俳優・森田望智インタビュー「選択肢に正解はない。覚悟を決めるかどうか」 | Numero TOKYO
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俳優・森田望智インタビュー「選択肢に正解はない。覚悟を決めるかどうか」

役が乗り移ったかのような演技で、作品ごとに全く違う魅力を見せる俳優の森田望智。映画『ナイトフラワー』では過酷なトレーニングを経て、格闘家の芳井多摩恵を演じ切った。俳優を「やめたらいい」というかつてもらったアドバイスが、彼女に覚悟をもたらしたという。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年1・2月合併号掲載

──森田さんが役者としてのキャリアを歩む上で、何かを手放すことで新たな一歩を踏み出せたという経験はありますか?

「事務所に入ったのは小学5年生のときです。振り返ると、私のキャリアは『やめる』ことから始まったのかもしれません。当時フィギュアスケートを約10年間習っていましたが、中学進学を控えた時期に父から『フィギュアスケートの道に進むのか、俳優の道に進むのか、どちらかを選ばなければどっちもダメになってしまうよ』と言われたんです。その翌日に『フィギュアスケートをやめます』とコーチに伝えに行ったことは、今でも覚えています。思い切りはいいほうかもしれません」

──俳優という仕事に興味を持ったきっかけは何でしたか。

「近所で撮影現場を見かける機会があり、大勢の大人たちが一つの作品を作り上げる裏側に衝撃を受けました。当時は俳優志望というより、ヘアメイクさんや照明さんなど、どの役割でも構わないから撮影現場に行ってみたいという思いでした。その後、スカウトで声をかけていただき、『この年齢でも役者になれば現場に行けるのかな』と思ったのがきっかけです。それからお芝居を勉強していくうちに楽しくなってきて、本格的に目指し始めました」

左から内田英治監督、北川景子、森田望智。第38回東京国際映画祭にて。
左から内田英治監督、北川景子、森田望智。第38回東京国際映画祭にて。

「やめたらいい」の一言が役者としての覚悟をくれた

──役者を始めてから、決定的な転機はありましたか?

「当初オーディションでは、とにかく『爪痕を残そう』という思いで、ひたすら人と違うことばかりやろうと考えていました。いま思うと『そういうことじゃない』と理解できます。本当は、うまくやろうとするのではなく、自分を飾らず、感謝の気持ちだけを持ってその場に立つことが大事だったのだと思います。

当時は『少しでも覚えてもらうぞ』というハングリー精神で、間違った努力をしていたんです。それでオーディションになかなか受からず苦悩していた時期に、松永大司監督のワークショップで『全くお芝居がうまくできないし、どうしたらいいかわかりません』と相談したことがありました。そうしたら監督に『だったら役者やめたらいいんじゃない?』と、さらっと言われてしまって」

──その一言は、森田さんの心にどう響きましたか。

「その言葉はまさに自分の中の核心を突くものでした。芝居がうまくいかないということではなく、全ては 『覚悟』の問題だったんです。そしてマネージャーさんに『大学卒業までにお芝居でお仕事が頂けなかったら、役者という仕事自体やめます』と伝えに行きました。やめたい気持ちは全くありませんでしたが、いつまでも覚悟がない状態で続けても、役を頂けることはないと、本当の意味で理解したんです。それまで抱いていた『仕事がなくても長く役者を続けていたい』という甘えは、そのときに手放せたように思います。

それからは『悔いなくやり切れたかどうか』を大切にするようになりました。自分に噓をつかず、『私にできる最大限はできた』と思えるまで頑張れば、結果がどうであっても『やり切った』という気持ちが残るので、納得できるようになりました。ただ、時に頑張りすぎてパンクしてしまうこともあったので、今では『頑張りすぎず頑張る』というバランスを意識するようにしています」

©2025「ナイトフラワー」製作委員会
©2025「ナイトフラワー」製作委員会

──「頑張りすぎず頑張る」際の、力の抜き方のコツはありますか?

