
ゴシックの尖塔、バロックの曲線、石畳の路地。そのすぐ隣に、フランク・ゲーリーやザハ・ハディドの建築が自然に溶け込む街、チェコ・プラハ。冬の空気に包まれて歩くプラハは、「美しい街」という言葉だけでは足りない。稀代の作家カフカが思索に耽り、画家ミュシャが美の極致を追求したこの街は、いまや最新のミステリー小説や人気漫画『チ。』のファンも惹きつけてやまない。アートや文学、カルチャーの香りに包まれ、知的好奇心を満たす。そんなプラハの休日へ。

ミュシャ美術館でアール・ヌーヴォーの思想を辿る
ブダペストからプラハへ。飛行機ならあっという間の距離だけれど、あえて今回は食堂車のある国際列車で。座席指定をしておけば、あとは身を委ねるだけ。ブダペストからプラハまでの約7時間、車窓の風景が少しずつ移ろう時間を堪能する。お腹が減ったら食堂車へ。

この時間も今回の旅で楽しみにしていたことの一つ! 窓の景色を楽しみながら、煮込み料理を味わう楽しいひととき。気づいたらあっという間にプラハ駅に到着していた。

プラハは中欧を代表する歴史都市。チェコの中西部、ヴルタヴァ川沿いに位置し、人口約120万人が暮らす街。ロンドンやパリに比べれば、ずっとコンパクトで、 中心部は徒歩や地下鉄、トラムで十分に回れ、街を理解できるスケール感が魅力だ。それが独特の落ち着きにつながっているように思う。

そんなプラハを語るうえでまず欠かせない存在が、アール・ヌーヴォーを象徴する画家アルフォンス・ミュシャ。旧市街にある「ミュシャ美術館」では、歴史的建物のひとつであるバロック様式のサヴァリン宮殿を修復し、その一部に構えた施設。2025年2月にオープンしたばかりという。

この日訪れるとなんと、ミュシャのひ孫、マーカス・ミュシャが迎えてくれた。
「ここはアルフォンス・ミュシャという芸術家の思想と生涯を、ひとつの物語として体験する場です」とマーカス。ミュシャの人生と作品を年代順、テーマ別にたどる構成が特徴で、ポスター、習作、写真、装飾デザインなどを通して、彼の思考や仕事のプロセスに近づける。

ミュシャの作品でよく知られているのが、サラ・ベルナールの舞台ポスターをはじめとする1890年代パリで制作された装飾的ポスター群。流れるような曲線、女性像を中心にした構図、植物文様と装飾文字。これらは単なる美的装飾ではなく、「芸術を日常に浸透させるためのデザイン思想だった」とマーカス。つまり、ミュシャの仕事は、美術館の中に閉じられた芸術ではなかった。ポスターや雑誌、商品広告、装飾パネルなど、街角で愛される芸術を根付かせ、芸術を人々の生活に取り戻そうとしたのだ。
また、ミュシャの作品は一見すると優美でロマンティックな印象を受けるが、その内側には、かなり硬質な思想があり、人類の精神的進化、民族のアイデンティティ、芸術と倫理の関係も捉えようとした。彼は神秘主義やフリーメイソン思想にも関心を持ち、装飾を精神性の可視化として扱っていた。だからこそ、女性像は単なる「美の象徴」ではなく、理想や徳、時間や自然の擬人化として描いているのだという。そんな話を聞いているとミュシャへの興味がさらに深くなった。

そして、マーカスからはさらにエキサイティングな将来のヴィジョンを教えてもらった! なんと、2030年にヘザウィック・スタジオの設計によって新たなミュシャ美術館が誕生予定なのだという。実はミュシャの代表作である20点の大型連作「Slav Epic」は、現段階では一堂に展示するためのスペースが十分ではなく、サヴァリン プロジェクト内の別のスペースに、ヘザウィック・スタジオ による専用展示空間をつくる計画が進められているのだ。サヴァリン プロジェクトは歴史的建築の修復を尊重しながら、通路や広場、テラスを通じて歩行者が街を感じる場をデザインすることを打ち出しているが、「Slav Epic」という膨大な物語史観を提示する空間とも相性がよく、建築そのものが鑑賞体験と都市体験を融合させる舞台装置となるそうだ。

