこから来るのでしょう。

「どの作品にも『自分がこれをやることは避けられない』といえる“不可避さ”があり、それが『前回できなかったことをやりたい』という形で続いていく。自分でも根暗だと思いますが、そうやってつながっていくからこそ、やめられないんです。私が格好いいと思うアーティストの方々も、傍から見たら『もういいのでは?』と思うようなことをずっと探求し続けている。そうやって不可避さをずっと探し続けられる人でないと、どこかで創作が終わってしまうような気がしていて。だからこれからもずっと問いを置いて、考え続けていけたらいいなと思いますね」

 

「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」
会期/2025年12月3日(水)~2026年3月29日(日)
会場/森美術館
住所/東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー
時間/10:00~22:00 ※火曜日のみ17:00まで
URL/https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2025/

Photo:Akihito Igarashi Styling:Yoshiko Kishimoto Hair & Makeup:Risa Chino Interview & Text : Keita Fukasawa Edit:Saki Shibata

Profile

細井美裕 Miyu Hosoi 1993年、愛知県生まれ。サウンドインスタレーションや舞台作品を中心に制作を行う。過去の展示に、バービカン・センター(ロンドン)、IRCAM(フランス国立音楽音響研究所)など。
 

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