映画監督・河瀨直美インタビュー「『対話』には世界を ポジティブに変える力があると信じています」
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映画監督・河瀨直美インタビュー「『対話』には世界を ポジティブに変える力があると信じています」

西洋優位、男性優位の映画社会で、『殯(もがり)の森』がカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得するなど国際的な評価を得て、道なき道を切り拓いてきた映画監督の河瀨直美。本質を追求しつづけるその姿勢に学ぶ。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年3月号掲載)

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虚実を超えた“本物”を捉える

──新作『たしかにあった幻』は「失踪」と「臓器移植」の現実を重ねて描いています。どのようにこの題材を選ばれたのでしょう。

「失踪と臓器移植。この二つには、本人の意思が介在し得ない状況下で、遺された家族が過酷な選択を委ねられるという共通点があります。私が描き続けてきた『生と死』、そして死の後に存在する、遺された人々の想い。それらを接続するための共通項が、そこにあると感じました」

──本作でも、生と死の境界線は非常に鋭く、かつ曖昧で丁寧に描かれています。

「生きている人の感情はあからさまですが、死者の想いは誰にもわかりません。だからこそ、そこにはいない人の存在や、目に見えないものを立ち上がらせるためには、遺された者たちの葛藤や感情を丁寧に描くほか方法がない。映画ではそのことを常に意識しています」

──出自であるドキュメンタリーの地平を感じさせる、本物の記録かと錯覚するほど生々しいシーンの数々にも圧倒されました。

「『強い風が吹いても倒れない、強靭な表現』をつくりたい。それは作品の中にも『本物』の何かを残したいという意思でもあります。今回、病院のシーンでは徹底して『境界』をなくす工夫を凝らしています。私自身も白衣を着て黒子となり、病院内を普通に歩けば患者さんに話しかけられるような状態で過ごしました。スタッフ全員が医療従事者のユニフォームを着て、機材を隠し、現場全体を医療現場そのもののように作り替えたのです。

特に子役の子たちが『映画を撮っている』と意識せず、『自分は本当に入院しているんだ』という感覚に陥ることが重要でした。カメラを構える人も医師に見える。ギリギリの虚実の境界を行き来することで、演技を超えた生身の何かがスクリーンに定着します。映画はフィクションですが、そこに流れる感情は噓であってはいけない。今ある現状をそのままに捉えるドキュメンタリー性が、作品に強度を与えてくれると信じています」

──劇中では、救われた命を素直に「良かった」と言えない社会の空気も描かれています。

「我が子の臓器移植を待つ親御さんは、『早くドナーが現れてほしい』という切実な願いを抱えていますが、それは同時に『誰かの死を待つ』ことにもなってしまう。日本人の美徳でもある『他人に迷惑をかけない』という無言の圧力のような影響も大きくて、もたらされた奇跡を素直に祝福できない。そんな日本人の特性も含めて、現状の課題に向き合いたいと考えました」

──「時間は僕らの中にある」というセリフも象徴的でした。監督は「時間」の概念をどう捉えていますか?

「時間は私の映画にとって永遠のテーマです。物理的な時間は誰にでも平等に過ぎますが、心の中にある時間は人それぞれ。楽しい時間は一瞬に過ぎ、つらい時間は永遠のように感じます。映画は、その主観的な時間を行き来できるメディアであり、私にとって時間は『感情』と置き換えられるものかもしれません。過去の出来事をネガティブに捉えればそれは苦悩の時間になりますが、『あれがあったから今がある』と肯定できれば、時間は未来へ手渡せるバトンに変わる。世界を変えるのは環境ではなく、時間を司る自分自身の心なのかもしれません」

この地球から無駄な争いをなくしたい

──日本と諸外国の組織のあり方で差を感じる部分はありますか?

「日本は8~9割方のプランニングを固めてから動く傾向がありますが、フランスなどでは2~3割のプランで現場に入り、瞬時の変化を許容する思い切りの良さと、自由さがある。一度決めたことを変えられない日本の硬直さは、表現者にとっては大きな壁です。さらに特定の誰か一人がすべてを背負う『属人化』した体制になりがちな問題もあります。一人で背負う美学も否定しませんが、その人しかできないことが多くなると、それは組織としてのサステナビリティが失われてしまいます」

──その「働き方」をアップデートするために、監督の現場ではどのような実践をされていますか?

「かつての映画現場は、監督を頂点としたピラミッド型でしたが、『河瀨組』ではなるべく多くの人と意見を交えるため、部署の境界を曖昧にしています。毎回撮影後に行うミーティングでは、全員が対等な立場で問題を共有します。『それは私の仕事じゃない』と互いに線を引くのではなく、照明部が撮影部を助けたり、録音部の声に耳を傾けたり、領域を超えて対話を重ねる。そうすることで、組織はより強くなります。働き方については私たちの世代が丁寧に時間をかけて環境を整え、次の世代に渡していくべきですが、一方で若い世代にはその人なりの別の感覚とやり方がある。そこはお互いに対話を重ねていくことで解決していきたいです」

──近年、東京五輪や大阪・関西万博など、国家プロジェクトにも関わってこられました。作家としてどのような使命感を感じていますか?

「プロジェクトの大小にかかわらず、私の願いは一つ、『この地球から無駄な争いをなくしたい』ということ。人間は善と悪を併せ持って生まれてきてしまったがゆえに、当人がどちらを選ぶかによって未来は変わってしまう。違う考えを持つ者同士は分断しますが、だからこそ、ちゃんと『対話』を重ねる必要性を感じています。そこで初めて新たな解決策が見えてくる。私が万博でプロデュースしたパビリオン『Dialogue Theater ーいのちのあかしー』も、その想いで制作しました。情報に忙殺され、自分の心で感じる時間が失われつつある今、領域を超えた対話こそが、未来を切り拓く力になるのではないでしょうか」

──国際的な評価を得ながらも、絶えず作品を生み出し続けるその原動力はどこから来るのでしょう。

「私自身の私利私欲はあまりなく、常に社会の『影』にある課題意識が原動力になっています。ハンセン病、不妊治療、そして今回の臓器移植……。表層的な華やかさの裏で、見落とされがちな存在を知るための窓口になりたいのです。その渇望が私を突き動かしています」

──世界へ挑む次世代の女性クリエイターたちへどんなことを伝えたいですか?

「自分の考え方を信じて、もっとオープンに世界を広げていってほしい。あなたの感じる違和感や、あなただけに見えている光を、決して手放さないでください。そうすれば、あなたという存在を包括した、多層的な世界を形にできるはずです」

 

『たしかにあった幻』
監督・脚本・編集/河瀨直美
出演/ヴィッキー・クリープス、寛一郎、尾野真千子、北村一輝
URL/https://happinet-phantom.com/maboroshi-movie/
全国公開中

Photo:Akihito Igarashi Hair & Makeup:Mariko Imamura Styling:Yoshiko Kishimoto Edit:Mariko Kimbara

Profile

河瀨 直美 Naomi Kawase 映画作家。生まれ育った奈良県を拠点に映画を創り続ける。1997年にデビュー作『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを、2007年『殯の森』でグランプリを獲得するなど、国際的に高い評価を得る。
 

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