色と形が共鳴する世界観に、思わず心を奪われる──。喪失体験を経て、生命そのものを想起させる彫刻作品を作り続けるアニー・モリス。静謐な画面に詩句や写真を重ねた作品で知られるイドリス・カーン。それぞれに国際的な評価を集めるイギリス人アーティスト夫妻の日本初の展覧会が、KOTARO NUKAGA 六本木と天王洲の2カ所で開幕した。来日中の彼らに、創作や展示に託した思いを聞いた。

それぞれに注目を集めるアーティスト夫妻、日本初の展覧会
色彩豊かな球体を積み重ねていく彫刻で知られるアニー・モリスと、平面の中に時間を凝縮し定着させたかのような静謐な絵画を描き続けるイドリス・カーンは、現代アートシーンにおいてそれぞれ確固たる存在感を放ちつつ、公私にわたるパートナーとしてともに活動している。日本で初となる展覧会「A Petal Silently Falls ― ひとひらの音」の開催を機に、来日した二人の声に耳を傾けてみよう。
──今展は二人展の形をとっています。それぞれのどんな作品が見られるのでしょうか。
イドリス・カーン「私たちはそれぞれ独立したアーティストとして、多様なシリーズを展開しています。表面的にはかけ離れた表現をするように見えるかもしれませんが、じっくり見てもらうと、共鳴するところがたくさんあることをわかってもらえるはずです。二人とも、日本のオーディエンスにまとまった形で見てもらえるのは初めてのこととなります。せっかくの機会を得たので、できるだけたくさんの側面を見せられたらと考えました。私の作品は『After the reflection』を中心にしながら、『Imagine your own hand held』など、ほかの平面シリーズも並べています」
アニー・モリス「私のほうも球体を重ねた彫刻の『Stack』シリーズとともに、タペストリーやレリーフ状の作品も展示しています。作品の大きさもさまざまです。一つひとつの実物と向かい合って、ぜひモノとしての質感をたっぷり味わってほしいです。彫刻作品については、顔料が乾く前の生々しい感じをとどめるように彩色してあります。作品と対峙してみると、それぞれの表面の豊かな表情が見てとれるはずです」

カーン「そう、私たちはいつも質感、そして色彩を重視しながら制作しています。質感と色彩によって素材が動き出し、作品に生命が宿る瞬間を捉えようとしているんです」
モリス「私にとって色は、とりわけ大切な要素です。創作にあたっては、アンリ・マティスら偉大な先人たちの色彩への感覚と理論に、いつも立ち戻ろうとまずは考えます。ただしそれは出発点であって、いざ創作に向かう際には、その時と場所によって惹かれる色というのが必ず現れるので、それを捉えて生かすようにしています。今回の展示では、ターコイズと赤が多くなったでしょうか。加えて、以前に京都で桜を見てたいへん感銘を受けたので、ピンク色も取り入れてみました。ピンクは日本という土地をよく表す色だと私には感じられます。色は記憶や感情を引き出したり、何かを象徴する力を持っていて、いくら探究しても尽きない魅力があります」

悲しみをともに乗り越えた二人、創造性が響き合う展示空間
──今展はKOTARO NUKAGA六本木とKOTARO NUKAGA天王洲、2カ所での同時開催となっています。各会場をどのように構成しましたか。
カーン「六本木のほうが比較的小さい空間なので、そちらには小ぶりの作品をぎゅっと詰め込んであります。そのおかげで、インテリジェンスとパワーに満ちた空間をつくることができました。ここでは二人の作品がうまく調和し、融合していて、全体で一つのインスタレーションを構成しているようにも見えてくると思います」
モリス「天王洲のほうは六本木より大きい空間だったので、ゆとりある展示をすることができました。一つずつの作品とじっくり向かい合って対話できる空間になっています。私はふだんたくさんの作品に囲まれ、いわば“作品の森”のなかで制作していますが、天王洲での展示空間は単体で見ることとなるので、私としても新鮮な体験が得られるいい機会となりました。自分のつくった彫刻と一対一になってじっと見つめていると、作品の内部から歌が聴こえてくるような、不思議な感覚を味わう瞬間もありましたね」