「大切にしているのは、ちゃんと楽しむことです。自分が率先してやりたくて、好きで頑張っているのが正しい頑張り方で、それを越えてしまうと苦しい頑張り方になってしまう。だから『ここまでは楽しい』というところまでは頑張る、ぐらいの気持ちで余白を持つようにしています」

©2025「ナイトフラワー」製作委員会
©2025「ナイトフラワー」製作委員会

自分とは遠い役柄を演じて体得した「強さ」の根源

──最新作の映画『ナイトフラワー』では、格闘家という役柄でした。撮影までに7kg増量するなど、大変な役作りだったと思います。この役を演じる上で、何かやめたことはありましたか?

「多摩恵という役は、今まで演じたなかで自分とは一番遠い役でした。肉体的な役作りは半年間。増量も伴う格闘技のトレーニングを続けました。筋肉をつけるためにお肉とお米だけを食べるようにしていて、甘いものやラーメンがとても好きな私にとって、食生活の『やめる』も挑戦でしたね。

内面的な役作りとしては、監督に『多摩恵は最初、心が乾いている状態』と言われていたので、心を砂漠のように、何を言われても響かないようなイメージで臨みました。多摩恵は北川景子さん演じる夏希との出会いによって、孤独であり続ける自分、人を信じない自分を手放し、誰かのために生きることを知ったのだと思います」

──格闘技のトレーニングはこれからも続けてみようと思いますか?

「一番最後の試合シーンが終わった瞬間に、格闘技はやめました(笑)。演じたことで続けてみようとしたことは、実は今までもないんです。『やめる/始める』の切り替えは早いほうかもしれません。ただ格闘技に励んでいた間は、非常に生きている実感のようなものが湧きました。指導してくださった格闘家のV.V Meiさんを見ていても『強さ』と『優しさ』はイコールなのだと感じました。体を鍛えることから生まれる心の強さがあって、芯がしっかりすると、自信で心がちょっと前向きになれたりする。体と心はすごくつながっているんだなと、この役を演じて学びました」

©2025「ナイトフラワー」製作委員会
©2025「ナイトフラワー」製作委員会

──手放す決断を深刻に捉えすぎない軽やかさがあるからこそ、新しく始められることも多いのでしょうか。

「私は休みの日はけっこう寝てしまうタイプでしたが、最近では友人に会ったり、オンライン英会話などの予定を入れることで、強制的に起きるようにしています」

──いろいろと新しい時間を創出されているんですね。

「ただ、無理やり何かをやめたり手放したりする必要はないんじゃないかとも思っています。変わりたいと思うときは行動するのもいいですが、時間が経ってみると案外『手放さなくてよかったな』と感じる瞬間が来るかもしれません。それはそのときになってみないと、わからないかもしれませんね。

以前、宇宙飛行士の米田あゆさんが座右の銘を『自分が歩んだ道を正しい道にする努力をしなさい』と紹介しているのを拝見し、今では私もその言葉を胸に刻んでいます。選択肢には正解があるわけではないと思います。だからこそ、選んだ道を自分で正解にしていくしかないと感じています」

©2025「ナイトフラワー」製作委員会
©2025「ナイトフラワー」製作委員会

『ナイトフラワー』

借金取りに追われ、二人の子どもを連れて東京へ逃げてきた永島夏希(北川景子)は明日の食べ物にさえ困る生活の中、ドラッグの売人になる。ボディガード役を買って出た孤独な格闘家・芳井多摩恵(森田望智)とタッグを組み、さらに危険な取引に手を伸ばす。

監督・脚本/内田英治
出演/北川景子、森田望智
11月28日(金)より上映中
上映中の映画館はこちら

Interview & Text:Daisuke Watanuki Edit:Mariko Kimbara

Profile

森田望智 Misato Morita 1996年生まれ、神奈川県出身。2011年テレビCMでデビュー。19年に第24回釜山国際映画祭アジアコンテンツアワードで最優秀新人賞を受賞。最近の主な出演作品にNetflix『シティーハンター』、NHK夜ドラ『いつか、無重力の宙で』など。舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が26年1月から上演、映画『レンタル・ファミリー』が2月26日に公開予定。
 

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