ハワイからもらったパワーをジュエリーに込めて。「マウイマリ」デザイナーの人生ドラマ | Numero TOKYO
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ハワイからもらったパワーをジュエリーに込めて。「マウイマリ」デザイナーの人生ドラマ

マウイ島で誕生したジュエリー「マウイマリ・オーシャン・ジュエリー(Mauimari Ocean Jewelry)」。ハワイの美しい風景にインスパイアされ、天然石、パール、貝など大自然が生んだ素材を活かしたデザインで、カジュアルからイブニングシーンまで、デイリーに身につけるお守りジュエリーとして日本でも人気を呼んでいる。マウイ在住のデザイナー、マリ・ディラーに、ジュエリー制作を始めたきっかけ、マウイでの暮らし、そして波乱万丈の半生についてインタビュー。

──ジュエリーのデザインは、マウイでのライフスタイルから生まれているそうですが、どんな毎日を送っているのでしょうか。1日のルーティンを教えてください。

「ほとんど自宅の周りで過ごしています。朝は太陽の光を浴びながら、ゆっくり一日を始めて、午前中はサーフィンへ。家から歩いて15分ほどの場所にサーフポイントがあるので、海に入って、そのままビーチを散歩することも多いですね。帰宅したら一度お風呂に入って、午後はジュエリー制作。夕方前には仕事を切り上げて、家族と食事をします。太陽が沈む頃には自然と眠くなってしまうので、かなりの早寝です」

自宅の庭でバナナを収穫
自宅の庭でバナナを収穫

──理想的な暮らしですね。ご自宅の周辺は、自然がとても豊かだそうですね。

「周辺はもちろん庭がすでにジャングルのようなんです。フルーツの木もたくさんああって、バナナの木は50本ほど。朝は草木をかき分けながら、食べ頃のアップルバナナを収穫して、スムージーにしたりしています。ほかにもパッションフルーツやオレンジ、ライムがあって、季節によってはライチも実ります。少し畑もありますし、フィッシャーマンの友人から魚介を分けてもらったり、友人の庭のアボカドと、うちのバナナを物々交換することも。マウイはワイキキのあるオアフはまったく違って、とても素朴な島です。風が強いとすぐに停電しますし、Wi-Fiが落ちることもしょっちゅう。でも、そんなときは、“仕方ないね”と庭で火を起こしてバーベキューをする。そんな暮らしが日常です」

左上から時計回りに:バナナの木が生い茂る自宅の庭。自宅で飼っていた馬。ビーチで休むアザラシ。愛犬と共に散歩するのが日課。

──ご家族や動物たちと一緒に暮らしているんですね。

「娘が二人いますが、長女は独立して近くに住んでいて、次女はアリゾナの大学に通っています。今は夫と、2匹の犬、猫たちと暮らしています。以前は馬も何匹か飼っていましたし、野豚のような野生動物がよく庭に遊びに来るんです」

──暮らしの中で目にするものが、そのままデザインソースになっているのでしょうか。

「そうですね。マウイでの生活がなければ、今のジュエリーは生まれていなかったと思います。私にとってジュエリーは“作品”というより、暮らしの延長。庭にかかる虹、朝日や夕日の色、花びらの重なり、海や貝殻の色や模様。そのすべてが、自然とデザインに繋がっています。貝拾いは小さな頃からの習慣で、ジュエリー作りを始めたきっかけも、たくさんの貝殻を集めていたことが大きいですね」

事故での大怪我を、新たな世界への旅立ちに転換

自宅の窓から美しい虹を臨む
自宅の窓から美しい虹を臨む

──生まれ育ったのは、神奈川県の逗子ですが、マウイにはいつから?

「マウイに住み始めて28年ほどになります。移住する前から、しばらく日本とマウイを行き来していました。大きな転機となったのは、ウィンドサーフィンを始めた18歳の頃。大きな交通事故を起こしたんです。7時間の緊急手術から目が覚めたら、歯が折れていて、長い髪もバリカンで剃られていて。何針も縫ったので、顔もまるでブラックジャックのよう。それからも半年ごとに何度か手術を受けました」

──想像を絶する出来事でしたね。

「でも、私はそれほど悲観的にはならなかったんです。大怪我だったのに、『早く海に入りたい!』と言って、友人を呆れさせていました(笑)。当時、私は女子短大に通っていて、卒業したら大手企業に就職して25歳までに結婚するという、“敷かれたレール”があったんです。でも、この怪我によって『レール通りの人生を歩かなくて済む! これで存分にウィンドサーフィンができる!』とポジティブになってしまった。もちろん、両親も友人も呆れていました」

──そこからどのようにマウイへ?