トーマス・ヘザウィックらしい有機的で彫刻的な建築が、ミュシャの壮大な芸術作品とどう共鳴するのか。オープンは2030年と少し先だけど、かなり楽しみだ。

世界一美しい図書館のひとつ、クレメンティヌム図書館
プラハといえば、現在日本でも大ヒット中のダン・ブラウンの新作『シークレット・オブ・シークレッツ』も外せない。物語の冒頭から中盤まで、プラハの歴史がプロットの核となり、作中には数々のプラハの名所が出てくる。今回はロバート・ラングドンになったつもりで、物語に登場する場所を巡ってみたい。
まずは、旧市街の中心に広がる「クレメンティヌム」。かつてのイエズス会の学問拠点で、天文観測塔や図書館を含む壮大な複合施設だ。中でもバロック様式の図書館ホールは、世界で最も美しい図書館のひとつと称される。天井いっぱいに描かれたフレスコ画や地球儀、重厚な書棚に圧倒されていると、本は単なる情報ではなく、信仰や宇宙観と結びついていると肌で感じる。

ところで、日本のアニメ/漫画『チ。—地球の運動について—』をご存じだろうか。地動説をめぐる人間たちの知の闘争を描いた作品で、作中にクレメンティヌムが直接登場するわけではないけれど、天文学と信仰の緊張関係、知を守り、継承する場としての書庫、観測と記録が世界観を覆す瞬間といったテーマは、まさにクレメンティムの歴史と重なり合うように感じる。プラハ天文時計、クレメンティヌムの天文観測塔、そして旧市街に息づく星を見る文化。『チ。』の世界観を思い浮かべながら歩くと、プラハの街は知をめぐる物語の舞台として、より立体的に見えてくる。
冬の魔法がかかる、旧市街広場と天文時計

『シークレット・オブ・シークレッツ』には、旧市街広場も登場。冬の旧市街広場で開かれるクリスマスマーケットは、プラハのハイライトとも言える。巨大なツリーを中心に、木彫りのオーナメント(ラブブのようなオーナメントも笑)、シナモン香る甘いトゥルデルニーク、ジューシーなソーセージ、蜂蜜やスパイスなどの屋台が並び、祝祭感に溢れている。ここで飲むスヴァジャーク(ホットワイン)は体を温めるだけでなく、この街の時間に溶け込むための飲み物のよう。さらに、プラハの伝説的なカフェのいくつか、例えば「Myšák(ミシャーク)」や象徴的な「Grand Café Orient(グランド・カフェ・オリエント)」などで、伝統的なクリスマスクッキーや焼き菓子を味わうのもオススメだ。
旧市街広場に立つ旧市庁舎の壁面に設置された天文時計も見逃せない。世界最古級の天文時計で、1410年に完成して以降、600年以上にわたり、修復を重ねながら動き続けている。この時計は、単に時間を示す装置ではなく、地球を中心とした宇宙観(天動説)を視覚化した装置。文字盤には、太陽と月の位置、星座、地平線と昼夜の境界、複数の時間の概念が、すべて円の中に重ねられている。つまり、時間・暦・天体の動きを一体として示す「宇宙の地図」なのだそう。毎正時になると、時計の上部の小窓が開き、12人の使徒の人形が順番に現れる。そのため、正時前になると大勢の人が時計前にスタンバイする。

正午の鐘を聞き終えた後、時計台の目の前にあるレストラン「420」へ。歴史ある街で、今のチェコを味わうなら、ここは欠かせない一軒。ミシュランガイドに名を連ねるシェフ Radek Kašpárek がプロデュースした店で、伝統的なチェコ料理をベースにしながら、洗練されたモダンなアプローチで、食の楽しさを伝える。ちなみに、「420」の建物は、かつての歴史的な邸宅を改装したもの。高い天井と開放感のあるガラス屋根、壁面の装飾が印象的。12世紀のゴシック様式の石造りの地下セラーには、パンや地元産のソーセージなどを販売するショップも併設。お土産探しにもぴったりだ。
カフカが見つめた、不条理の都市
プラハで生まれ、生涯この街を離れなかった作家、フランツ・カフカも忘れてはいけない。彼は『審判』『城』『変身』などで、理不尽で不透明な世界を描いてきた。プラハの旧市街広場には、彼の生家跡(現在の建物は再建されたもの)が今も残る。また、街でひときわ強い印象を残す現代彫刻、通称「回転するカフカの頭像」も必見。実はこれ、カフカ文学の“分裂・不安定・解釈不能”を、動く彫刻として体験させる作品なのだそう。どういうことかというと、この頭像は、一定の間隔で42層のステンレスがバラバラに回転し、しばらくすると再びフランツ・カフカの顔が“揃って見えるという仕掛け。一般的に肖像彫刻は「この人物はこういう人だ」と固定して見せるが、この作品は逆。「顔が常に変形する」「視点によって別人に見える」「正面が存在しない」といった彫刻の構造は、カフカ自身が生涯抱えていた 「私は誰なのか分からない」 という問いと、重なって見える。
現代建築が描く、プラハの未来
ゴシック、ルネサンス、バロック様式が融合した幻想的な街並みのプラハ。歴史都市というと、現代建築が入り込む余地がないように思われがちだが、プラハは大胆な建物もすんなりと受け入れる。それを象徴するのが、ヴルタヴァ川沿いに立つ、フランク・ゲーリー設計のダンシング・ハウス。20世紀を代表するダンサー、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアが踊る姿に例えられるこの建築はインパクトを放ちながら、いまや街の名所にもなっている。現在、建物内にはオフィス、ホテル、レストラン&バー(最上階からの眺望が人気)が入り、外観だけでなく内部からも建物を体験できる。