──お二人は夫婦であり、日頃は生活をともにしており、創作のためのアトリエも隣り合っているとのこと。それゆえ作品が同じ空間に置かれて混ざり合っても、容易に馴染み、引き立て合っているように見えます。当人同士は、お互いの作品をどう評価しているのでしょうか。影響関係はあるものですか。
モリス「私たちの作品が同じ悲しみから出発しているというのは、大きい共通点としてあります。最初の子を死産で失った過去を、私たちは共有しているのです。出発点が同じだからなのかもしれませんが、『堆積』や『反復』といった言葉を起点に表現を築いていくところも、似通っているように思います」
カーン「大きく異なる点があるとすれば、私は平面作品が中心で、彼女は立体を扱うということでしょうか。ただ、彼女の彫刻は、私に言わせれば立体的な絵画です。そこにあるのは抽象的な色のハーモニーで、それがたまたま立体的な形をとっているだけだと私は解釈しています」
モリス「私の彫刻ではまずもって、いくつもの色のかたまりがあり、それらが調和していることこそが重要です。なので、必ずしも立体にこだわっているというわけでもありません。その証拠に、『Petals, Cobalt Violet』という半立体のような形態の作品もあり、今回も出品しています。私にとって彫刻は一つずつが『希望と喜びの塔』なのですが、これを平面に近づけたらどうなるか、形態を変えてみても同じ効果が得られるかどうか、試してみたのです」

カーン「お互いの影響関係はあるのかどうかは……いつも行動をともにしているので、知らないうちに影響を与え合っているということは確実にあるのでしょうね。それぞれの作品や美的感覚について話し合うことはもちろんしょっちゅうありますし、批評やアドバイスも気軽にし合います。画面に無数の音符を入れ込んだ私の作品があるのですが、これは私がなにげなく楽譜を眺めていたときに、『音符をコラージュとして生かせるんじゃない?』と彼女がアイデアを出してくれて、そのまま採用しています。どちらかというと私はゆっくり湧き出てくるイメージを重視して創作するほうです。対して彼女は、より発想に飛躍と自由さがあるように思えます」

異なる個性が響き合う、唯一無二の共鳴のゆくえ
──今展のタイトルは「A Petal Silently Falls ― ひとひらの音」。この詩的な言葉には、どんな思いが込められているのでしょうか。
カーン「花びらというのはとても小さく繊細で、散る瞬間は誰にも気づかれなかったりする存在です。たいへんはかないけれど、それゆえじつに美しい。そうした感覚を展示で表現できればと思ったのです」
モリス「私としては、特に桜の花の散り際のはかなさを意識しました。桜という花は、まるで生きることそのもののメタファーだと感じます。このタイトルは、目にするだけで静けさが舞い降りてくるかのような響きを持っていて、たいへん気に入っています。日本語訳のほうも、どうやら素敵なニュアンスを持っているようですね。英語のタイトル『A Petal Silently Falls』だと無音の状態を描写していますが、日本語の『ひとひらの音』だと、静けさの音が鳴っていることになると教えてもらいました。同じことを描き出そうとしながら、ずいぶん異なる表現になるところが興味深いです。日本のみなさんがこの言葉を受けて、作品や展示全体をどう受け止めてくださるか、ますます楽しみになります」

──これからのキャリアで目指す地点はどのあたりなのか、また、二人の協働は今後どのような形をとるのですか。
モリス「これからもいろんな素材を用いて、新たな色彩と質感を探究し、彫刻と絵画の境界線も乗り越えていきたいです。その結果として、後進のアーティストにインスピレーションを残し、伝えることができたら本望です」
カーン「絵画表現の可能性というのは探し出そうとすればいくらでもあって、まだまだやりたいことがたくさんあります。そうして活動を続けているうちに、若いアーティストをインスパイアする存在になることができれば、それももちろんうれしいことです。二人の協働としては、一緒に一つの作品をつくるような予定は今のところないのですが、これからも互いに影響を与え続けていくことは間違いないでしょう。活動を続けているうちに、二人の作品の距離感が近づいていくのか離れていくか、それはわかりません。それぞれの創作がどう展開していくか、自分たちも行方を楽しみにしていますよ」

アニー・モリス & イドリス・カーン「A Petal Silently Falls – ひとひらの音」
一見して対照的な作風ながら、色彩感覚や要素の反復など、互いの個性を響き合わせて制作を続けてきたイギリス人アーティスト夫妻。KOTARO NUKAGA代表の額賀古太郎が作品に惚れ込み、数年越しで日本初の展覧会が実現した。
※掲載情報は11月10日時点のものです。
最新情報は公式サイトをご確認ください。
会場/KOTARO NUKAGA 六本木、KOTARO NUKAGA 天王洲
会期/2025年10月29日(水)〜12月26日(金)
住所 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F、東京都品川区東品川1-32-8 TERRADA Art ComplexⅡ 1F
時間/11:30〜18:00
休廊/日・月・祝
URL/https://kotaronukaga.com/exhibition/annie_morris_idris_khan/
Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa
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