「怪我が回復してから、ウィンドサーフィンを続けていたんですが、ウィンドサーフィン用の水着にいいものがなかったので友人とカスタムオーダーの水着制作を始めたんです。それが口コミが広まって、鎌倉・湘南エリアで徐々に人気が出るようになったんです。その売上のご褒美として、初めてハワイ旅行に行って、すっかりマウイの海に恋してしまいました。それから、夏は日本で水着を作りお金を貯めて、冬はマウイでウィンドサーフィンという生活を続けていました」

ポロスポーツを楽しむことも
ポロスポーツを楽しむことも

──マウイに定住したきっかけは?

「結婚です。マウイで出会ったアメリカ人の男性と結婚し出産をしました。彼はお土産用のオブジェを制作する陶芸家で、私も子育てしながらその絵付けを手伝っていましたが、そのときは、子育てとパートナーの手伝いで手一杯。サーフィンはしばらくお休みして、海で貝を拾うことが唯一の趣味でした。マウイのパイヤ・タウンのお店で可愛いビーズを買い集めるのも好きで、そこのリサイクルガラスのビーズと拾った貝でネックレスを一つ作ったんです。そうしたら、ブティックをオープンするアメリカ人の友人が、『それ可愛いからお店に置いてあげる』と声をかけてくれて。それがきっかけとなり、作ったものがコンスタントに売れるようになっていきました」

離婚と子育て、大変な時期を支えたジュエリー制作

──趣味から始まったジュエリー制作が本格化したのは?

「結婚から10年ほど経った頃に離婚することになり、親権も養育も私が持つことになりました。ひとりで子どもたちを育てながら、フルタイムで働くのは難しい。そこで、少しずつ軌道に乗り始めていたジュエリーを、本格的に仕事にしようと決めました。同時に、マッサージセラピストの資格取得のための学校にも通い、ライセンスも取りました。でも、その間にジュエリーの評判が広がり、お手伝いしてくださる方も増えていって、結果的にジュエリーで生計を立てられるようになりました。振り返ると、本当に幸運だったと思います」

──人生のピンチをチャンスに変えたんですね。

「躊躇なくとにかくやってみるという性格が幸いしたのかもしれません。今はハワイに5つあるフォーシーズンズリゾートでも取り扱っていただいていますが、それも自分から直接、売り込みに行ったのが始まりです」

──ジュエリー作りが趣味から仕事になったんですね。

「仕事という感覚はなかったんです。作ること自体が本当に楽しくて。子どもを寝かしつけたあと、夜な夜な手を動かす時間が何よりの癒しでした。それから10年ほど、ひとりで子どもを育てながらジュエリー作りを続けてきましたが、ハワイには助け合って生きる文化があるので、ハワイアンも移住者も関係なく、自然に手を差し伸べてくれる。マウイの人たちには、本当に支えられてきました」

──異国の地でひとりで子育てするのは大変だったと思いますが、日本に帰国するという選択肢は?

「子どもたちはハワイの自由な環境の中で育ったので、きっと日本の生活は難しいだろうと感じていました。私自身も日本で暮らす自分がもう想像できなかった。日本はいいところだけど、特有の不文律のようなものに、今の私は疲れてしまうと思ったんです。あのとき、もし日本に帰っていたら、今、ジュエリーを作っていなかったかもしれません」

浜辺を散歩しながら拾い集めた貝がら
浜辺を散歩しながら拾い集めた貝がら

──ここまでの道のりは、決して平坦ではなかったんですね。

「救ってくれたのはいつも海でした。ビーチを裸足で歩いて貝を拾ったり、海に潜ったり。クジラのシーズンになると、姿が見えなくても、海の中から声が聞こえてくるんです。ハワイの自然や人の温かさが、私にエネルギーをくれたのだと思います。子育てもひと段落し、実は、2年前に再婚しました。私は離婚後に乳がんを経験し、彼もがんを患った、いわゆる“がんサバイバー同士”。命と向き合った経験があるからこそ、決断に迷いがなかったんです。今はマウイの家で穏やかな日々を過ごしています」

決断を促すときの、お守りのようなジュエリーでありたい

──デザインする上で心掛けていることは?

