曇り空のような、水墨画のような繊細なグレーのグラデーションと端正なラインが生み出す、ミニマルなガラスの器。ガラス作家・波多野裕子は、砕いたガラスの粉末を型に詰めて焼成する、伝統的なガラス工芸のパート・ド・ヴェール寄りのキルンキャスティング技法を用いて、日常に寄り添う道具を作る。そこにたどり着くまでの道のりとその創作への率直な思いをたずねた。

舞台照明、陶芸を経て、ガラスの世界へ
──もともと工芸の世界には興味をお持ちでしたか。
「幼い頃から、ままごとで石器や土器を作って大昔の原始人ごっこをしたり、『大きな森の小さな家』シリーズの物語の中の、自分で編んで麦わら帽子を作るという世界観に憧れていました。そんなふうに物心ついた時から、何かを作ることが好きだったのだと思います。小学校では、学校に陶芸の窯があったのもあり、陶芸クラブに入ったりしていました」
──原始人ごっこをされるということは博物館に行くのも好きだったのでしょうか。
「土器や石器を見るのは好きですが、博物館では展示品に触れられないので、見るだけでは飽き足らず、その先に自分で手を動かして触って試したいという気持ちがあります」
──小学校から親しんでいたという陶芸ですが、職業とは結びつかなかったのですか。
「あまり結びついていなかったと思います。 大学では陶芸部もあったので見学はしましたが、入部せず、オールラウンドサークルに入りました。ですが、やっぱりつまらなくなく感じ、その後、舞台美術研究会に入りました」

──舞台美術研究会ではどんな活動を?
「演劇サークルの舞台美術や舞台照明、文化祭の看板、早慶戦の応援用のパネル看板作りをしていました。 私は大雑把なところがあり、板を寸法通り正確に直角に切ることが苦手で、気づくと斜めになっていたようで、装置には向いていないようでした。それもあり照明を担当し、文化祭の前夜祭で、ジャズサークルのコンサートやダンス公演の照明を手がけていました。
光で強弱をつけたり、色を取り入れたりという作業は面白く、思い返せば、その時の経験が今に至っているように思います。大学卒業後は、一度はテレビ番組の制作会社に入社しました。ただテレビ番組の制作は基本的には構成・演出が中心で、私はどちらかというと美術のほうで手を動かしたかったのだと思い返し、3カ月くらいでやめてしまいました」
──それは次の道を探すために?
「何かやりたいことが決まっていたわけではなく、やめてから次のことを始めるまでの期間は長かったような気がします。そんな中、陶芸を再開しましたが、仕事にしようというのではなく、何か手を動かしたいという趣味の延長でした。それでも本格的に学べる陶芸教室だったので、登り窯で焼いたり、その灰で釉薬を作ったりしていたら歴は長くなり気がつくと、初心者クラスを教えるようになっていました」


──それでも陶芸を生業にするという気持ちはなかったのでしょうか。
「ありませんでした。教室に通っていた中には陶芸家になった友人もいますが、私はしっくりこなかったのです。他にも、銅の鍋を作りたいと鍛金教室に通ったり、小さいスプーンを作りたいと思い、彫金を学んだりもしました。ですが、どれも仕事ということではありませんでした」
──どのようにしてガラス作りに出会ったのですか。
「陶芸は極めたわけではありませんが、私の中ではどこかやり尽くしたような感覚がありました。そんなとき出かけた新宿のリビングデザインセンターオゾンで開催されていたクラフトフェアで、パートドヴェール技法の作家さんの作品に出会ったのです。作品を見て、『何だろうこれは』と思い、早速どこか体験できるところはないか調べました。最初に見つけた教室は少し体験させてくれる程度でしたが、しばらくして見つけた別の教室では、 粘土で原型を作ってから石膏で型を取り、ガラスの粉を入れて焼いて、最後研磨機で削るまで、最初から最後まで一連の作業をやらせてもらいました」
パートドヴェール技法を再解釈した自己流スタイル

──そこからパートドヴェールにはまっていったと?
「私は陶芸でも、ろくろの成形よりも削って自分の理想の形に仕上げていく作業が好きだったのですが、その教室では、先生が好きなようにやらせてくれ、延々と削ることができたのが楽しくて、通うようになっていました。先生が褒め上手だったこともあり、次第に習うというよりは、作品制作へと気持ちがシフトしていったのです。その後、『工房からの風』という野外展覧会に出展したのをきっかけに作家活動が始まりました」
──これだと思って進んで、そこに迷いはなかったのですね。
「自然に足を踏み入れ、ありがたいことに作品の依頼もあり、 周りに道に乗せてもらって、気づいたらその道を突き進んでいました。2011年頃から始めましたが、クラフトブームという時代に後押しされて、今に至っています」

──パートドヴェール技法に出会って、 作りたいものが見えてきたんでしょうか。
「私が初めて見たパートドヴェールの作品は、まるで発掘品のような質感でした。一般的には、パートドヴェールは装飾性が高い作品が多いのですが、デコラティブではなく、表面が凹凸していて出土品のような佇まい。それこそ子どもの頃に、ままごとで作っていた土器、石器を思い出させました。考古学にも興味があったこともあり、発掘品のように見えるガラスにとても魅力を感じたのです。
そして、パートドヴェールは、原型を粘土で作るのですが、陶芸をやっていた私にとってはそこもしっくりきました。当時、ろくろを引いて型作りから自分でやるのは珍しかったようです。だから、ガラスが好きなのかと聞かれると、それはよくわかりません。原型を作ること、石と陶器とガラスの間のような色合いと質感、発掘品のような佇まい、私の好きな要素が全て一つにまとまっている感じに惹かれたのだと思います」