プラハ中心部・マサリク駅に隣接する「マサリチカ」はザハ・ハディド・アーキテクツが設計を手掛けた複合ビル。流線型のフォルムと都市インフラを結びつける建物の最大の特徴は、重なり合うテラスと、なめらかな曲線で構成された外観だ。列車の進入や発車、人の移動、都市の流れそれらを動きとして捉え直した結果が、このフォルムになっているそう。

直線で区切るのではなく、都市のリズムに沿って流れるようにつくられている点に、ザハ・ハディド・アーキテクツらしさを感じる。「マサリチカ」は、見た目のインパクトだけではなく、商業スペースや公共性の高いテラスや通路を内包する複合施設としても機能している。特に重要なのは、駅と周辺エリアをつなぐ歩行者動線が建物内部に組み込まれている点だ。建築そのものが、都市インフラの一部として人々をやさしく受け入れているのだ。

プラハの魅力は古いものを大切にしながら、未来を構想し続けている姿勢にあると思う。フランク・ゲーリーやザハ・ハディド、トーマス・ヘザウィックが描く未来。プラハを歩くと、それらがすべて一本の線でつながり、この街がいまもなお、物語を更新し続ける場所であることに気づかされる。
ターキッシュ エアラインズでスマートな帰路に立つ
帰路はプラハからイスタンブールへ飛び、そこから羽田へ。今回利用したのは ターキッシュ エアラインズ。世界で最も多くの国へ就航する航空会社として知られ、ハブとなるイスタンブール空港は単一ターミナル型。深夜のトランジットであっても動線が明快!

トランジットで立ち寄ったのが、イスタンブール空港のターキッシュ エアラインズ「Miles&Smiles ラウンジ」。

スターアライアンス・ゴールド会員、ビジネスクラス利用客、Miles&Smilesの上級会員などが利用できるこの空間は、ラウンジというより空港の中に現れる小さな美食都市といった趣がある。臨場感たっぷりのライブキッチンがあり、夜中でも石窯で焼き上げるピデ(トルコ風ピザ)をはじめ、肉料理、ベジタリアンメニュー、ターキッシュティー、デザートまでがずらりと並ぶ。食が充実しているので、プラハからイスタンブールまでの飛行時間では、ライトミールに変更し、ラウンジでしっかり出来立ての食事を頬張るのもおすすめ。また、ラウンジにはシャワールームや仮眠室、ワークブース、キッズプレイゾーンも完備され、ただ待つためではなく、滞在する価値のある場所として設計されているのが印象的だ。
ターキッシュ エアラインズは、スカイトラックス社による2025年度「ヨーロッパ最優秀航空会社賞」をはじめ、機内食、ビジネスクラスラウンジ部門でも数々の評価を受けており、そのサービス品質の高さは体感として伝わってくる。また日本では、公式LINEアカウントが新たに開設され、 渡航前後の情報確認がスマートフォンで完結するのも心強い。忙しい旅の中で、判断や手配に余白を残してくれる設計は、現代の移動における快適さに直結。今回ターキッシュ エアランズを利用して感じたのは、”良い旅は目的地だけで決まらない”ということ。どのように移動するか、機内や空港ラウンジでどのように過ごすかも、旅の満足度を左右する大事な鍵になる。
協力:ターキッシュ エアラインズ、Czech Tourism、Prague City Tourism
Photos & Text: Mariko Uramoto









