松尾貴史が選ぶ今月の映画『殺し屋のプロット』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『殺し屋のプロット』

名優マイケル・キートンが主演、監督、製作を手がける映画『殺し屋のプロット』。凄腕の殺し屋ジョン・ノックス(マイケル・キートン)はある日、急速に記憶を失う病だと診断され、残された時間は少ないと知る。そこに疎遠だった一人息子が現れて、人を殺した罪を隠してほしいと涙ながらに訴えるが……。本作の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年1・2月合併号掲載)

独創的なハードボイルド作品

マイケル・キートンが惚れ込んだ脚本が素晴らしいのです。原題は『Knox Goes Away』、つまり「ノックスは遠くへ消え去る」ですから、『殺し屋のプロット』は邦題にありがちな、意訳を飛び越えた全くニュアンスの違うタイトルです。ここで「プロット(物語の筋、構成、骨子)」という言葉を使うからには、その脚本の面白さに注目がいくことを想定しているとしか思えないのです。つまりは、配給関係者が「この物語には付き合う価値あり」と意思表示しているということでしょう。

ストーリー自体もすこぶる面白いのですが、細部に至る会話のちょっとしたやりとりや言葉の選び方が秀逸です。冒頭の相棒とのやりとりにも、知的な遊びやセンスが光っています。主人公のノックスだけではなく、日系の捜査責任者の女性も無駄のないセリフの中にユーモアが光っていて、会話を聞いているだけで痛快なのです。

主人公ノックスは殺し屋です。博士号を二つ取得していて、元陸軍偵察部隊の将校という経歴の持ち主で、哲学書を読むのが楽しみという奥行きのある人物です。殺し屋としても、悪人しか狙わないという、アメリカの必殺仕事人的な存在です。それでいて、ターゲットの人物像には興味を示さないというパラドキシカルな面も持っています。

彼は治療する術がない難病「クロイツフェルト・ヤコブ病」に冒されていて、記憶を失っていく深刻な状況なのです。進行は早く、数週間以内に「いろいろなこと」を片付けなければならない差し迫った状態になっています。

能力と経験と計画性で成り立つ完全犯罪を遂行すべき殺し屋という職業と、脳が破壊され記憶がなくなっていくという状況のジレンマの中で、強烈な葛藤が彼を襲います。記憶を失ってしまえば、自分が誰であり、仕事とは何であり、生きる意味とは何かという問いかけが、見ている私たちにものしかかります。ノックスの愛好する哲学のテーマそのものではないでしょうか。裏社会を描いたノワール作品でもありますが、冷徹なハードボイルドの要素に家族の絆のようなものが交錯する、独創的な作品なのです。

物語や映像美も重厚ですが、そこに厚みを加えているのが、ハリウッドの生けるレジェンド、アル・パチーノの存在でしょう。意外なことに、マイケル・キートンとは初共演なのです。彼の居住まいが何とも重厚感を醸し出していて、縁起物を見たような気持ちにさせてくれます。余談ですが、美女と一緒にいると、余計に彼の輝きを感じるのはなぜなのでしょうか。

都市の光と影、暖かさと冷たさのコントラストが絶妙の緊張と緩和を醸し出していて、その影の部分から観客に想像を喚起させる余地がふんだんにあるのも作品の魅力です。

『殺し屋のプロット』

監督・製作/マイケル・キートン
出演/マイケル・キートン、ジェームズ・マースデン、ヨアンナ・クーリク、マーシャ・ゲイ・ハーデン、アル・パチーノ
全国公開中
https://kga-movie.jp

© 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給/キノフィルムズ

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史 Takashi Matsuo 俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。近著に、毎日新聞のコラムの書籍化第5弾『違和感にもほどがある!』 。2026年1月より、舞台『チェーホフの奏でる物語』出演予定。カレー店「パンニャ」店主。@Kitsch_Matsuo
 

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