「私のジュエリーはハワイの自然と、ハワイの人の温かさにインスパイアされています。ハワイからもらった力を、ジュエリーに込めてみなさんにお返ししたい。ジュエリーは装飾だけでなく、心の支えになるものです。私のジュエリーが人生で何かを決断しなくちゃいけないとき、そっと背中を押してくれる“お守り”のような存在になれたら理想です」

──ジュエリーのレイヤードもマウイマリ・オーシャン・ジュエリーの特徴のひとつですが、mariさん流のレイヤードのポイントは?

「レイヤードすることでオリジナルな楽しみ方ができるし、組み合わせを考えるだけでウキウキしますよね。重ね付けすることを前提に、長さやバランスを設計したり、ひとつだけではなくて二つで楽しめるような価格設定にしています。いつもジュエリーを身につける時に、大切にしているのは「バランス」です。イヤリングが大ぶりならネックレスは軽く。装飾的なものを付けるなら、その他はシンプルに。その日の服との組み合わせもありますよね。それから、全てを同じ色の石に統一するのではなくて、いろんなものをミックスして楽しんでみる。トゥーマッチよりもバランス。私のジュエリーは、左右対称や規則的ではなくあえて崩した配置にすることが多いんですね。グラデーションになるように石を並べるのはそれは、夕焼けの空だったり、花びらの色をイメージしています。ただ、これはあくまで私の提案。最後は、ご自身が“好き”だと思えばそれが一番です」

Numero CLOSETにて販売中。左:パールネックレス¥32,450 右:ムーンチェーン ダイヤモンド×マザーオブパール 14Kネックレス ¥121,000

──ゴールドやシルバー、パール、天然石…。素材へのこだわりは?

「ハワイでは、正装の際にタヒチアンパールを身につける文化があって、パールはとても愛されています。私自身も大好きな素材ですし、貝や天然石もよく使います。石は、何億年という時間を生きてきた存在。そこにはやはり特別な力が宿っていると思います。人気のハーキマーダイヤモンドは、ニューヨーク州の洞窟のオーナーから直接買い付けていますが、研磨しなくても、自然のまま結晶の形なんです。ただ、スピリチュアルやハワイらしさに寄せすぎることはしたくありません。石のエネルギーを、あくまで洗練された形で、日常に取り入れてもらえるジュエリーでありたいですね」

アリゾナの見本市で石を買い付け。

──天然石は世界中から?

「アリゾナで年に数回、大きな見本市があるので、そこへ買い付けに行きます。石に出会った瞬間にデザインがひらめくこともあるし、石を眺めているうちに作りたいものがどんどん変化することも。それぞれのパーツから受け取るインスピレーションと、頭の中にあるハワイの風景や人々の温かさ。それらが重なって、ジュエリーのデザインになります。基本的にデザイン画は描かず、プロトタイプを作り、スタッフと一緒に仕上げていきます。制作を手伝ってくれるのは、マウイの日本人コミュニティの方々。好きな時間に自宅でできる仕事ですし、日本の方は手先が器用なので仕上がりも美しい。お互いに無理のない、良い関係が築けていると思います」

ジュエリーを通して、ハッピーな循環を作っていく

──これから、ジュエリーを通してやってみたいことは?

「自分だけが満たされるのではなくて、ジュエリーを通してみんながハッピーになるような循環を作ることです。今は少しお休みしているけれど、これまで乳がん月間にはピンクのアイテムを企画したり、東日本大震災やラハイナの火災のときも、ジュエリーを作って利益を寄付にあてたりしてきました。長女は今、障がいのある方々のデイケアセンターで働いているので、そこに来る人たちにビーズを提供して一緒に制作し、センター内のストアで販売につなげる取り組みも時々行っています。これからはジュエリー制作と並行して、そういう活動にも、もっと力を注いでいけたらと思っています」

Mauimari Ocean Jewelry
URL/https://mauimari.com/

Numero CLOSETでマウイマリ・オーシャン・ジュエリーをチェックする

Interview&Text:Miho Matsuda Edit:Masumi Sasaki

Profile

マリ・ディラー Mari Diller 神奈川県生まれ、マウイ島ハイク在住のジュエリーデザイナー。大学卒業後、オーダーメイドの水着を作りながら日本とマウイ島を行き来する生活をスタート。1998年にマウイ島に移住。ジュエリーブランド「Mauimari Ocean Jewelry(マウイマリ・オーシャン・ジュエリー)」を立ち上げる。
Instagram/@mauimarioceanjewelry
 

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