「人生は食べる旅」という思いを掲げ、食の活動eatripを主宰する野村友里。料理に始まり、生産者や旬、畑と野生、米=稲が育んだ日本の精神性まで、食をめぐるその軌跡はまさに自己編集的。10〜11月に開催されたGYRE GALLERYでの展覧会を控えた彼女に、目指すところを聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年12月号掲載)

食を通して感じた“未来”への疑問
──レストランやショップを展開、ラジオのナビゲーターや雑誌連載など、“食”を軸にセルフキュレーション=自己編集的に幅広く活動されていますね。
「食の活動を始める際に『eatrip』と名付けたのは、本当によかったと思っています。この言葉には食、旅、記憶……たくさんの意味が重なります。中心にあるのは“食”。料理や食べることも含まれますし、“おいしい”とは何かをたどると、食材を育てる土や環境に行き着き、さらにそれが循環して、どんどん色濃くいろんなことが結び直されていく感覚です」


──その循環の原点とは?
「幼い頃から、食を通して人が集まり、会話が生まれるサロンのような空間が好きでした。私はそこで人の話を聞くのが大好きで、食に携わっていれば、自然とその輪の中にいられると思ったんです。それに、おもてなし教室を開いていた母の影響もあって、食だけではなく、器、花、音楽など、その周辺を心地よく調えることが楽しかった。レストランの厨房に入ったこともありましたが、窓がない厨房で黙々と調理するより、家の延長のような空間で、有機的につながっていくことに惹かれました」
──2012年、原宿でrestaurant eatripを始めた頃から、その考え方を深めてきたわけですね。
「最初にインテリアショップのイデーに入社したので、食空間への意識はありましたが、自分のお店を始めてたくさんの方と会話していると、いろんな疑問が生まれます。restaurant eatripは“市中の山居”のような、都会に残された庭付きの一軒家でした。祖父母から聞く昔の原宿の面影があったのですが、街は次々と再開発が進み、東京オリンピックの開催が決まりました。そこで『新しいってなんだろう』と考えるようになったんです。高度成長期を経て、この先の開発の意味とは? 『100年残るものを作る』というけれど、その先のことは誰が考えるのだろう。
そんなとき、GYRE内に20年にオープンした食の複合空間GYRE.FOODの空間コンセプトに関わる機会があり、その縁で生まれたのがeatrip soilです。『soil』には食の根源でもある土、プラスとマイナスでゼロに戻る場所という意味があります。それに加えて『この街で一番高価なのはブランド品じゃなくて土地じゃない?』という少しの反発心も込められています。
コロナ禍のときに、ファッションデザイナーの丸山敬太さんがお店に来て話してくれたんです。幼い頃は、まだキャットストリートが渋谷川だった。だから周辺は、渋谷や千駄ヶ谷などの“谷”に囲まれているんだと。そういった土地の記憶に目を凝らすと、今の再開発の姿や理由も透けて見えてくるんですね」





──24年にbabajiji houseをオープンしましたが、その経緯は?
「『衣・食植・住』をテーマにGYRE GALLERYで開催している展覧会の第二回目で『住』にフォーカスしたとき、茅葺き職人の相良育弥さんが提唱する『周回遅れの最先端』という言葉を掲げました。それに共鳴してくださったのが祐天寺にある幼稚園の園長先生です。少子化で幼児教育の予算は減少する一方だけど、むしろ子どもと過ごす時間が貴重になり、幼児教育が注目されるのではと『周回遅れの最先端』として踏ん張っていました。
それに、先生とお話しするなかで、祐天寺にはまだ昔ながらの風景があると知りました。養老孟司さんと宮崎駿さんの対談集『虫眼とアニ眼』に出てくる、ホスピスと幼稚園が近くにあり、家同士の境界がない理想的な社会に近いものを感じたんです。今は子どもと高齢者にとって居心地のよくない社会になっています。
私は『今の時代を生きている人は全員同い年』だと思っているんですが、自分たちの未来のためにも今、いい社会をつくっておく必要があるんじゃないか。そういった思い、いくつもの縁と偶然が重なり、あの場所に決めました」
根源的な知恵に立ち返り、自分の“戻る場所”をつくる
──「衣・食植・住」の展示は、今年の「食」でシリーズの締めくくりになるそうですね。
「この展覧会は、美術家であり近世麻布(きんせいあさふ)研究所所長の吉田真一郎さんに『食がすべての原点だから“食住衣”の順にするべきでは?』と質問したところから始まりました。吉田さんは、昔は命を守るためにすべてが同列で、日本の暮らしの原点は植物から始まったと教えてくれました。それで21年の第一回は『衣』を掲げ、古代の大麻布を現代に甦らせた『麻世妙(まよたえ)』にフォーカスしました。23年は『住』、日本伝統の食・植物と住まいがテーマです。
そして今回は『食』。日本の料理人として逃げてはいけないとテーマを“米”に絞った矢先、“令和の米騒動”が起こりました。農家さんに会うと、今、農業を続けることがいかに困難かがわかります。国が稲作を推奨したり減反になったり、ついには輸入を始めると。
私たちが目指す未来は『安心・安全・食に困らない社会』です。お米があれば、とりあえず生きていけますよね。でも、農薬で生き物がいない田んぼで作るお米でいいのだろうか。そんなふうに多くの分岐点に立つなかで、真剣に向き合う農家さんを一人でも多く紹介するのが今回の目的です」
──縁があって出会いがあり、そこからまた新しいテーマが浮かび上がり、次につながっていくんですね。
「この展覧会は、私の自己表現ではなく、時代の端くれの一人としてやっている感覚です。忙しいなかでいつもギリギリで大変な作業ですが、得られる知恵とヒントがたくさんあります。利益を生む仕事ではないけれど、だからこそ豊かさがある。心が減らない忙しさです」



──“自己編集”という側面で考えると、世の中の新しい情報を編集するというよりも、根本的な知恵に回帰していく印象を受けました。
「それが私にとって心地いいんです。基本的にのんびり屋なんですが、心地よさは他人任せにしないで、自分の手でつくっていくことを大切にしています。居心地が悪いと感じたら、その理由を考えてみる。疑問の先には出会いがあって、そこから自分の心に残るものがあります。そして、また疑問が生まれて、という積み重ねです。
人との摩擦もある程度は必要で、それによって整えられる部分もあります。だから“自己完結”できないんですよ。疑問の答えを探していくと、いつの間にか思いもよらないところにたどり着いていることもありますが、意外とすべてがつながっていて、必ず私が好きな世界に連れていってくれるんです」
「Life is beautiful:衣・食植・住 “植物が命をまもる衣や家となり、命をつなぐ食となる” by eatrip」
食と植物の視点から未来に思いをめぐらせる展覧会シリーズ第3弾。Straftのわら作品、陶芸家、芸術家、キルトアーティストほか、さまざまな作品を交えて構成する。最新情報はサイトを参照のこと。
会期/2025年10月10日(金)〜11月27日(木)(会期終了)
会場/GYRE GALLERY
住所/東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
TEL/0570-05-6990(ナビダイヤル)
URL/https://gyre-omotesando.com/artandgallery/life-is-beautiful-2025/
Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Keita Fukasawa
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