──作品制作において追求しているものは?
「形状と色です。この色については、 舞台照明をやっていた時に好きだった色に似ていると、 大学時代の友人には言われます。照明の色なのかどうかは分かりませんが、 照明の色というとカラフルなイメージがありますが、私の照明は渋めの色でした。基本的に、強い色はあまり得意ではなく、どんなものでもグレーっぽい色味が好きだったのだと思います。 なのでパートヴェールでもカラフルではなく一段フィルターがかかったような色味を好んで作ります。 少し赤みを足してみたり、 青っぽくしたり、 その時々で自分の中の流行りがありますが、グレーの範囲内で、曖昧なニュアンスカラーを追求しているのかもしれません」
色も形も納得いくまで突き詰める

──色を生み出す上でのインスピレーションは?
「おそらく色は日々ずっと見ているのだと思います。例えば、クリスマスローズの紫だけどグレーっぽい、濁りを帯びた色味、それにコンサートに行っても気づくと照明に目がいきます。中でも、緑と紫の発色の強い上部ではなく、薄くなっている下のほうでスモークがたかれ、さらに淡くなった緑と紫の組み合わせが好きで、作品にもよく取り入れています。見た人も気づかないほど本当に微妙な色の組み合わせを表現しています」

──では形における自分らしさはどう表現しているのでしょう。
「人によって心地いい形があると思いますが、私にとっては、グラスだったらシャープなラインとお尻と口の形のバランスです。原型は全てろくろを引いているので、同じように見えるグラスも、二つと同じものはありませんし、きっちり揃えようとはしません。特に、蓋ものは毎回好きなように作っていきます。 形を作ることはやっぱり楽しいです」

──自分の中で納得のいくいい色とは? 形と色が合致した着地点のようなところはありますか。
「色はだいたい基本のレシピのようなものが何パターンかあり、 その時々で少し調合を変えたりしています。焼き上がりが少し違うように思えても、研磨しているうちに、ガラスの厚みの変化で色の見え方も変わり、納得の位置に着地したりもします」
──例えば、陶芸だと最後の窯入れで割れてしまうなど予測不能なことが起こり、その偶発性も含めて魅力という部分があると思いますが、ガラスにおいてはどうですか。
「私に関しては、窯から出した後の作業が多いため、陶芸ほどは窯から出して終わりということではありません。色の混ざり具合というのは、その時次第で計算できることではありませんが、そこから研磨によって自分好みに薄さや形を調整できます。 陶芸において、私が得意でなかったのは、 ろくろで引いたサイズから焼き上げると縮むということでした。 縮みも想定して作ることが、自分の中にすっと入ってこなかったのです。ガラスは縮みがない上に、窯出し後、もう一度、自分で手触りや口元の質感を変えられる。 最後は自分の手に委ねさせてくれる、納得いくように終わりを決められる点が魅力だと思います」
(上・左)何台もの研磨機を使いわけながら、何段階も研磨して仕上げていく。(上右)形を整えたガラスの厚みをさらに薄く、表面の質感を滑らかに調整していく。(下)ヒップラインの窪みなど、形状のディテールをさらに滑らかに納得のいくまで整え続ける。最後、機械の届かない細部や繊細は一輪挿しの口などは手作業で研磨する。
用の美の中で自由に表現する
──ところで、波多野さんが作るものは、アート作品というよりも道具でしょうか?
「使うものです」
──だとすると使い手のことを想定したりもするんでしょうか。
「細かくは想定はしていませんが、例えば、グラスならば口当たりなど想定しながら厚さ、重さを考えます。やはり手で持った時の触感はとても大事にしています」
──ランプシェードも作っていらっしゃいますが、これは舞台照明の経験が関係していたりもしますか。
「あるかもしれません。ですが、ランプシェードはそこまで実用性を重視しておらず、どちらかというと舞台照明的な考え方で、雰囲気づくりの演出をするものとして制作しています。なので合わせる電球も作品の良さを楽しんでいただくために、5ワット、最大でも10ワットとしているため非常に暗い。それ以上の明るさの電球だとガラスの色が飛んでしまい、私のシェードには向いていないのです」

──用途はあるけれどアートとしても楽しめる気がします。完全に美術品、アートに振り切るということはないのでしょうか。
「確かにランプシェードは器に比べると、 道具というよりは、どちらかというと実験的に自由に制作していますが、あくまでも日常の中で使うための演出、用の美の範疇なので、アートや美術品のような方向性ではありません」
──これからやってみたいこと、挑戦したいことは?
「私はガラス工芸学校を出たわけではなく、工芸教室でいきなり実践から始めたため、他の作家さんが使っているテクニックにも違う角度からアプローチしていることも多く、いまだに学びがあります。そんなふうに自分が気づいていないだけで、やりたいことがまだまだあるように感じますし、別の作業をしている中で、違う発見や感動があったりの連続ですので、今のところ楽しく続けられています。おそらくガラスは自分の性に合っているので、いつまでできるのだろうなと思っています」
Photos:Ai Miwa Interview&Text:Masumi Sasaki




